皓皓、天翔ける

黒蝶

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第15章『死者還り』

番外篇『秘密から始まる関係性』

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門番の仕事は門を守ることだけじゃない。
「本日で契約は終了となります」
僕は目の前の女性にそんな言葉を淡々と告げる。
「そう、ですか。もうそんなに時間が経っていたなんて……」
「それでは、失礼いたします」
いつものことではあるが、相手におかしな情がうつる前に移動する。
女性の心の傷は癒えたはずだ。
「あの、あなたが癒し屋さん?」
聞き覚えのある声に思わず振り返ると、そこでは先程の女性とは別の女性が微笑んでいた。
「私、長田雪っていうの。あなたの名前は?」
「好きに呼んでいただいて構いません。仕事のご依頼でしょうか?」
「ううん。ただ、私の彼氏になってほしいの」
僕の仕事は癒やすことだというのに、仕事の依頼ではなく彼氏になってほしいとはどういうことだろう。
首を傾げていると、雪は面白いものを見ているように笑った。
「私、今あなたに告白したの。だから今日から私の彼氏ね」
「僕はまだなんとも、」
「決定事項だから」
頑なに譲らない姿に大きく息を吐く。
僕の仕事はハロウィン当日までと決まっているし、特に問題ないだろう。
…その規則には決して逆らえないのだから。
「それで、どう接すればいいですか?」
「甘い言葉を囁いてとか言わないから、名前で呼んでほしいな。あとタメ口使ってね」
「……分かった」
「よろしくね、やっちん」
まったく、どうしてそんなふざけたあだ名で僕を呼ぶのか。
お客様の気分を害するようなことをするわけにはいかないし、今だけは指示に従うことにしよう。
「長田さんは、」
「……」
「雪さんは、どこか行きたい場所でもあるの?こんな夜中に出歩いたら危ないよ」
そう声をかけると、雪は楽しそうにスキップしながら僕の手をひく。
「この海から見る夜景、綺麗でしょ?だけど、独りで見ると物足りないの。
だからこうやって誰かと一緒に見たかったんだと思う」
少し寂しそうに見えるのは、月に雲がかかったせいだろうか。
……そう思うことにしておこう。
「他に出かける予定はある?」
「特にない。というか、やっちんと一緒にいたくて予定入れてなかったんだ」
こんなお客様は初めてで調子が狂う。
「……それじゃあ、あの明かりの先に行くのは?」
今指さした方にあるのはただの提灯の明かりだ。
ただ、この意味はハロウィンになると意味が大きく変わる。
「ちょっと行ってみたいかも」
「こっちから行くと人があんまり集まってないよ」
「わっ…」
足を悪くしている彼女を歩かせるのは酷な気がして、そのまま横抱きにする。
「こうすれば早いでしょ?」
「…やっちん、そういうところだよ」
「え?」
「なんでもない。向こうまで着いたらおろしてくれる?もう1回告白するから」
意味不明な言葉に、会話を放棄してそのまま歩みを速める。
いくら本職ではないとはいえ、こんなに心かき乱されるようではまだまだだ。
……橋渡しをするのがここでの僕の役目だから。
「着いたよ」
「やっぱり綺麗だね」
「…そうだね」
彼女にまとわりつく視線に殺気を放ちつつ、今だけは楽しむことにする。
こうして過ごしていれば彼女も満足するだろう。
「やっちん?」
不安げに名前を呼ばれ、僕はいつものように時計を確認してからはっきり告げた。
「…お客様、申し訳ありませんがお時間です」
いつもならここで事務的な説明をして、そのまま幽冥への扉を開けば終わる…はずなのに。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。
「やっちん?」
「…どうして」
こんなことを訊いちゃいけない。
答えを知れば知る前には戻れなくなる。
それでも、1度出した言葉を止めることはできなかった。
「どうして死んだの?前を向いて生きるって言ってたのに」
「……なんだ、やっぱり気づいてたんだ」
この門番という当番がハロウィンしかないのは、1年で最も生死の境目が曖昧になるからだ。
幽冥までの道で迷ってしまった者を導く…それが今日の僕の仕事で。
だから、こんなふうに再会しちゃいけなかった。
「やっちんに今ならまだ生きられるって言われた後、手術は受けたんだ。だけど、退院から3日後くらいかな?
…転んだ男の子を突き飛ばしたら、突っ込んできたトラックに轢かれちゃった」
長田雪が昔からついていなかったことは知っている。
たまたま体が弱くて、たまたま消えたいと感じて屋上にいて…たまたまそこに僕がいた。
『飛び降りるの?』
『え?』
『明日は移動図書館が来るから、面白い本が見つかるかもしれないのに』
『…明日もあなたが会ってくれるなら今日はやめておこうかな。私は長田雪。あなたは?』
『僕は……』
退院できなかった僕とは違い、元気になって出ていった。
もう二度と会うこともないだろうと思っていたのに、目の前に現れられたらこの想いを届けずにいられるわけないじゃないか。
「僕は君に、幸せでいてほしかったんだ。生きていてほしかった。
死んでからも君のことを忘れたことなんてなかった。どうしてるか心配だった」
「…やっちんが死んだって聞いて、すごく悲しかった。だから、少しでも可能性があるなら会いに行ってみようと思ったの。
私に生きる希望をくれてありがとう。おかげで最期は人助けまでできたよ」
だけど、今の僕は雪が知るやっちんではなく『黄泉行列車車掌の矢田ノア』だ。
「…こっち」
「え?」
「大丈夫。また会えるから」
心配そうにこちらを見つめる彼女の背中を押し、強引に扉を閉める。
「…僕と一緒にいてくれてありがとう」
「また会えるよね?」
「…それは、ハロウィンの夜が終われば分かるよ」
さようなら。世界でたったひとり、僕のことをやっちんなんてあだ名で呼ぶ人。
願わくば、いつか生まれ変わった君が幸せな人生を歩めますように。


──なんて思っていたのに。
「彼女は新人です。これからはパートナーとしてふたり仲良くお願いしますね」
全ての黄泉行列車を監督しているリーダーから、ある女性を紹介される。
「どうして……」
「リーダーさん?にお願いしたんだ。やっちんと離れ離れにしないでくださいって」
リーダーはにこりと笑ったまま、車掌服に身を包んだ雪が僕の手を握る。
「再会したふたりを引き裂くような真似はできませんよ」
「リーダー…」
リーダーの計らいに感謝しつつ、仕事について説明する。
「僕たちの仕事は、黄泉行列車の運行とお客様への対応。運転は運転手がしてくれるけど、お客様は全員死者だ。
他に分からないことがあればそれは追々説明していくよ。今の僕の担当はこの車両だから、しっかりついてきて」
「分かりました。よろしくね、やっちん」
「やっちんって呼ぶのはふたりのときだけにして」
「ふたりきりだといいの?」
あたふたしている矢田ノアと楽しそうに笑う長田雪。
そんなふたりを見て、リーダーは少しずつ距離をとりながら微笑む。
願わくば、ふたりの互いの想いが伝わるように。
……いつかあの人とひと目会えますようにと。
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