皓皓、天翔ける

黒蝶

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第22章『水底にて』

第128話

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「真理ちゃん、今日のポーズすごくよかったよ」
「ありがとうございます」
「本当はうちで看板モデルを続けてほしいところだけど…あの大手から声がかかったなら行っておいで。
美沙ちゃんもそうだけど、自分に合わないと思ったらいつでも帰ってきてくれればいいからさ」
「ありがとうございます」
これはおそらく、ふたりが大手の事務所から声をかけられた日の話だ。
女性の隣には美沙と呼ばれた人が立っていて、ふたりは仲よさげに会話している。
「帰ってこられる場所があるっていいね」
「だね。できればここにもいられたらよかったんだけど…」
「私も。こんなに居心地がいい場所、他にないもの」
話しながら向かった先にあるのは、小さなアトリエ。
山奥にあるのか、人通りは一切ない。
「山口さん、お邪魔します」
「そこに座ってくれ」
「分かりました」
ふたりは隣り合った椅子に腰掛けて、そのまま黙って姿勢よく待っている。
「そのまま動かないで。3分でいいから」
「分かりました」
鉛筆をはしらせる音だけが響いて、足音ひとつしない。
変な感じはしないけど、近くの鍵がかかった部屋にヴィーナスの誕生の絵が飾られていた。


「あの殺人事件、ちょっと怖いよね…」
「そうね。どうしてヴィーナスだったのかしら」
芸術殺人の最初の被害者が出た翌日、ふたりは気味悪がりながらアトリエを訪れる。
「山口さ、」
「こんなものは違う!」
イーゼルごと倒し、芸術家はかなり荒れている。
「山口さん、一旦落ち着いてください」
「……ちっ」
絵描きは乱暴に道具を置いて、椅子を投げつけるように渡す。
「座ってろ!」
「分かりました」
機嫌が悪い絵描きを一瞥し、女性は小さくため息を吐く。
それからしばらく戻ってこない絵描きを心配して部屋に向かうと、散らばった道具を片づけてひと眠りしていた。
「今日は駄目そう。書き置きして帰りましょう」
「そ、そうだね」
帰る旨をメモして見えるように置いた後、すぐに町へと戻っていく。
それから少しして電話がかかってきた。
『真理、私見ちゃいけないものを見ちゃったかもしれない』
「どうしたの?」
『忘れ物しちゃったみたいだから取りに行くけど、あの人変だよ。山口さんのところにはもう行かない方がいい』
「それってどういう、」
『ごめん、もう切るね』
「美沙?」
それがふたりの最後の会話になった。
そしてさらに数日後、悲劇がおとずれる。
「…美沙?」
真珠の耳飾りに、横たえられた見覚えのある女性。
外側からのぞいたアトリエには秘密がつまっている。
玄関付近に落ちていたスマホを拾って、アトリエを訪ねた。
「山口さん、こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません。ここにもうひとりのモデルが来ていませんか?」
「見てないな。取り敢えずお茶でも飲みながら話を聞かせてくれ」
「ありがとうございます」
女性は絵描きが少し席を外したすきに、窓から見えた景色が本当だったか確認した。
「美、沙…?」
その瞬間、女性の意識が失われる。
そこから先は説明されたとおりだった。
船にのせられていた彼女の体は体を湖に沈められて、死んだのを確認してにやりと笑った殺人鬼に引き上げられる。
「これこそ芸術だ」
女性の髪に大量の花をさしこんで、そのまま自分は岸へと戻っていく。
何度も目を背けたくなる瞬間があったけど、女性からは絶望が感じられた。
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