皓皓、天翔ける

第25章『届けたい想い』

第146話

「お、おまたせしました」
《ありがとうございます。…懐かしいな》
「思い出の味なんですか？」
《娘が初めて作ってくれたのがこれらだったんです。家政婦さんに習いながら作ったと話してくれました》
男性は目を細めて、ゆっくり味わっている。
《それと、夜食に持ってきてくれることがあったんです。製薬会社勤務なので、決して人に誇れるような父親ではないと思いますが…》
「…もし、私が娘さんの立場だったら嬉しいです。娘さんも、きっと尊敬していると思います」
男性は驚いていたけど、ふっと笑って一礼した。
《ありがとうございます。そう言ってもらえると救われます。
僕がやってきたことは間違いなんじゃないかって時々思うこともあるけど、彼女といいあなたといい…》
外の景色を見た後、男性はゆっくり話を続ける。
《娘には、血の繋がりがないことを話してあるんです。だけど、親子であることに変わりないって…そういえば曽根さんにも言われました》
曽根さんというのは、家政婦さんのことだろうか。
男性の表情はとても優しい。
「血の繋がりなんて関係ないと思います。…少なくとも、私にとってはあまり重要ではありませんでした」
《車掌さんにはご家族がいらっしゃらないんですか？》
「……少し、複雑なんです」
あの人が生きているのに、私が一緒にいて落ち着くのはおばさんだ。
小さい頃からずっと護られてきて、心から感謝している。
《すみません。不躾に聞いてしまって…》
「いえ！私の方こそ申し訳ありません」
《お互い、絆ある家族を大切にしたいですね》
「…そうですね」
男性はもう戻れないことをまだ知らない。
もう少し話を聞いていれば、自分が死んでしまったことに気づくだろうか。
…そう考えると、少し切なくなった。
《僕は周りに支えられてここまできたけど、それはとても恵まれていることで…。娘のお友だちの親御さんから予定を教えてもらったこともあったんです。
娘も楽しそうにしていたのは、それもあってのことだと思います。娘に笑ってほしくて、引き続き時間を作るようにしていました》
塩むすびを食べながら、男性はふっと笑う。
《僕が持ち帰りの仕事をしていたとき、夜はちゃんと寝ないと駄目なんだよって叱られてしまって…。このおにぎりを食べていると懐かしくなりました》
「仲良しさんなんですね」
《親馬鹿でしょうか？》
「いいえ。素敵な話だと思います」
《そう言ってもらえるとありがたいです。…そういえば、最近娘の学校付近で不審者が出るようになったらしいんです。
何もないといいんですけど…どうしても心配になってしまいます》
この人は周りの人たちを愛して愛されている。
そんなお客様にどんな悲劇が襲いかかったのだろうか。