皓皓、天翔ける

黒蝶

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第29章『ささやかな願い』

第171話

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氷雨君が言っている意味がよく理解できていないけど、真剣な顔で言われたし約束は守ろう。
「分かった。このまま着させてもらうね」
「それには少し特殊なまじないがかかっているんだ。それがないと、さっきみたいに意識を奪われる」
「き、気をつけます」
特殊なまじないってなんだろう…なんて思いながら、一旦列車に乗る。
今日は車両の清掃を手伝わせて貰う約束だ。
少しだけ等級が上がったから、今までよりできることが増えた。
「勇次郎君、でいい?」
《なあに?》
「列車は好き?」
《好き!》
「それなら今夜はここで見ていればいい。この列車、これから掃除するんだ」
《お掃除するところを見るの、初めて!楽しみ…》
氷雨君は子どもと話すのも上手で、見ているだけでほっこりしてしまう。
気を抜かないように気をつけながら、指示されたとおり掃除をこなした。
「暑くない?」
「は、はい。大丈夫です」
「そっか。ならいいけど…。あんまり無理しないようにね。リーダーが心配するだろうし」
「え?」
矢田さんの言葉の意味がよく分からなくて首を傾げていたけど、氷雨君が近づいてくるのが見えてそれ以上聞けなかった。
「この子は俺が連れていく」
「分かった。それじゃあ、また明日」
「うん。また」
《お姉さん、ばいばい!》
手をふりかえして帰路につく。
おばさんがいなくなって、やっぱり寂しさを感じてしまっていた。
「来週のクラス対抗マッチですが…」
翌日。参加する予定のない催し物の話を聞きながら、氷雨君の周りをうろうろしている男の子に目を向けた。
《学校ってこんなに楽しい場所なんだね!色々なものがあって、探険したくなるな…》
「却下」
小声で答える氷雨君の声はやっぱり優しい。
…どうして無意識のうちに彼のことを追ってしまうんだろう。
「君は参加するの?」
「え?」
「クラス対抗マッチ」
屋上でお弁当を食べながら、さっきちらっと話が出ていたことを訊かれる。
「氷雨君はどうするの?」
「よく分からないし、面倒事は嫌いだから出ない」
「欠席以外で逃れる方法ないんだ。…去年そうやって休んだ」
「俺もそうしようかな」
じっと見られている気がして後ろをふりかえると、男の子が退屈そうにしていた。
「あ、あの。よかったら、食べてください」
《本当にいいの?》
「はい。余分に作ったおかずをつめただけですけど…」
《ありがとう!僕、お弁当食べるの初めてなんだ》
「楽しんで、美味しく食べてもらえたら嬉しいです」
この子はずっと病室の世界しか知らなかったのかもしれない。
辛い気持ちをひとりで抱えて、今も笑っているように見える。
もう少しちゃんと話せたらいいのに…なんて思ったけど、今はお弁当に夢中になっているところを見守ろう。
私にできるせいいっぱいのことをやりたいから。
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