皓皓、天翔ける

黒蝶

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第32章『止まない雨』

第192話

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女性の問いかけにどう答えればいいか分からなかった。
だから、いつもどおりの説明をする。
「…この列車は、お客様に最後の旅を楽しんで頂く為にはしっています」
《そっか…あの、それなら先輩と純一がどうなったか分かりますか?》
「お客様、よろしければこちらをお使いください」
《鏡…?》
そこには、いつもみたいに生きている人たちの姿が写し出された。


『姉ちゃん、ごめん。僕が香澄をちゃんと送り届けていれば…』
『それは私も同じ。大事な友だちなのに、こんな事になって会えなくなるなんて思っていなかった』
姉弟は肩を寄せ合い涙を流す。
『あの子、いつか私に追いついてみせるからそのときは一緒に仕事しようって言ってくれたんだ。…香澄に救われたのは私の方なのにね』
『僕もだよ。香澄が助けてくれたから今の僕がある。デートする度好きなところがどんどん増えていって…なんで香澄じゃなきゃいけなかったんだろう』
棺は開かれることなく火葬場へ直行したらしい。
それだけ酷い傷を負っていたのだろう。
『…私、これからもっとメイクの腕を磨くよ。あの子が笑ってくれたメイクで、沢山の人を笑顔にできるように』
『僕も。ひとつでも多くの病気を見つけて、沢山の人を救いたい。それから、香澄のことを忘れたくない』
『そうだね。せめて月命日くらいは顔を出せるようにしたいところだよ』
雨がふたりを包みこみ、姿が見えなくなる。
沢山の人の涙がその場に降り注いだ。


「──以上になります」
《先輩、純一……》
「あの場にはあなたにネイルをしてもらったというお客様もいらしていたようですよ」
《たしかにいました。山口様はお姉さんの結婚式に行くから、浜田様は久しぶりにお友だちと会うから、山里様は気分転換にって…》
「沢山のお客さんを笑顔にして、愛されていたんですね」
私にかけられる言葉はそんなことだけだ。
だけど、女性には何かが響いたらしい。
《そっか。あたしがしたこと、無駄じゃなかったんだ。そっか……》
自分に自信が持てないとき、どんなことをしても誰かが肯定してくれないと無意味に感じてしまう。
女性にとって誰かを笑顔にすることが夢だったなら、これできっと前を向けるはずだ。
「あ、あの…よろしければ、手紙を書いてみませんか?代筆しますので…」
《いいんですか?じゃあ、あたしの憧れの人と恋人に書きたいです》
「かしこまりました。すぐに準備します」
それから終点につくまで、ふたりとの話を聞きながら手紙を書いた。
女性の中で自分が殺された瞬間が曖昧になっているのはよかったかもしれない。
……鮮明に覚えていたら、きっとこの前のお客様みたいに取り乱してしまうだろうから。
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