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彼氏はモフ度の高い神獣です。

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「篠瀬さーん、領収書処理今日までだけどどう?」

「できてます。あ、でも、営業課長が未提出ですね。電話してみましょうか」

「篠瀬さん、旅費の計算がわからないんだけど」

「あ、どこですか?」

「篠瀬さん、神尾さんが迎えに着てますよ」

「えっ! うわ、もうこんな時間!」

 はっとして壁時計を見ると、打ち合わせの十分前だ。

 会議室の準備をして、お茶の用意をして、ホワイトボードを移動しなければ。
 ああ、でもこっちも今。

 あせあせと仕事の手順を考えながら内線電話を取り上げる。

 まず電話して、旅費計算は戻ってから手伝うことにして、それからそれから。

「それ俺がやりますよ」

 横から手が伸びてきたかと思うと、戸塚君が私の手から受話器を取り上げた。

「──あ、山中課長ですか。領収書締め切り今日までですけどもう処理しなくていいですかね」

「と、戸塚君、言い方」

「戸塚、口の利き方! 篠瀬さんこっちはいいから打ち合わせ行きな」

 対面の席から牧野さんが声を上げる。
 ついでに「旅費が」と助けを求めた男性社員、溝口君に「どこの何が分かんないのよ」と声をかける。

「ありがとうございます」

「いいのよ。いつも手伝ってもらってるし。──で、あんたは一体いつになったら旅費計算を覚えるわけ? 優しいからって何でも篠瀬さんを頼るんじゃないわよ」

「あ、圧がすごいいい」

 牧野さんの迫力に「早く帰ってきてええ」と溝口君が泣き言を言う。
 苦笑しながらぺこり、と会釈を残して、私はフロアの入り口で待っている神尾君のもとに急いだ。

「すみません、抜け出しそこねて」

「うん。そうかな、と思って寄ってみました。ちょうどいいタイミングでしたね」

 歩き出しながら、神尾君がにこ、と笑う。

「会場準備は済んでるから落ち着いて。間に合いますから」

「は、はい」

 グラフィックレコーディングの試みは当初考えていたよりも内外ともに好評で、それに伴い依頼される打ち合わせも増えてきていた。

 今では神尾君の仕事だけでなく、他の人の打ち合わせにも顔を出している。

 春になったら部署移動をしないか、という話もあったけど、組織が機能するために必要な雑用を協力してこなす総務の仕事も好きだ。

 できるだけ残留したい旨を伝えると、課長は少し考えて、では人員を増やす形で対応できるよう上申しましょう、と言ってくれた。

 その話がたぶん、どこかから漏れたのだろう。
 最近では戸塚君だけでなく、いろんな人が仕事のフォローに入ってくれるようになっていた。

「また、役に立てないんじゃないかって泣いたりしてませんか」

 ちらりと私に視線を寄越して、神尾君が問う。
 いつぞやの話をしているのだな、と察して、私は口を開いた。

「私、自分にはなんの取り柄もない、無価値な人間だと思っていました。だから効率よく消費されることでしか居場所をつくれないと思っていて」

 歩調を緩めて、神尾君が私に話す時間をくれる。

「すごい、卑屈だったと思います。一方的に消費したり、消費されたりする関係は健全ではないのに」

 あんな風に、と来た道を振り返って私は言った。

「ちゃんと助け合おうと手を差し伸べてくれる人たちに対して、私はそういう、健全ではない関係でしか繋がれないと思っていました」

 今から考えれば、大変なエゴだ。
 それにひどい侮辱だったと思う。

「そもそも、消費するという考え方が間違っていました。私たちは誰かを消費しながら生きているんじゃない。お互いに生産し合いながら生きているんです」

 それに、もらったものは、その人に返せなくてもいいのだ。

「助けてもらった分、別の場所でより良いものを生産できればいい。……て、そう、うまくいくことばかりじゃないですけど」

 偉そうなことを言ってしまったな、と照れながら神尾君を見上げると、柔らかな眼差しが返ってきた。

「いい考えだと思います」

 頷いて、でも、と神尾君が言う。

「まあ、俺にとっては、篠瀬さんが例え何も生産しなくなっても、生きてそばにいてくれたらそれだけでいいですけどね。できれば楽しそうにしていてくれたら、もっといい」

「え。いや……」

 それはどうだろう?

 なんとなく、世話されるダメ人間のようなものをイメージして、私はうーん、と考え込んだ。

 ふ、と笑って、神尾君が窓の外のお日様の方に顔を向けた。

「愛おしいと思う気持ちは、びっくりするくらいたくさんの感情を生産するんですよ。自分が生きて、この場所にいるんだってことを強く感じる。気持ちを返してもらえたらとても嬉しいし、自分のことも愛おしくなります」

 きらきらと光の加減で金色に見える瞳が、私を見て、細められる。

「何もしなくても、篠瀬さんはもう、俺にとってとても大きなものを生産して与えてくれていますよ」

「……」

 にこにこと良い顔で笑う神尾君の眩しさにやられて、私は赤面した。

 ──この人、とんでもない。

 立ち止まってしまった私に合わせて足を止めると、神尾君がほんの少し顔を寄せて来る。

「篠瀬さん、取引しましょう」

 いたずらっぽく笑った神尾君の瞳が金色に輝いている。
 こちらを見下ろす神尾君の黒い髪に、白いふわふわの毛皮を思って、気がつくと私は大きく頷いていた。



 fin.
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みんなの感想(36件)

静葉
2020.03.27 静葉

47ページ
上下スラックス になってましたが
上下スウェット では?

雲間香月
2020.04.03 雲間香月

ありがとうございます。諸々ゆっくりなおしていきます!

解除
静葉
2020.03.27 静葉

42ページ
コートを着たまでいたので になってましたが
コートを着たままでいたので では?

解除
静葉
2020.03.27 静葉

19ページ
神尾君は更に言葉を になってましたが
ここで話している相手は戸塚なので
戸塚君は更に言葉を だと

解除
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