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第4章 奴隷と暮らす
第2話
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大鍋は縦長で、鍋の上の方にある野菜が柔らかくなり、全体に火が通るまで少し時間がかかるだろう。
十分程度経過し、スープと食材の煮込まれた匂いがキッチン内に充満した頃、換気扇をつけていないことを思い出し探してみるが、それらしきものは見当たらず、調理用加熱器側にある壁の上方に埋め込まれた小窓をエルフに開けてもらった。
「すまんな、助かった」
「いえ」
身長はどうしようもない。今度、脚立を買おうと脳内にメモしておいた。
掛け時計を見ながら鍋を煮込んで二十五分経ったことを確認し、火から下ろす。入れ替わりで、今度は米の入った中鍋を火にかけた。ご飯は後半に食べるので、暫く放置しておく。
小皿に鍋のスープを、おたまで掬ってエルフにずいっと差し出す。
「味、みてくれ」
「わかりました」と頷き、エルフは恐る恐るといった様子で、少しずつ小皿を傾け口に含むと、こくりと喉を鳴らした。
すると、エルフは強張った表情筋を緩めて、ほうっと息を吐いて頬を上気させ、色気を醸し出した。
「……おいしいです」
ここまで綻ばせた顔を見たのは初めてかもしれない。奴隷とは思えぬ生気のある表情に、私は安堵して力の抜けた顔で軽く肩を揺らし笑った。
(この色気、無意識……だよな?)
美形の色気は目に毒だと、エルフから視線をずらしてそのまま振り返り、「おーい、出来たぞー。テーブルのやつ避けといてくれ」と大きな長方形のダイニングテーブルで仕分けをしている彼らに伝える。その私の指示に、彼らはキューブボックスの山を奥へとずらした。
エルフと一緒に鍋の中のものをオーバルプレートへ装い、空いたテーブルにそれを置いていく。食べる時に何を使うかわからないので、フォークとスプーン、竹挟みを置いておく。あと飲み水も。
作ったのは、シンプルな鍋料理だ。時間も時間だし、凝ったものはつくれない。皆が腹いっぱい食べられて、かつ栄養がとれるものと考えたらこれが浮かんだ。
そして、椅子に腰掛け皆が席に着いたことを確認し、「いただきます」と言って竹挟みで白菜と豚肉を頬張ってもぐもぐしていると、視線が私に集中していることに気がついた。まだ皆、料理に手をつけていない。
「な、なんだ? 食べないのか?」
目の前に料理があるのに、私だけが食べているという異様な光景に、竹挟みを動かす手がぴたりと止まる。
「"いただきます"とは、どういう意味ですか?」と狼人が疑問を口にした。皆も同じことを思ったためなのか、じっとこちらを見つめてくるだけで口を開かない。
("いただきます"の意味か、あまり考えたことなかったな……)
そういえば、英語の授業でも"いただきます"と習った覚えがなかったことを思い出す。
似たような内容はあっても、『あ~お腹すいたよー』『さぁ、ご飯ができたよ! 皆んなで食べよう』くらいなもので、日本の"いただきます"とは随分と意味がかけ離れていたような……。
「俺の住んでいた地域の風習みたいなもんだ。"いただきます"というのは、野菜や動物の命を頂戴します感謝しますという言葉だ。そして、それらを育ててくれた業者やそれを調理してくれる人に対しての感謝もそこに含まれている。まぁ、今じゃ挨拶と同様に習慣化されて有り難みは薄くなっているがな……別に合わせてもらおうなどとは思ってない。それぞれ育った地域での風習に従えばいいさ。ここにはそれを咎める人はいないのだからな」と私はまた食事を続けた。
直後、「いただきます」というはきはきした龍人の声が聞こえたかと思えば、それに続いて他の皆も同様に口にし、ようやく料理に手をつけ始めた。
住んでいた地域によって異なるのか、フォークとスプーンで食べる人や竹挟みとスプーンで食べる人とに分かれた。エルフと狼人が前者で、他は後者だった。
暫く味わうようにゆっくりと口を動かしていたが、よほどお腹が減っていたのか口の中へ料理をかき込むのが早くなっていった。
食べている間は、やけに静まり返っていた。まるで、大食い選手権の出場者のようだなと思った。その雰囲気がやけに重たく感じられた。ちらりと皿から顔を上げて彼らを見てみれば、険しい顔をしている。
(もしかして……)
「どうした? 口に合わなかったか?」
(不味かったか? 不味いけど、腹は減ってるのか?)
「優しい、味がする……」
ぽつりと鬼人が呟いた。
「薄かったらこれを足すといい」と、鬼人の前に醤油を置いた。
「こやつはそういう意味で言ったのではないと思うのだが……」
どう考えても、優しい味=ちょっと味が薄いな、って意味だろ。
それから暫くして、米が炊けたので鍋と混ぜて雑煮にして食べた。ご飯が食べ終わるまで、ずっと静かで食べづらかった。
(明日はデリバリーにしたほうがいいか? そもそもこの世界にデリバリーってあったっけ)
色々考えさせられる晩御飯の時間であった。
十分程度経過し、スープと食材の煮込まれた匂いがキッチン内に充満した頃、換気扇をつけていないことを思い出し探してみるが、それらしきものは見当たらず、調理用加熱器側にある壁の上方に埋め込まれた小窓をエルフに開けてもらった。
「すまんな、助かった」
「いえ」
身長はどうしようもない。今度、脚立を買おうと脳内にメモしておいた。
掛け時計を見ながら鍋を煮込んで二十五分経ったことを確認し、火から下ろす。入れ替わりで、今度は米の入った中鍋を火にかけた。ご飯は後半に食べるので、暫く放置しておく。
小皿に鍋のスープを、おたまで掬ってエルフにずいっと差し出す。
「味、みてくれ」
「わかりました」と頷き、エルフは恐る恐るといった様子で、少しずつ小皿を傾け口に含むと、こくりと喉を鳴らした。
すると、エルフは強張った表情筋を緩めて、ほうっと息を吐いて頬を上気させ、色気を醸し出した。
「……おいしいです」
ここまで綻ばせた顔を見たのは初めてかもしれない。奴隷とは思えぬ生気のある表情に、私は安堵して力の抜けた顔で軽く肩を揺らし笑った。
(この色気、無意識……だよな?)
美形の色気は目に毒だと、エルフから視線をずらしてそのまま振り返り、「おーい、出来たぞー。テーブルのやつ避けといてくれ」と大きな長方形のダイニングテーブルで仕分けをしている彼らに伝える。その私の指示に、彼らはキューブボックスの山を奥へとずらした。
エルフと一緒に鍋の中のものをオーバルプレートへ装い、空いたテーブルにそれを置いていく。食べる時に何を使うかわからないので、フォークとスプーン、竹挟みを置いておく。あと飲み水も。
作ったのは、シンプルな鍋料理だ。時間も時間だし、凝ったものはつくれない。皆が腹いっぱい食べられて、かつ栄養がとれるものと考えたらこれが浮かんだ。
そして、椅子に腰掛け皆が席に着いたことを確認し、「いただきます」と言って竹挟みで白菜と豚肉を頬張ってもぐもぐしていると、視線が私に集中していることに気がついた。まだ皆、料理に手をつけていない。
「な、なんだ? 食べないのか?」
目の前に料理があるのに、私だけが食べているという異様な光景に、竹挟みを動かす手がぴたりと止まる。
「"いただきます"とは、どういう意味ですか?」と狼人が疑問を口にした。皆も同じことを思ったためなのか、じっとこちらを見つめてくるだけで口を開かない。
("いただきます"の意味か、あまり考えたことなかったな……)
そういえば、英語の授業でも"いただきます"と習った覚えがなかったことを思い出す。
似たような内容はあっても、『あ~お腹すいたよー』『さぁ、ご飯ができたよ! 皆んなで食べよう』くらいなもので、日本の"いただきます"とは随分と意味がかけ離れていたような……。
「俺の住んでいた地域の風習みたいなもんだ。"いただきます"というのは、野菜や動物の命を頂戴します感謝しますという言葉だ。そして、それらを育ててくれた業者やそれを調理してくれる人に対しての感謝もそこに含まれている。まぁ、今じゃ挨拶と同様に習慣化されて有り難みは薄くなっているがな……別に合わせてもらおうなどとは思ってない。それぞれ育った地域での風習に従えばいいさ。ここにはそれを咎める人はいないのだからな」と私はまた食事を続けた。
直後、「いただきます」というはきはきした龍人の声が聞こえたかと思えば、それに続いて他の皆も同様に口にし、ようやく料理に手をつけ始めた。
住んでいた地域によって異なるのか、フォークとスプーンで食べる人や竹挟みとスプーンで食べる人とに分かれた。エルフと狼人が前者で、他は後者だった。
暫く味わうようにゆっくりと口を動かしていたが、よほどお腹が減っていたのか口の中へ料理をかき込むのが早くなっていった。
食べている間は、やけに静まり返っていた。まるで、大食い選手権の出場者のようだなと思った。その雰囲気がやけに重たく感じられた。ちらりと皿から顔を上げて彼らを見てみれば、険しい顔をしている。
(もしかして……)
「どうした? 口に合わなかったか?」
(不味かったか? 不味いけど、腹は減ってるのか?)
「優しい、味がする……」
ぽつりと鬼人が呟いた。
「薄かったらこれを足すといい」と、鬼人の前に醤油を置いた。
「こやつはそういう意味で言ったのではないと思うのだが……」
どう考えても、優しい味=ちょっと味が薄いな、って意味だろ。
それから暫くして、米が炊けたので鍋と混ぜて雑煮にして食べた。ご飯が食べ終わるまで、ずっと静かで食べづらかった。
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