警視庁雑務部雑務総務課〜父の無実の罪を晴らすため就職しました〜

産屋敷 九十九

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File1 自覚無き殺人犯

第四十八話 弟の異変

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意識が回復して直ぐ、兄貴はお見舞いの品を受け取っていた。変わったものばかりで一々驚いていたが、兄貴は心の底から喜んでいた。

歩さんから貰ったバラの鉢植えは、横に傾ければどうにか家に入るだろうと兄貴は考えているみたいだが、


いや、絶対無理だろ……。


頭が足らないのは昔からなので今更どうこうしつこく言うつもりはないが、無理なものは無理だ。
だからといって受け取らないのも失礼に値するので、大きすぎる鉢は家の事情で受け取れないと歩さんに説明して、家の中に入れられる大きなサイズの鉢を新たに購入する必要があるなと俺は考えた。

椿先輩からの悪霊退散グッズに関しては、病み上がりのいまの兄貴に変な物を食べて欲しくないのでフォローした。

なのに、兄貴は俺を巻き込もうとしている。


この恩知らずが‼︎


イラッとした俺は手と膝の感覚共有を解除し、手のみを感覚置換で切り替えて兄貴の膝をつねってやった。そしてすぐさま、手の感覚共有を再開した。膝は解除したままにしておいた。


じゃないと、俺が痛いじゃん?


俺の小さな反抗に気がついた兄貴はしぶしぶ一人で食べることにしたようだ。

一番、驚いたお見舞いの品は、課長からの現金だった。流石の俺もどう対応するのが正解なのか分からず、かなり焦って心配したが杞憂きゆうに終わった。

「お金は受け取れません。そのかわり、事件が正式に終わった後、いいお店に俺たちを連れて行ってくださいね!」

兄貴は口角を上げて歯を見せ笑って言った。

素直で嘘をつくのがヘタクソで人当たりのいいうちの兄貴にはこういう場面でのフォローは必要なかったようだ。

因みに今回のお見舞いの品で兄貴が一番嬉しかったのは、エロ本だった。



それはもう、士郎さんの手によって破られてしまったが……。



***

兄貴の退院が今日に決まった。

軽い診察を終えて、お昼の病院食を食べてから手続きをしてようやく退院だ。

「ヴグッ……」


なん、だ?


リビングのソファーに座る俺は、突如ズキズキとした胸の痛みと迫り上がってくる胸の苦しさに襲われ、胸元のシャツをぐしゃりと握り腰をかがめて頭部を床に近づけた。

直後、胸から喉へ駆け上がる何かを吐き出すように咳をした。

「ガッハ……! ゴホゴホ……」

はぁはぁと咳の影響で息切れをし肩を上下させながら茶色のフローリングに視線を移せば、そこには血溜まりができていた。

口の端がにひやりとした空気が当たり、その原因を確認するために手の甲で拭ってそれを見た。

やはり血だった。

鼻を刺すような鉄の錆びた臭いが嗅覚を刺激した。
血を吐き出しても、胸の痛みと苦しさ、息切れは未だ続いていた。


力の使い過ぎ、か。
やばいな……このままじゃ継続できなくなる。


「正人くん、ちょっといいかなー?」

病院食を食べ終え、ソフィアさんに声をかけられた兄貴はそれからジッとソフィアさんに胸を凝視されていた。

「あ、あの? ソフィアさん、さっきから何を?皆さんもどうしたんですか?」

「あー、ごめんね? 正人君。以前、ソフィア君がきみに『なんで魂を二個持っているのか』って言ってたの覚えてる?」


あー……あのことか……兄貴、上手く誤魔化せる……かな?


感覚共有から段々と切り離されて、アラゴン・オレンジの炎が先程まで見えていた視界を徐々に呑み込むと、炎が一瞬にして消失し暗闇に包まれる。
能力が解除されたことを示していた。

俺は二度瞬きをした。もう病室は見えていなかった。


流石に持たない、か。


そう思った俺は、兄貴の左耳のみを、聴覚置換で切り替えた。


これで、大分負担が減るだろうがいつまでもつのか……。


「あ、はい。覚えてますけど、それがどうかしたんですか?」

「身体に異常が無いのに目を覚さない君が心配で、もしかしたら服部みたいなおかしな霊に取り憑かれたんじゃないかなーと思って、昨日ソフィア君の霊能力で正人君を視てもらったんだ。
そしたら、前に二個あった魂が一つになっていて、しかも残った魂にヒビが入ってたんだって。
おそらく服部の件が影響しているのかもしれないね。で、いまソフィア君がきみの魂の状態を視ているところなんだ」

それから課長は、同色の魂を持つことの異常性や肉体と魂の関係性について説明してくれた。


下手したら俺と兄貴、死んでたのか……。


そう思うと、ゾッとして更に胸の苦しさが増したような気がした。

「また二つになってる。傷も癒えてヒビも無くなってるし……」

「魂がこんなに短期間で修復するなんて……あり得ない早さだわ」と消え入るような声でソフィアさんが言った。

「別に良かったんじゃないのぉ?」

「何かゲームのHPライフみたいダナ。二個あったHPライフが攻撃受けて一個になって瀕死状態になったけど睡眠で回復する、みたいナ?#/$€%」

「若いと治りが早いのは魂も一緒なんじゃないのか?」

「うーん、まぁ戻ってるならいいんじゃないかな? だって正人君、元気そうだしね」

特に兄貴は深く介入することもなく、話は終わった。

正直、ほっとした。兄貴はよく自分のことをわかっているみたいだ。一番最悪なのは俺が能力を発揮できない状態の時に兄貴が話に入っていって、俺の存在がばれてしまうことだった。

そしたら、俺たち二人が罪に問われることになるかもしれない。いや、罪に問われるんだ。

「あの、すみません。ちょっと電話してきていいですか? 日曜日に約束してた奴がいたんですけど、俺意識なくて連絡取れなかったんで」


約束なんてしてねぇと思うんだけど……。


俺と兄貴はもう何年もの間、感覚共有で常に同じことを共有してきた。だから、俺は隠し事はできるけど兄貴の情報は全て筒抜けのはずだ。

その後、病室のドアの開閉音が聞こえたかと思えば、次に兄貴の急ぐような足音がしばらく続き、音がピタリと止む。

「もしもし………着払いじゃなくて……新宿のコンビニで受け取り……あと……内村さんと合流して……来……いってさ……能天気な人だけど……力があって……切……れ切れな筋肉なんだよ、わかったな?」


兄貴、いま誰と喋ってるんだ?
"ウチムラ"って奴、兄貴の周りにいたっけ?


「あー電波悪いかな? 病院だからかな? もう一回だけ言うぞ。着払いじゃなくて……新宿のコンビニで受け取り……あと……内村さんと合流して……来……いってさ……能天気な人だけど……力があって……切……れ切れな筋肉なんだよ、わかったな?」


所々の間はなんだ?


俺は胸を押さえながら、立ち上がってボールペンとメモ帳を用意し、再びソファーに腰掛けた。

そして、先程の兄貴の言葉を思い出しながら言葉と言葉の間も意識して改行しながら書いていく。

全て平仮名のパターン、そして平仮名と漢字混じりのパターンの二種類を書き出した。

そしてまず、平仮名のパターンを見た。

"ちゃくばらいじゃなくて
しんじゅくのコンビニでうけとり
あと
うちむらさんとごうりゅうして

いってさ
のうてんきなひとだけど
ちからがあって

れきれなきんにくなんだよ"


……なんか違う気がするな。


次に、平仮名と漢字混じりのパターンを見る。

"着払いじゃなくて
新宿のコンビニで受け取り
あと
内村さんと合流して

いってさ
能天気な人だけど
力があって

れ切れな筋肉なんだよ"



"着新あ内来い能力切れ"



「……来い能力切れ?」


そうか──「着新」は「着信」、「内」は「家」、「あと」は「後」……ってことは、



『着信後うち来い。能力切れ』
 


これは──俺に対してのメッセージか。



「ククククク………」

俺は口に手をやり、声を押し殺すようにして笑った。


普段、頭使わねー兄貴が、まさかこんなこと考えるなんてな……。


普段鈍感なうちの兄貴はどうやら俺のことには過敏なようだ。それもこれも、俺たちが双子だからなのかもしれない。





俺は能力を解除し、携帯電話を握りしめたまま、ソファーに横になって兄貴の着信を待つことにした。










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