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3.追憶-sideミラ-(中)
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初対面の日、ミラは微笑みを絶やさなかった。
始めは目の前に立つアレクシスの姿に好意を抱いて向けた微笑みが、後に冷めた微笑みに変わるのだけど――。
いつも遠くから見かけるだけだった彼が、ミラに向けて自己紹介をすると優雅にお辞儀をして見せた。
アレクシスは、挨拶を終えると後ろ手に組んで、顔をまっすぐミラに向けているのだけど、視線は下に向けられていた。
ミラは、自分よりも頭一つ分背の高い彼の、その静かな立ち姿に見惚れていた。
アレクシスのブロンドヘアは柔らかそうで、動物に対する愛着のようなものを感じて触ってみたいと思った。時折、髪に隠れるワインレッドの瞳がより彼の魅力を引き立てて、端正な顔立ちは、やはりミラの好みだった。
ミラも挨拶とお辞儀をして返すと、互いの両親が社交的な会話を始めて、アレクシスは黙ったまま庭園を眺めにその場を離れてしまった。
ミラは、両親の様子とアレクシスの後ろ姿を交互に見て、アレクシスの隣で自分も庭園の花を眺めることにした。
「小公爵様は、花が好きですか?」
隣に立って声を掛けると、アレクシスは王室自慢の花々を眺めていた視線をミラに向けて、数秒だけミラの瞳を見つめると、無言のまま花に視線を戻した。
(……無視?)
いや、彼は緊張しているのかもしれない。今、彼は言葉を選んでいる時間が必要で、待っていれば返事が返ってくるのかも……そう思って、ミラは彼をじっと見つめて待ってみた。
けれど、返事はなかった。
それよりも、アレクシスはミラとは反対の方向に顔を背けてしまった。
そのとき、ミラは気付いた。
彼は、敵対する家門の子息で、ミラとは相容れない人なのだと。
彼自身の容姿は好みでも、その関係が変わることなどないのだ。この先も、ずっと。
だからと言って、ミラは引き下がらなかった。彼女にもプライドというものはあって、笑みを絶やさずに、意地でも隣から引いてなるものかとその場で花を眺めた。
これが、二人の無言の交流の始まりだった。
3ヶ月に1回は、交流を持つようにという王命に従って、初対面を終えた後も二人は、王室が用意した席でお茶を共にした。
向かい合ってお茶を飲めばいいだけだと、初対面のときに感じた不愉快な気持ちを取り払うように呼吸を整えて、ミラは先に席について彼を待っていた。
時間ギリギリに到着した彼は、ミラの向かいの席に座ったまではいいが、なんとミラに自身の左側を見せる形で腰を掛けたのだ。
太々しい、無愛想な人だと彼に向けた悪口が頭に浮かぶと、ミラはにっこりと微笑んでお茶を飲んだ。
アレクシスは終始、無言だった。ミラも、無言で過ごした。
決められた交流の時間は1時間であるから、ミラは二度目は刺繍を持参して、退屈な時間をやり過ごした。
三回目も、本を持って行って読書に勤しんだ。
アレクシスは毎回、注がれたお茶を飲みながら、黙って景色を眺めているだけだった。
ミラは、そんな彼に声をかける気持ちになれなかったので、放っておいて気ままに過ごした。
時間が近づくと、アレクシスは胸ポケットから時計を取り出して、時間になるとミラに視線を向ける。
ミラは、そんな彼に微笑みを向けると、彼は席を立って去って行く。
これが、二人の交流の一連の流れだった。
婚約をしてからの二人は、そっけない関係だった。
婚約者であるのが不思議なくらい、手紙のやり取りをしたこともないし、贈り物なんてとんでもないことだった。
二人が公の場で並ぶ姿は、建国祭か王室主催のパーティーの場でしか見れない程、貴重なものであった。
エスコートを受けるために、アレクシスの腕に手を添えても、彼はミラを見ることもしないで、必要な場面が終わるとすぐに離れて行ってしまう。
常に表情を変えないアレクシスのことを、ミラはもしかして隠している病気があるのかと疑って、一度だけ彼を驚かせようと思い、黄色をメインに黒と金を織り交ぜたラメ糸で刺繍されたものに、ワインレッドの花々を散らした、アレクシスを思い起こすデザインで仕立てたドレスを着て彼の隣に立ってみたことがある。
そのときの彼は、ミラを見るなり睨みつけてきたのだけど、ミラは彼の眉間に寄った皺が可笑しかったのと、その睨みつける顔も素敵だったので、満足だった。
その日だけは、なぜか帰るまでミラの隣にアレクシスはいたのだけど、そのおかげでミラの親しい友人や家族と過ごすことができなかった。
あれはきっと、無言の仕返しだったのだろう。
年月が過ぎて、二人がアカデミーに入学してからも、その関係は変わらなかった。
というよりも、学業で忙しくなることを理由に、ヴィガード公爵家からの要請で、定期的な交流がなくなってから会う機会が減って、今まで以上にそっけない関係になったように思う。
アカデミーでは、二人の専攻クラスが違うので、顔を合わすことなんてほとんどなかった。
だけど、同じ敷地内であるから、見かけることは何度もあった。
彼の周りは、相変わらず人が集まって賑やかだった。
アレクシスはいつも通り、無表情で悠然とした姿を見せていた。そんな彼の顔を眺めてしまう癖がついてしまったから、ミラは見なくてもいい光景を目の当たりにしてしまった。
彼の腕に絡みついて、笑顔を浮かべる令嬢がいた。
その令嬢は、いつかのパーティー会場で、自分がアレクシスと婚約をする筈だったのに、バンズ公爵家の娘に横取りをされたと友人たちに漏らしていた人だった。
たまたま聞いてしまった事実に、そのときは気の毒に思っただけなのだけど、腕に絡みついた彼女と、それを許してそのままにしているアレクシスの姿を見たら、ミラは胸の辺りに痛みを感じた。
初めての感情が湧いた瞬間だった。
始めは目の前に立つアレクシスの姿に好意を抱いて向けた微笑みが、後に冷めた微笑みに変わるのだけど――。
いつも遠くから見かけるだけだった彼が、ミラに向けて自己紹介をすると優雅にお辞儀をして見せた。
アレクシスは、挨拶を終えると後ろ手に組んで、顔をまっすぐミラに向けているのだけど、視線は下に向けられていた。
ミラは、自分よりも頭一つ分背の高い彼の、その静かな立ち姿に見惚れていた。
アレクシスのブロンドヘアは柔らかそうで、動物に対する愛着のようなものを感じて触ってみたいと思った。時折、髪に隠れるワインレッドの瞳がより彼の魅力を引き立てて、端正な顔立ちは、やはりミラの好みだった。
ミラも挨拶とお辞儀をして返すと、互いの両親が社交的な会話を始めて、アレクシスは黙ったまま庭園を眺めにその場を離れてしまった。
ミラは、両親の様子とアレクシスの後ろ姿を交互に見て、アレクシスの隣で自分も庭園の花を眺めることにした。
「小公爵様は、花が好きですか?」
隣に立って声を掛けると、アレクシスは王室自慢の花々を眺めていた視線をミラに向けて、数秒だけミラの瞳を見つめると、無言のまま花に視線を戻した。
(……無視?)
いや、彼は緊張しているのかもしれない。今、彼は言葉を選んでいる時間が必要で、待っていれば返事が返ってくるのかも……そう思って、ミラは彼をじっと見つめて待ってみた。
けれど、返事はなかった。
それよりも、アレクシスはミラとは反対の方向に顔を背けてしまった。
そのとき、ミラは気付いた。
彼は、敵対する家門の子息で、ミラとは相容れない人なのだと。
彼自身の容姿は好みでも、その関係が変わることなどないのだ。この先も、ずっと。
だからと言って、ミラは引き下がらなかった。彼女にもプライドというものはあって、笑みを絶やさずに、意地でも隣から引いてなるものかとその場で花を眺めた。
これが、二人の無言の交流の始まりだった。
3ヶ月に1回は、交流を持つようにという王命に従って、初対面を終えた後も二人は、王室が用意した席でお茶を共にした。
向かい合ってお茶を飲めばいいだけだと、初対面のときに感じた不愉快な気持ちを取り払うように呼吸を整えて、ミラは先に席について彼を待っていた。
時間ギリギリに到着した彼は、ミラの向かいの席に座ったまではいいが、なんとミラに自身の左側を見せる形で腰を掛けたのだ。
太々しい、無愛想な人だと彼に向けた悪口が頭に浮かぶと、ミラはにっこりと微笑んでお茶を飲んだ。
アレクシスは終始、無言だった。ミラも、無言で過ごした。
決められた交流の時間は1時間であるから、ミラは二度目は刺繍を持参して、退屈な時間をやり過ごした。
三回目も、本を持って行って読書に勤しんだ。
アレクシスは毎回、注がれたお茶を飲みながら、黙って景色を眺めているだけだった。
ミラは、そんな彼に声をかける気持ちになれなかったので、放っておいて気ままに過ごした。
時間が近づくと、アレクシスは胸ポケットから時計を取り出して、時間になるとミラに視線を向ける。
ミラは、そんな彼に微笑みを向けると、彼は席を立って去って行く。
これが、二人の交流の一連の流れだった。
婚約をしてからの二人は、そっけない関係だった。
婚約者であるのが不思議なくらい、手紙のやり取りをしたこともないし、贈り物なんてとんでもないことだった。
二人が公の場で並ぶ姿は、建国祭か王室主催のパーティーの場でしか見れない程、貴重なものであった。
エスコートを受けるために、アレクシスの腕に手を添えても、彼はミラを見ることもしないで、必要な場面が終わるとすぐに離れて行ってしまう。
常に表情を変えないアレクシスのことを、ミラはもしかして隠している病気があるのかと疑って、一度だけ彼を驚かせようと思い、黄色をメインに黒と金を織り交ぜたラメ糸で刺繍されたものに、ワインレッドの花々を散らした、アレクシスを思い起こすデザインで仕立てたドレスを着て彼の隣に立ってみたことがある。
そのときの彼は、ミラを見るなり睨みつけてきたのだけど、ミラは彼の眉間に寄った皺が可笑しかったのと、その睨みつける顔も素敵だったので、満足だった。
その日だけは、なぜか帰るまでミラの隣にアレクシスはいたのだけど、そのおかげでミラの親しい友人や家族と過ごすことができなかった。
あれはきっと、無言の仕返しだったのだろう。
年月が過ぎて、二人がアカデミーに入学してからも、その関係は変わらなかった。
というよりも、学業で忙しくなることを理由に、ヴィガード公爵家からの要請で、定期的な交流がなくなってから会う機会が減って、今まで以上にそっけない関係になったように思う。
アカデミーでは、二人の専攻クラスが違うので、顔を合わすことなんてほとんどなかった。
だけど、同じ敷地内であるから、見かけることは何度もあった。
彼の周りは、相変わらず人が集まって賑やかだった。
アレクシスはいつも通り、無表情で悠然とした姿を見せていた。そんな彼の顔を眺めてしまう癖がついてしまったから、ミラは見なくてもいい光景を目の当たりにしてしまった。
彼の腕に絡みついて、笑顔を浮かべる令嬢がいた。
その令嬢は、いつかのパーティー会場で、自分がアレクシスと婚約をする筈だったのに、バンズ公爵家の娘に横取りをされたと友人たちに漏らしていた人だった。
たまたま聞いてしまった事実に、そのときは気の毒に思っただけなのだけど、腕に絡みついた彼女と、それを許してそのままにしているアレクシスの姿を見たら、ミラは胸の辺りに痛みを感じた。
初めての感情が湧いた瞬間だった。
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