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6.さようならをする前に(中)
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披露宴の会場を後にしたミラは、湯浴みを終えると寝室のソファに一人で座って、目の前のテーブルに並べられた色とりどりのフルーツや、軽食、数種類の酒を眺めながら、右手に持った小瓶を見つめていた。
彼よりも先に寝室に行って準備をしなければいけないからと、早々に切り上げて来て正解だった。
だけど、いつ、彼がここに来るか分からないから、いつまでもそうしているわけにも行かずにため息を一息吐くと、刻印された手の甲が疼いたように感じて、左手で右手の甲を擦ると、意を決して、空いたグラスに忘却の薬を注いだ。
忘却の薬は無味無臭で、透明色なので飲み物に混ぜても判りづらいから、彼に飲ませる酒を何にしようかと、選んだ白ワインを薬を注いだグラスとは別のグラスに注いで一口飲んでみた。
すると、思いのほかミラの口に合う味で美味しかったので、全部飲み干してしまった。
緊張しているからか、やけに喉が渇いている気がしたから、もう少し飲もうかと白ワインの瓶を手にしたとき、寝室の扉の開く音がして振り向いた。
実は、彼はここには来ないかもしれない……なんて、最悪な結末を考えていた。
そんな不安を抱えていたところにやってきた夫の姿を確認すると、ミラは微笑んで迎えた。
薬を注いだグラスに、手に持った白ワインを注いで、ミラの側に寄ったアレクシスに向けて「飲む?」と差し出すと、彼は素直に受け取って飲んだ。
湯浴みの後で体が火照って喉が渇いているのか、グラスの中身を一気に喉に流し込んで空にすると、それをテーブルの上に置いて、ミラを見下ろした。
昼間に見た彼の笑みが思い出されて、鼓動が早く脈打った。
けれど、今のアレクシスの瞳は静かで、いつもの見慣れた彼の顔だった。
確かに彼は、忘却の薬を飲んだ。
(あれ? ところで……)
アレクシスの様子を慎重に観察していると、ミラは薬を飲んだ後のその人がいつ、どうやって記憶を失くすのかということを知らないという事実に気付いた。
そんなミラに、アレクシスの顔が近づいてくる。
(待って……まさか……)
「……!」
口付けをされると思い肩を強張らせて、近付く彼の顔を直視していられなくて目を瞑ると、予想に反して、アレクシスはミラを抱きかかえた。
体が浮いたことに驚いて目を開けると、すぐ側にアレクシスの顔がある。いつも見る横顔の彼だった。
だけど今日は、いつもと状況が違う。ここは寝室。それも夫婦が初夜を迎えるために用意された場所。二人は夫婦で、夫の彼が向かっている先にはベッド――。
(う、嘘でしょ……?)
ソファからベッドまでの距離は、彼の歩幅で数歩分しかないから、すぐに辿り着いた。
アレクシスはベッドに座ると、向かい合うように膝の上にミラを座らせた。
焦りながらも、相手の顔を伺うと、アレクシスは静かな瞳でミラを見つめてきて、余裕があるように見えた。
もしかしたら、その気にさせておいて「勘違いするな」と一蹴するつもりなのかもしれないと、ミラは気を引き締めた。
またも、予想に反して、アレクシスはミラの髪を撫でて後ろに流すと、顔を斜めに傾けて、ミラの首に唇を押し当てた。
「ん……っ」
冷えた白ワインを口にした後の彼の唇が冷たいせいか、体が震えて、アレクシスの肩に乗せた手でガウンを掴むと、彼の手がミラの腰を支えながら背中を撫でた。
ゾクゾクと震える背中を反らせると、唇とは違う生温かい感触がミラの首筋をなぞる。
「ふあ……あっ」
くすぐったくて熱い感触が首だけに留まらずに、頭の先や体中のあちこちに広がる感覚に襲われて、ミラはよく分からないまま拒めずにいた。
(……どうしよう)
思考を巡らせようとすると、アレクシスが舌で舐めるのをやめて、今度は口で強く吸い付いた。
「んあぁ……!」
痛みを感じて、彼のガウンを掴んだ手に力を込めると、唇を離したアレクシスがミラをベッドに横たわらせた。
吸われた首がヒリヒリと火傷したように熱かった。
ミラを見下ろすアレクシスは、荒い息を吐きながら焦っているように見える。
焦っているのは、ミラも同じだった。
忘却の薬を飲ませることに成功したのはいいが、まさかベッドに連れ込まれるとは思ってもいなかったから。
(睡眠薬を調合しておけば良かった……)
胸元のリボンが解かれて、ミラの胸を露わにしたアレクシスの手が、素肌の感触を確かめるように撫でると、ミラの口から声が漏れた。
「あ……」
彼の手のひらが柔らかい胸を包み込むと、その温もりが気持ち良かった。
その手つきが優しいから、油断していた。
「あ!」
胸の先を彼の指が撫でると、腰が跳ねた。その時に出た声が合図になって、アレクシスの唇が胸元に降りてくると、先程首に与えられた刺激に再び襲われる。
「ああ……! ひあ……ぁ!」
胸の先を撫でていた指先が、今度は摘まんで擦ると、下腹部がビリビリと痺れた。
痛いと思ったら、舌で舐めてくすぐってくる。胸や首のあちこちでそれが繰り返されて、思考を奪う刺激に襲われて、ミラは頭がおかしくなりそうだった。
こんな筈ではなかった。
彼は、いつもミラを拒絶していたし、嫌っていた。想い人も他にいるから、体を重ねる行為はしないだろうと、こうなることを予測できていなかった。
このままでは、最後まで抱かれてしまう。
拒みたい。だけど、拒めない。
だめだと抗う自分と、受け入れたいと願ってしまうよくわからない欲情と戦いながら、ミラは彼の愛撫を受け入れていた。
だけど、アレクシスの舌が胸の先をねっとりと舐めて、口に含むと、もう限界だった。
「あ! ま……って! アレクっ」
止めて欲しくて、彼のガウンを掴んで引っ張ると、アレクシスが顔を上げてミラと視線を合わせた。
息を止めていた人のように、呼吸を乱した彼の顔が熱を帯びていた。
「あ、あの……」
これ以上はやめて欲しいと言えば、どうしてだと問われる。そのときの上手な言い訳が思いつかなくて言い淀んでいると、アレクシスがまだ乱れた呼吸のまま口を開いた。
「……もう一度、呼んで」
すでに混乱している頭で、彼の言葉を理解することができなかった。
「え……?」
「名前……呼んで」
ミラの頬に手を当てて、親指で唇を撫でながら強請るように零した声が、いつもよりも柔らかく聞こえて、ミラの胸を震わせた。
「……アレク」
呼ぶと、アレクシスが優しく微笑んだ。
彼よりも先に寝室に行って準備をしなければいけないからと、早々に切り上げて来て正解だった。
だけど、いつ、彼がここに来るか分からないから、いつまでもそうしているわけにも行かずにため息を一息吐くと、刻印された手の甲が疼いたように感じて、左手で右手の甲を擦ると、意を決して、空いたグラスに忘却の薬を注いだ。
忘却の薬は無味無臭で、透明色なので飲み物に混ぜても判りづらいから、彼に飲ませる酒を何にしようかと、選んだ白ワインを薬を注いだグラスとは別のグラスに注いで一口飲んでみた。
すると、思いのほかミラの口に合う味で美味しかったので、全部飲み干してしまった。
緊張しているからか、やけに喉が渇いている気がしたから、もう少し飲もうかと白ワインの瓶を手にしたとき、寝室の扉の開く音がして振り向いた。
実は、彼はここには来ないかもしれない……なんて、最悪な結末を考えていた。
そんな不安を抱えていたところにやってきた夫の姿を確認すると、ミラは微笑んで迎えた。
薬を注いだグラスに、手に持った白ワインを注いで、ミラの側に寄ったアレクシスに向けて「飲む?」と差し出すと、彼は素直に受け取って飲んだ。
湯浴みの後で体が火照って喉が渇いているのか、グラスの中身を一気に喉に流し込んで空にすると、それをテーブルの上に置いて、ミラを見下ろした。
昼間に見た彼の笑みが思い出されて、鼓動が早く脈打った。
けれど、今のアレクシスの瞳は静かで、いつもの見慣れた彼の顔だった。
確かに彼は、忘却の薬を飲んだ。
(あれ? ところで……)
アレクシスの様子を慎重に観察していると、ミラは薬を飲んだ後のその人がいつ、どうやって記憶を失くすのかということを知らないという事実に気付いた。
そんなミラに、アレクシスの顔が近づいてくる。
(待って……まさか……)
「……!」
口付けをされると思い肩を強張らせて、近付く彼の顔を直視していられなくて目を瞑ると、予想に反して、アレクシスはミラを抱きかかえた。
体が浮いたことに驚いて目を開けると、すぐ側にアレクシスの顔がある。いつも見る横顔の彼だった。
だけど今日は、いつもと状況が違う。ここは寝室。それも夫婦が初夜を迎えるために用意された場所。二人は夫婦で、夫の彼が向かっている先にはベッド――。
(う、嘘でしょ……?)
ソファからベッドまでの距離は、彼の歩幅で数歩分しかないから、すぐに辿り着いた。
アレクシスはベッドに座ると、向かい合うように膝の上にミラを座らせた。
焦りながらも、相手の顔を伺うと、アレクシスは静かな瞳でミラを見つめてきて、余裕があるように見えた。
もしかしたら、その気にさせておいて「勘違いするな」と一蹴するつもりなのかもしれないと、ミラは気を引き締めた。
またも、予想に反して、アレクシスはミラの髪を撫でて後ろに流すと、顔を斜めに傾けて、ミラの首に唇を押し当てた。
「ん……っ」
冷えた白ワインを口にした後の彼の唇が冷たいせいか、体が震えて、アレクシスの肩に乗せた手でガウンを掴むと、彼の手がミラの腰を支えながら背中を撫でた。
ゾクゾクと震える背中を反らせると、唇とは違う生温かい感触がミラの首筋をなぞる。
「ふあ……あっ」
くすぐったくて熱い感触が首だけに留まらずに、頭の先や体中のあちこちに広がる感覚に襲われて、ミラはよく分からないまま拒めずにいた。
(……どうしよう)
思考を巡らせようとすると、アレクシスが舌で舐めるのをやめて、今度は口で強く吸い付いた。
「んあぁ……!」
痛みを感じて、彼のガウンを掴んだ手に力を込めると、唇を離したアレクシスがミラをベッドに横たわらせた。
吸われた首がヒリヒリと火傷したように熱かった。
ミラを見下ろすアレクシスは、荒い息を吐きながら焦っているように見える。
焦っているのは、ミラも同じだった。
忘却の薬を飲ませることに成功したのはいいが、まさかベッドに連れ込まれるとは思ってもいなかったから。
(睡眠薬を調合しておけば良かった……)
胸元のリボンが解かれて、ミラの胸を露わにしたアレクシスの手が、素肌の感触を確かめるように撫でると、ミラの口から声が漏れた。
「あ……」
彼の手のひらが柔らかい胸を包み込むと、その温もりが気持ち良かった。
その手つきが優しいから、油断していた。
「あ!」
胸の先を彼の指が撫でると、腰が跳ねた。その時に出た声が合図になって、アレクシスの唇が胸元に降りてくると、先程首に与えられた刺激に再び襲われる。
「ああ……! ひあ……ぁ!」
胸の先を撫でていた指先が、今度は摘まんで擦ると、下腹部がビリビリと痺れた。
痛いと思ったら、舌で舐めてくすぐってくる。胸や首のあちこちでそれが繰り返されて、思考を奪う刺激に襲われて、ミラは頭がおかしくなりそうだった。
こんな筈ではなかった。
彼は、いつもミラを拒絶していたし、嫌っていた。想い人も他にいるから、体を重ねる行為はしないだろうと、こうなることを予測できていなかった。
このままでは、最後まで抱かれてしまう。
拒みたい。だけど、拒めない。
だめだと抗う自分と、受け入れたいと願ってしまうよくわからない欲情と戦いながら、ミラは彼の愛撫を受け入れていた。
だけど、アレクシスの舌が胸の先をねっとりと舐めて、口に含むと、もう限界だった。
「あ! ま……って! アレクっ」
止めて欲しくて、彼のガウンを掴んで引っ張ると、アレクシスが顔を上げてミラと視線を合わせた。
息を止めていた人のように、呼吸を乱した彼の顔が熱を帯びていた。
「あ、あの……」
これ以上はやめて欲しいと言えば、どうしてだと問われる。そのときの上手な言い訳が思いつかなくて言い淀んでいると、アレクシスがまだ乱れた呼吸のまま口を開いた。
「……もう一度、呼んで」
すでに混乱している頭で、彼の言葉を理解することができなかった。
「え……?」
「名前……呼んで」
ミラの頬に手を当てて、親指で唇を撫でながら強請るように零した声が、いつもよりも柔らかく聞こえて、ミラの胸を震わせた。
「……アレク」
呼ぶと、アレクシスが優しく微笑んだ。
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