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22.動き出した歯車(中)
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バンズ公爵家の別荘地には、従兄が経営する病院があって、ミラはそこの薬剤師として働いて暮らすこととなった。
病院の近くに、自宅と兼用して処方箋を扱う店を構えて、そこで薬の調合を行っていた。
通院患者に処方された薬を調合して渡す役割を担いながら、入院患者に薬を渡すために病院を巡回する毎日は、とても忙しく充実した日々であった。
アカデミーに通っていた頃に、思い描いていた日常だった。
あれから2年が過ぎるのはあっという間で、父に言われたように好きなように過ごしていると、今までにないくらい穏やかな時間が流れた。
仕事は忙しいけれど、気持ちに余裕ができるまでになった。
そうなると、思い出されたのはアレクシスのことだった。
あの頃、心を弾ませながら婚約者となった彼と対面した初日に、自分の考えが甘かったことを思い知らされた。
それから少しづつ募った寂しさがミラの心を蝕んで、そこから逃げ出したいがために離縁することを選んだ。
忘却の薬を飲ませて、記憶を消すという暴挙に出た結果、自由を得た。
自分勝手な行為だった。けれど、そうでもしないとミラの心が壊れてしまいそうだと、恐ろしかった。
微笑みで隠しきれない、悲しみや怒り挙句には嫉妬まで――嫌な感情が沸いて、押し潰されそうだった。
だけど、アレクシスが憎かったわけではない。傷つけたかったわけでもない。
ミラは、彼のもとを去ったことに後悔はしていないけれど、その後のアレクシスの状態を気にしていた。
彼の体に異常がなければいいと、勝手に心配をしていた。
忘却の薬を飲ませたのは自分であるのに、彼のもとを去ったのも自分自身であるのに、今さら何を、と自分でも呆れてしまう。
バンズ公爵家とヴィガード公爵家は、相変わらず敵対関係にある家門同士のために、こちらから偵察をするわけにはいかなかった。
だから、自分の目で確かめないといけない。
今の彼がどうしているのか、そろそろ実家に戻って様子を探ってこようかと思いながらも、忙しい毎日を言い訳にして行動に移せずにいた。
そんなときに、従兄から思いがけない言葉を投げられた。
「ヴィガード小公爵が馬車の転落事故に遭って、運ばれてきた」
いつも通り、入院患者に薬を渡しに来たミラを従兄が呼び出して、院長室で二人きりの状態になると、彼は話をそう切り出した。
「どうやら、ヴィガード公爵家の別荘地に向かう途中で起こった事故のようなんだけど、彼の様子が普通ではなくて……」
医者である従兄が始めに声を掛けたときは、反応を示したのに、今では何を言っても宙を見つめて放心状態なのだという。
「それと、精神的なものだと思うんだけど、声が出せないみたいでね」
意思の疎通が難しい状態で、なおかつ、記憶がないのだと従兄は説明を続けた。
「自分のこともわからないみたいだ」
「……そんな」
目に見える怪我については、馬車の事故によるものだろうけど、記憶に関してはミラにも責任がある。
忘却の薬を飲ませて、妻になったミラのことを忘れたことは自分の目で確認をしたことなので分かっていたことだけど、それ以外の記憶に関しては、彼がどこからどこまでを忘れてしまったのかミラは知らないし、確認のしようがなかった。
まさか、あの日から彼は自分のことも忘れてしまったのだろうか。いや、もしかしたら薬の影響で脳に何らかの障害を与えてしまっているのでは――ミラは、思いつく限りの不安を頭に浮かべると、従兄にアレクシスの病室はどこかと問うた。
「ミラが、彼と複雑な関係であることは承知で無理をお願いするのだけど……」
アレクシスの病室を教えるのと同時に、従兄は申し訳ないと言いながら、彼と婚約をしていたミラが相手であれば、彼も反応を示してくれるかもしれないと僅かな希望を抱いて、ミラに彼と話をしてみてくれないかと頼んだ。
「彼の意思を確認できるまで、ヴィガード公爵家に連絡を入れることもできなくてね……ごめん」
「どちらにせよ、彼にも薬が必要でしょう? 気にしないで」
ミラは、従兄の気を晴らそうと思って微笑んだのだけど、婚約をしていた時期のアレクシスの横顔が脳裏に浮かぶと、あのときの虚しい気持ちが思い出された。
(私が声をかけても、あの人はきっと……)
従兄に、あまり期待しないでほしいと言おうかと思ったけれど、それで従兄につらい顔をさせるのも気が引けたのでやめておいた。
病院の近くに、自宅と兼用して処方箋を扱う店を構えて、そこで薬の調合を行っていた。
通院患者に処方された薬を調合して渡す役割を担いながら、入院患者に薬を渡すために病院を巡回する毎日は、とても忙しく充実した日々であった。
アカデミーに通っていた頃に、思い描いていた日常だった。
あれから2年が過ぎるのはあっという間で、父に言われたように好きなように過ごしていると、今までにないくらい穏やかな時間が流れた。
仕事は忙しいけれど、気持ちに余裕ができるまでになった。
そうなると、思い出されたのはアレクシスのことだった。
あの頃、心を弾ませながら婚約者となった彼と対面した初日に、自分の考えが甘かったことを思い知らされた。
それから少しづつ募った寂しさがミラの心を蝕んで、そこから逃げ出したいがために離縁することを選んだ。
忘却の薬を飲ませて、記憶を消すという暴挙に出た結果、自由を得た。
自分勝手な行為だった。けれど、そうでもしないとミラの心が壊れてしまいそうだと、恐ろしかった。
微笑みで隠しきれない、悲しみや怒り挙句には嫉妬まで――嫌な感情が沸いて、押し潰されそうだった。
だけど、アレクシスが憎かったわけではない。傷つけたかったわけでもない。
ミラは、彼のもとを去ったことに後悔はしていないけれど、その後のアレクシスの状態を気にしていた。
彼の体に異常がなければいいと、勝手に心配をしていた。
忘却の薬を飲ませたのは自分であるのに、彼のもとを去ったのも自分自身であるのに、今さら何を、と自分でも呆れてしまう。
バンズ公爵家とヴィガード公爵家は、相変わらず敵対関係にある家門同士のために、こちらから偵察をするわけにはいかなかった。
だから、自分の目で確かめないといけない。
今の彼がどうしているのか、そろそろ実家に戻って様子を探ってこようかと思いながらも、忙しい毎日を言い訳にして行動に移せずにいた。
そんなときに、従兄から思いがけない言葉を投げられた。
「ヴィガード小公爵が馬車の転落事故に遭って、運ばれてきた」
いつも通り、入院患者に薬を渡しに来たミラを従兄が呼び出して、院長室で二人きりの状態になると、彼は話をそう切り出した。
「どうやら、ヴィガード公爵家の別荘地に向かう途中で起こった事故のようなんだけど、彼の様子が普通ではなくて……」
医者である従兄が始めに声を掛けたときは、反応を示したのに、今では何を言っても宙を見つめて放心状態なのだという。
「それと、精神的なものだと思うんだけど、声が出せないみたいでね」
意思の疎通が難しい状態で、なおかつ、記憶がないのだと従兄は説明を続けた。
「自分のこともわからないみたいだ」
「……そんな」
目に見える怪我については、馬車の事故によるものだろうけど、記憶に関してはミラにも責任がある。
忘却の薬を飲ませて、妻になったミラのことを忘れたことは自分の目で確認をしたことなので分かっていたことだけど、それ以外の記憶に関しては、彼がどこからどこまでを忘れてしまったのかミラは知らないし、確認のしようがなかった。
まさか、あの日から彼は自分のことも忘れてしまったのだろうか。いや、もしかしたら薬の影響で脳に何らかの障害を与えてしまっているのでは――ミラは、思いつく限りの不安を頭に浮かべると、従兄にアレクシスの病室はどこかと問うた。
「ミラが、彼と複雑な関係であることは承知で無理をお願いするのだけど……」
アレクシスの病室を教えるのと同時に、従兄は申し訳ないと言いながら、彼と婚約をしていたミラが相手であれば、彼も反応を示してくれるかもしれないと僅かな希望を抱いて、ミラに彼と話をしてみてくれないかと頼んだ。
「彼の意思を確認できるまで、ヴィガード公爵家に連絡を入れることもできなくてね……ごめん」
「どちらにせよ、彼にも薬が必要でしょう? 気にしないで」
ミラは、従兄の気を晴らそうと思って微笑んだのだけど、婚約をしていた時期のアレクシスの横顔が脳裏に浮かぶと、あのときの虚しい気持ちが思い出された。
(私が声をかけても、あの人はきっと……)
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