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26.相/愛(アイ)、対する〈2〉
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薬は痛み止めだけではなくて、何種類か服用しなければいけなかった。
アレクシスは、ミラの手から順番に口に運ばれる液体の薬を拒むことなく飲んだ。
涙で流れてしまった分、喉も渇いて体が水分を欲していたアレクシスは、最後に口に含んだ水を飲み込むと、長い息を吐きながらクッションに深く沈むように背中を預けた。
気分を落ち着けた様子だった。
「……あの」
ベッドに腰掛けながらアレクシスの様子を窺って、ミラが声を掛けると、アレクシスも伏せた目線を上げて、二人の視線が交わされた。
「……何も……覚えていないの?」
先程は混乱していたからあのような姿を見せた彼だけど、もしかしたら覚えていることもあるかもしれない。
ミラのことを覚えていて、嫌悪を示すかもしれないと少し怖くもあった。
そんなミラをじっと見つめたアレクシスが、頷いて答えた。
それも、申し訳なさそうに笑みをこぼして。
以前の彼なら、見せない仕草、表情……そして交わさない視線であるそれを、今では簡単に見せる。そんな彼を見て、ミラは記憶をなくしたという事実を確信した。
「……そう」
薬を飲んで、状態が落ち着いたアレクシスにゆっくり休んでほしいのだけど、その前に、ミラは彼に確認を取らなければいけなかった。
「アレクさん」
彼の名を呼ぶと、アレクシスの瞳が揺れる。だが、そのことにミラは気付かなかった。
「私、あなたのこと……あなたの家のことを知っているの」
アレクシス・ヴィガード――敵対する家門の長男で後継者である彼の周りには、いつも人が集まっていた。
そんな彼を、遠くから眺めることがミラは好きだった。近くで眺めるアレクシスの顔も好きだったけど、悠然とした態度で近付く人をあしらう彼の姿が素敵だったから。
なぜか、そのときの光景が思い出され、そんな日もあったと懐かしくなった。その一方で、あの頃の淡く抱いた想いが寂しさに変わったことも思い出し、ミラは、自分との関係をアレクシスに伝えることを躊躇った。
「アレクさんのご家族に、今の状態と状況を知らせたいのだけど……いい?」
ここでは、彼はただの患者で、昔のことは関係ない。だから、そんな過去のことを話す必要はない。
ミラは、不要なことは考えないようにと膝の上で重ね合わせた自分の手をぎゅっと握り締めた。
アレクシスは、ミラの言葉に頷いた。
そのときの彼の微笑む姿が見慣れなくて恥ずかしくなると、ミラは思わず視線をそらして、それを誤魔化すために髪を耳にかきあげる仕草をしてみせた。
「今はゆっくりと眠って……またあとで、話しましょう」
* * *
またあとで――ミラのその言葉に安心すると、アレクシスは深い眠りに落ちた。
ミラの声で「さようなら」の一言が発せられた瞬間、またあのときのように去ってしまうと怖くて堪らなかった。
だけど「私もいる」と言われると、その恐怖も和らいだ。
彼女の一言一言に、感情が左右される。
けれど、それで良かった。ミラが、いてくれる。目に映る景色の中に、紅茶色の髪の彼女が、存在している。それだけで嬉しかった。他のことはどうでも良かった。
体が不自由なことは残念であったけど、彼女に会うための口実ができたと甘受することができた。
声を出せないので、意思の疎通が難しいことは予測できるけど、それでも良かった。
もし声を出せたなら、感情に任せてアレクシスのもとを去ったミラを責めていた。
責められるべきなのは、自分であるのに、空っぽにされた2年間を彼女のせいにして、最低な男に成り下がるところだった。
話せない、だけど、以前のような振る舞いはしたくないと、ミラに向ける感情を隠すのをやめることにした。
以前の姿は、彼女を悲しませるだけだった。
もう、そんな思いをさせたくない。
だから、記憶をなくしたフリをすることにした。
彼女が愛想を尽かして去ったアレクシスのままであると告白をして、彼女に嫌われたくなかった。距離を取られたくなかった。
卑怯であることは分かっている。しかし、それでも、もう失いたくなかった。
ミラの声の温もりを、彼女の蜂蜜色の瞳を見つめる時間を……彼女と向き合う機会を、もう一度――。
アレクシスは、ミラの手から順番に口に運ばれる液体の薬を拒むことなく飲んだ。
涙で流れてしまった分、喉も渇いて体が水分を欲していたアレクシスは、最後に口に含んだ水を飲み込むと、長い息を吐きながらクッションに深く沈むように背中を預けた。
気分を落ち着けた様子だった。
「……あの」
ベッドに腰掛けながらアレクシスの様子を窺って、ミラが声を掛けると、アレクシスも伏せた目線を上げて、二人の視線が交わされた。
「……何も……覚えていないの?」
先程は混乱していたからあのような姿を見せた彼だけど、もしかしたら覚えていることもあるかもしれない。
ミラのことを覚えていて、嫌悪を示すかもしれないと少し怖くもあった。
そんなミラをじっと見つめたアレクシスが、頷いて答えた。
それも、申し訳なさそうに笑みをこぼして。
以前の彼なら、見せない仕草、表情……そして交わさない視線であるそれを、今では簡単に見せる。そんな彼を見て、ミラは記憶をなくしたという事実を確信した。
「……そう」
薬を飲んで、状態が落ち着いたアレクシスにゆっくり休んでほしいのだけど、その前に、ミラは彼に確認を取らなければいけなかった。
「アレクさん」
彼の名を呼ぶと、アレクシスの瞳が揺れる。だが、そのことにミラは気付かなかった。
「私、あなたのこと……あなたの家のことを知っているの」
アレクシス・ヴィガード――敵対する家門の長男で後継者である彼の周りには、いつも人が集まっていた。
そんな彼を、遠くから眺めることがミラは好きだった。近くで眺めるアレクシスの顔も好きだったけど、悠然とした態度で近付く人をあしらう彼の姿が素敵だったから。
なぜか、そのときの光景が思い出され、そんな日もあったと懐かしくなった。その一方で、あの頃の淡く抱いた想いが寂しさに変わったことも思い出し、ミラは、自分との関係をアレクシスに伝えることを躊躇った。
「アレクさんのご家族に、今の状態と状況を知らせたいのだけど……いい?」
ここでは、彼はただの患者で、昔のことは関係ない。だから、そんな過去のことを話す必要はない。
ミラは、不要なことは考えないようにと膝の上で重ね合わせた自分の手をぎゅっと握り締めた。
アレクシスは、ミラの言葉に頷いた。
そのときの彼の微笑む姿が見慣れなくて恥ずかしくなると、ミラは思わず視線をそらして、それを誤魔化すために髪を耳にかきあげる仕草をしてみせた。
「今はゆっくりと眠って……またあとで、話しましょう」
* * *
またあとで――ミラのその言葉に安心すると、アレクシスは深い眠りに落ちた。
ミラの声で「さようなら」の一言が発せられた瞬間、またあのときのように去ってしまうと怖くて堪らなかった。
だけど「私もいる」と言われると、その恐怖も和らいだ。
彼女の一言一言に、感情が左右される。
けれど、それで良かった。ミラが、いてくれる。目に映る景色の中に、紅茶色の髪の彼女が、存在している。それだけで嬉しかった。他のことはどうでも良かった。
体が不自由なことは残念であったけど、彼女に会うための口実ができたと甘受することができた。
声を出せないので、意思の疎通が難しいことは予測できるけど、それでも良かった。
もし声を出せたなら、感情に任せてアレクシスのもとを去ったミラを責めていた。
責められるべきなのは、自分であるのに、空っぽにされた2年間を彼女のせいにして、最低な男に成り下がるところだった。
話せない、だけど、以前のような振る舞いはしたくないと、ミラに向ける感情を隠すのをやめることにした。
以前の姿は、彼女を悲しませるだけだった。
もう、そんな思いをさせたくない。
だから、記憶をなくしたフリをすることにした。
彼女が愛想を尽かして去ったアレクシスのままであると告白をして、彼女に嫌われたくなかった。距離を取られたくなかった。
卑怯であることは分かっている。しかし、それでも、もう失いたくなかった。
ミラの声の温もりを、彼女の蜂蜜色の瞳を見つめる時間を……彼女と向き合う機会を、もう一度――。
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