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31.相/愛(アイ)、対する〈7〉
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* * *
ミラは、院長室で従兄のテイラーと二人で、ヴィガード公爵家の次男であるレイリーが兄アレクシスとの面会が終わるのを待っていた。
ミラが病院を訪れると、従兄に呼び止められて、アレクシスの弟が来たことを知らされた。
アレクシスと話をした後で、今後のことを話に来る予定だから、ミラも一緒に聞いた方がいいと従兄に促されると、ミラは了承した。
「兄のこと、よろしくお願いします」
そして、面会を終えたレイリーが院長室を訪れると互いに挨拶を済ませて、その後に続いて出たレイリーの言葉に、テイラーとミラの二人は呆気に取られた。
「……そちらの専属の医者に診せなくてもいいのですか?」
テイラーとミラはてっきりアレクシスをヴィガード公爵家専属の医者に引き渡すことになると思っていた。
ここは敵対する家門の領地で、その血族が経営する病院だから、次期公爵であるアレクシスをここに留めることに懸念を抱くだろうと。
しかし、レイリーの口から発せられた言葉は、予想に反していた。
「兄の治療は全て、テイラー卿にお任せします。こちらの設備も申し分ないですし、兄も身動きが取れる状態でもないので……」
ヴィガード公爵家次男のレイリーは、兄アレクシスと二つ違いの弟で、一日だけミラの義弟になった人。
婚姻式の日に挨拶をした程度にしか会話をしたことがなく、それ以外で彼のことを気にしたことなんてなかったから、ミラは物珍しげにレイリーの姿を眺めていた。
「……確かに、公子様の状態を考えれば、現状のままにするのが最善だと思います」
二人の会話にミラが入る余地はなく、ただそこに座っているだけの存在だった。
アレクシスの顔が、冷たく静かであるのが印象的であるのに対して、弟レイリーは垂れ目のためか、静かに微笑む顔が社交界のご婦人方が好みそうな、蕩けるように甘い顔立ちだという感想をミラは頭の中で抱いた。
「治療や入院に掛かる費用はきちんと支払いますので、ヴィガード家に請求してください。後日、謝礼もお支払いします」
「いや、謝礼なんて……! 私は医者として出来る限りのことをしているまでで……」
ヴィガード公爵家の兄弟は、種類の違いはあれど、どちらも女性を魅了する容姿なのだなと、ミラは二人の会話中、一人で呑気に考えを巡らせていた。
そして、レイリーの顔よりも、やはりミラはアレクシスの顔の方が好みだという結論に至った。
「兄が無事でいるのは、貴方のおかげであることに変わりはありませんから、受け取ってください。それに……」
ちらりと、レイリーがミラに視線を向けると、それまで二人のやり取りを見守っていたミラは、蜂蜜色の瞳を丸くして瞬きをし、レイリーに目線を合わせた。
「兄も、ここにいたいと、望んでいるので」
レイリーは、にこりと微笑んでからまた面会に来ることを予告すると、兄の代理で忙しいからと言ってすぐに席を立って病院を後にした。
アレクシスの顔の方が好みだと、彼が脳裏に浮かんだ瞬間にレイリーがこちらを見たものだから、心が読まれたのかと思ってミラの心臓が飛び跳ねた。
それと同時に、自分がとんでもない考えをしていたことに気付いて戸惑った。
(今も、好き……なの?)
彼の、顔が? それとも――。
アレクシスが高熱を出すと、ミラは彼に処置を施す従兄に全てを任せて見守ることに徹しようと離れていた。
ここは信頼できる医者の従兄がいる病院で、看護師も充分な人数が揃っている。
薬剤師のミラは、医者から言われた薬を患者のために調合するだけ。
患者のアレクシスにしてあげられることは、そのときのミラには何もなかった。
一日の業務を終えて自宅で過ごしていると、どうしても彼のことが気になって、少しだけ様子を見るつもりでアレクシスの病室を訪れた。
何もしない。様子を見る。それだけのつもりだった。
アレクシスは、熱のせいで額や首に汗を滲ませて、寝苦しそうに眉をひそめていた。
そんな彼を放っておくことができずに、氷水の入った桶にハンカチを浸して軽く絞ってから額に当てると、アレクシスの表情が和らいだ。
その姿を見て安堵の息を漏らすと、ふと、アレクシスの左手が視界に入った。
包帯が巻かれていない手の甲には、かつて、二人の婚姻の印が刻まれていた。もう消えてなくなってしまった刻印と、それに深い虚しさを感じたあの日の感情が思い出されると、アレクシスの指にそっと触れてみた。
未練がましい、とすぐに気付いて離そうとした瞬間、ミラの手を弱い力で握る彼の手に引き止められて、ミラはアレクシスが目覚めたのかと彼の顔を見ると、魘されているのか、また苦しそうな表情を見せていた。
『……大丈夫よ』
苦しいから、助けを求めているのだと思って、声を掛けた。
高熱を出すと、悪夢に魘される。体が弱ると、心も弱るということを幼い頃に経験済みのミラは、アレクシスの今の状態がそうなのだと判断して、慰めるために彼の左手を握り返した。
『大丈夫……』
病気でつらくなっても、医者である従兄が助けてくれる。
『大丈夫だからね……』
痛いのも、薬で和らげることができる。
もう、あなたに変な薬を飲ませようなんて企んでいないから、安心してほしい。
あなたを、苦しめようと思っていないから。
『……大丈夫』
あの日、あなたのもとを去ったときに決めたの。
もう、あなたの心を求めない――だから。
『……大丈夫よ』
自分自身にも言い聞かせるように、何度も言った。
そうやって、込み上げる何かを抑えると、握られた手を離した。
ミラは、院長室で従兄のテイラーと二人で、ヴィガード公爵家の次男であるレイリーが兄アレクシスとの面会が終わるのを待っていた。
ミラが病院を訪れると、従兄に呼び止められて、アレクシスの弟が来たことを知らされた。
アレクシスと話をした後で、今後のことを話に来る予定だから、ミラも一緒に聞いた方がいいと従兄に促されると、ミラは了承した。
「兄のこと、よろしくお願いします」
そして、面会を終えたレイリーが院長室を訪れると互いに挨拶を済ませて、その後に続いて出たレイリーの言葉に、テイラーとミラの二人は呆気に取られた。
「……そちらの専属の医者に診せなくてもいいのですか?」
テイラーとミラはてっきりアレクシスをヴィガード公爵家専属の医者に引き渡すことになると思っていた。
ここは敵対する家門の領地で、その血族が経営する病院だから、次期公爵であるアレクシスをここに留めることに懸念を抱くだろうと。
しかし、レイリーの口から発せられた言葉は、予想に反していた。
「兄の治療は全て、テイラー卿にお任せします。こちらの設備も申し分ないですし、兄も身動きが取れる状態でもないので……」
ヴィガード公爵家次男のレイリーは、兄アレクシスと二つ違いの弟で、一日だけミラの義弟になった人。
婚姻式の日に挨拶をした程度にしか会話をしたことがなく、それ以外で彼のことを気にしたことなんてなかったから、ミラは物珍しげにレイリーの姿を眺めていた。
「……確かに、公子様の状態を考えれば、現状のままにするのが最善だと思います」
二人の会話にミラが入る余地はなく、ただそこに座っているだけの存在だった。
アレクシスの顔が、冷たく静かであるのが印象的であるのに対して、弟レイリーは垂れ目のためか、静かに微笑む顔が社交界のご婦人方が好みそうな、蕩けるように甘い顔立ちだという感想をミラは頭の中で抱いた。
「治療や入院に掛かる費用はきちんと支払いますので、ヴィガード家に請求してください。後日、謝礼もお支払いします」
「いや、謝礼なんて……! 私は医者として出来る限りのことをしているまでで……」
ヴィガード公爵家の兄弟は、種類の違いはあれど、どちらも女性を魅了する容姿なのだなと、ミラは二人の会話中、一人で呑気に考えを巡らせていた。
そして、レイリーの顔よりも、やはりミラはアレクシスの顔の方が好みだという結論に至った。
「兄が無事でいるのは、貴方のおかげであることに変わりはありませんから、受け取ってください。それに……」
ちらりと、レイリーがミラに視線を向けると、それまで二人のやり取りを見守っていたミラは、蜂蜜色の瞳を丸くして瞬きをし、レイリーに目線を合わせた。
「兄も、ここにいたいと、望んでいるので」
レイリーは、にこりと微笑んでからまた面会に来ることを予告すると、兄の代理で忙しいからと言ってすぐに席を立って病院を後にした。
アレクシスの顔の方が好みだと、彼が脳裏に浮かんだ瞬間にレイリーがこちらを見たものだから、心が読まれたのかと思ってミラの心臓が飛び跳ねた。
それと同時に、自分がとんでもない考えをしていたことに気付いて戸惑った。
(今も、好き……なの?)
彼の、顔が? それとも――。
アレクシスが高熱を出すと、ミラは彼に処置を施す従兄に全てを任せて見守ることに徹しようと離れていた。
ここは信頼できる医者の従兄がいる病院で、看護師も充分な人数が揃っている。
薬剤師のミラは、医者から言われた薬を患者のために調合するだけ。
患者のアレクシスにしてあげられることは、そのときのミラには何もなかった。
一日の業務を終えて自宅で過ごしていると、どうしても彼のことが気になって、少しだけ様子を見るつもりでアレクシスの病室を訪れた。
何もしない。様子を見る。それだけのつもりだった。
アレクシスは、熱のせいで額や首に汗を滲ませて、寝苦しそうに眉をひそめていた。
そんな彼を放っておくことができずに、氷水の入った桶にハンカチを浸して軽く絞ってから額に当てると、アレクシスの表情が和らいだ。
その姿を見て安堵の息を漏らすと、ふと、アレクシスの左手が視界に入った。
包帯が巻かれていない手の甲には、かつて、二人の婚姻の印が刻まれていた。もう消えてなくなってしまった刻印と、それに深い虚しさを感じたあの日の感情が思い出されると、アレクシスの指にそっと触れてみた。
未練がましい、とすぐに気付いて離そうとした瞬間、ミラの手を弱い力で握る彼の手に引き止められて、ミラはアレクシスが目覚めたのかと彼の顔を見ると、魘されているのか、また苦しそうな表情を見せていた。
『……大丈夫よ』
苦しいから、助けを求めているのだと思って、声を掛けた。
高熱を出すと、悪夢に魘される。体が弱ると、心も弱るということを幼い頃に経験済みのミラは、アレクシスの今の状態がそうなのだと判断して、慰めるために彼の左手を握り返した。
『大丈夫……』
病気でつらくなっても、医者である従兄が助けてくれる。
『大丈夫だからね……』
痛いのも、薬で和らげることができる。
もう、あなたに変な薬を飲ませようなんて企んでいないから、安心してほしい。
あなたを、苦しめようと思っていないから。
『……大丈夫』
あの日、あなたのもとを去ったときに決めたの。
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そうやって、込み上げる何かを抑えると、握られた手を離した。
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