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30.相/愛(アイ)、対する〈6〉
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二日間の高熱に苦しんだアレクシスは、その後も熱が落ち着くまでの数日間、意識が朦朧としている状態が続いた。
気が付いた頃には、入院してから一週間も経っていて、寝たきりの状態であった間に、左腕の回復が進んでいて動かすことができるようになっていた。
リハビリと称して動かさないわけにはいかない左手のせいで、ミラが食事を食べさせてくれるという特別待遇は、残念ながらなくなってしまったけど、やはり体は不自由よりも自由である方がいいと気持ちは晴れやかになった。
そして、体が快方に向かうと、悪夢に魘されている間は傍にいてくれたミラが、薬の時間以外に部屋を訪れることはなくなった。
寂しく思うけれど、一日に三回は必ず会えるし、彼女にも仕事があるのだからと、わがままを言いたい自分を抑えて、アレクシスは左手で文字を書く練習をしていた。
右腕の回復を待つ間、頼るべき左腕のリハビリに励んだ。
そうやって出来る範囲の努力に勤しんでいるアレクシスのいる病室に、弟のレイリーが駆け込んできた。
「兄さん……!」
勢いよく開かれたドアが大きな音を立てると、アレクシスは静かにレイリーの方を向いて、口の前に人差指を立てると「静かにするように」と仕草で叱りつけた。
ここは病院で、他にも患者がいる。
ヴィガード公爵家の人間だからといって、権威を振りかざしていい場所ではないと、弟に厳しい視線を送った。
「……兄さん、転落事故に遭ったって……なんで……!」
ツカツカとドアから足早に近付きながら、兄の警告を聞いているのかいないのか分からないレイリーの顔面は蒼白だった。
左腕だけが動かせる状態で、それ以外は相変わらずギプスで固定され、胴体も包帯でぐるぐる巻きの状態であるアレクシスの姿は、大怪我をしている患者の姿のままだった。
そんな兄の姿を見せられては、弟のレイリーが一心不乱になるのは当然だった。
レイリーの心配をよそに、今の自分の状態に慣れてしまったアレクシスは、ベッドの上から弟を見つめて微笑んだ。
見ての通り、命は無事だと示したつもりだった。
しかし、レイリーにそれが伝わらなかったようで、今度は顔を真っ赤にした弟は、涙を浮かべてアレクシスに詰め寄った。
「き、記憶がないって本当? 僕のことも覚えてないの?」
ああ、そうかと自分のついている嘘を思い出したアレクシスは、手元の紙に拙い字でペンを走らせると、レイリーにそれを見るように目線で促した。
“記憶がないのは嘘。だけど声が出せない”
「嘘……?」
レイリーは、アレクシスが動かす手を見つめたまま固まっていた。
“記憶があることは誰にも言うな”
「なんで?」
“彼女のそばにいたい”
「……彼女?」
紙に書かれた文字から、視線を兄に移したレイリーの瞳に映るアレクシスは、今までに見たこともない笑みを浮かべていた。
「もしかして……事故も、わざと?」
レイリーは、混乱していた。
兄が、ある日を境におかしくなった。その日は、婚約者だった人と婚姻を結んだ翌日だった。
兄の言う彼女とは、その人のことだとすぐに分かった。
レイリーは、兄アレクシスが婚約者のことを遠くから見つめていることに気付いていた。
最初は、敵対する家門の娘を毛嫌いしているがために、睨みつけているのだと思っていた。
だけど、それは間違いで、どうやら兄は恋をしているようだと気付いたのは、家族にも見せない笑みを隠せていない姿をたまたま見てしまったから。
だからといって、レイリーは兄を責めないし、止めるつもりもなかった。
相手が敵対する家門であるバンズ公爵家の娘であろうが、レイリーにとっては特に問題視することではないと。
両親にそれを言えば、能天気な性格を叱責されるので言わないけれど。
しかし、彼女に想いを寄せているとはいえ、事故を起こして大怪我をしてまで会いに来るなんて……狂っている。
レイリーは、兄の行動に恐怖を覚えた。
震えた眼差しで見つめる弟の考えていることが、手に取るように分かったアレクシスは、呆れて目を細めると、再びペンを走らせた。
“事故は偶然。ここに来たのも偶然だ”
「あ……そう、なんだ」
アレクシスの言葉にレイリーは安堵の息をもらした。
「それで、これからどうするの?」
誰にも言うな、ということは、家族である両親にも秘密にするということだろう。
レイリーは、兄弟二人で悪ふざけを共有する遊びの感覚でいて、内心わくわくと胸が躍って楽しくなっていた。
顔を蒼くしたり赤くしたり忙しくしているかと思えば、恐怖に震えて、それが間違いだと気付くと今度は目を輝かせている。
そんな百面相を見せるレイリーの様子を見て、アレクシスは相変わらず無邪気な弟に笑みを浮かべて、久しぶりの兄弟水入らずの楽しい時間を過ごした。
気が付いた頃には、入院してから一週間も経っていて、寝たきりの状態であった間に、左腕の回復が進んでいて動かすことができるようになっていた。
リハビリと称して動かさないわけにはいかない左手のせいで、ミラが食事を食べさせてくれるという特別待遇は、残念ながらなくなってしまったけど、やはり体は不自由よりも自由である方がいいと気持ちは晴れやかになった。
そして、体が快方に向かうと、悪夢に魘されている間は傍にいてくれたミラが、薬の時間以外に部屋を訪れることはなくなった。
寂しく思うけれど、一日に三回は必ず会えるし、彼女にも仕事があるのだからと、わがままを言いたい自分を抑えて、アレクシスは左手で文字を書く練習をしていた。
右腕の回復を待つ間、頼るべき左腕のリハビリに励んだ。
そうやって出来る範囲の努力に勤しんでいるアレクシスのいる病室に、弟のレイリーが駆け込んできた。
「兄さん……!」
勢いよく開かれたドアが大きな音を立てると、アレクシスは静かにレイリーの方を向いて、口の前に人差指を立てると「静かにするように」と仕草で叱りつけた。
ここは病院で、他にも患者がいる。
ヴィガード公爵家の人間だからといって、権威を振りかざしていい場所ではないと、弟に厳しい視線を送った。
「……兄さん、転落事故に遭ったって……なんで……!」
ツカツカとドアから足早に近付きながら、兄の警告を聞いているのかいないのか分からないレイリーの顔面は蒼白だった。
左腕だけが動かせる状態で、それ以外は相変わらずギプスで固定され、胴体も包帯でぐるぐる巻きの状態であるアレクシスの姿は、大怪我をしている患者の姿のままだった。
そんな兄の姿を見せられては、弟のレイリーが一心不乱になるのは当然だった。
レイリーの心配をよそに、今の自分の状態に慣れてしまったアレクシスは、ベッドの上から弟を見つめて微笑んだ。
見ての通り、命は無事だと示したつもりだった。
しかし、レイリーにそれが伝わらなかったようで、今度は顔を真っ赤にした弟は、涙を浮かべてアレクシスに詰め寄った。
「き、記憶がないって本当? 僕のことも覚えてないの?」
ああ、そうかと自分のついている嘘を思い出したアレクシスは、手元の紙に拙い字でペンを走らせると、レイリーにそれを見るように目線で促した。
“記憶がないのは嘘。だけど声が出せない”
「嘘……?」
レイリーは、アレクシスが動かす手を見つめたまま固まっていた。
“記憶があることは誰にも言うな”
「なんで?」
“彼女のそばにいたい”
「……彼女?」
紙に書かれた文字から、視線を兄に移したレイリーの瞳に映るアレクシスは、今までに見たこともない笑みを浮かべていた。
「もしかして……事故も、わざと?」
レイリーは、混乱していた。
兄が、ある日を境におかしくなった。その日は、婚約者だった人と婚姻を結んだ翌日だった。
兄の言う彼女とは、その人のことだとすぐに分かった。
レイリーは、兄アレクシスが婚約者のことを遠くから見つめていることに気付いていた。
最初は、敵対する家門の娘を毛嫌いしているがために、睨みつけているのだと思っていた。
だけど、それは間違いで、どうやら兄は恋をしているようだと気付いたのは、家族にも見せない笑みを隠せていない姿をたまたま見てしまったから。
だからといって、レイリーは兄を責めないし、止めるつもりもなかった。
相手が敵対する家門であるバンズ公爵家の娘であろうが、レイリーにとっては特に問題視することではないと。
両親にそれを言えば、能天気な性格を叱責されるので言わないけれど。
しかし、彼女に想いを寄せているとはいえ、事故を起こして大怪我をしてまで会いに来るなんて……狂っている。
レイリーは、兄の行動に恐怖を覚えた。
震えた眼差しで見つめる弟の考えていることが、手に取るように分かったアレクシスは、呆れて目を細めると、再びペンを走らせた。
“事故は偶然。ここに来たのも偶然だ”
「あ……そう、なんだ」
アレクシスの言葉にレイリーは安堵の息をもらした。
「それで、これからどうするの?」
誰にも言うな、ということは、家族である両親にも秘密にするということだろう。
レイリーは、兄弟二人で悪ふざけを共有する遊びの感覚でいて、内心わくわくと胸が躍って楽しくなっていた。
顔を蒼くしたり赤くしたり忙しくしているかと思えば、恐怖に震えて、それが間違いだと気付くと今度は目を輝かせている。
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