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46.相/愛(アイ)、交わす(下)
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それから、しばらくの間アレクシスの頭と背中を撫でて慰めていると、落ち着いた彼が顔を上げた。
まだ涙で濡れる顔をハンカチで拭いてあげてから、ミラはアレクシスの手を引いて裏口を通ると、居間に案内した。
暖炉の火がパチパチと音を立てて、温かく迎えてくれると、ミラは、その前のソファに座って待つようにアレクシスを促した。
すると、アレクシスが不安げにミラを見つめたので、すぐに戻って来ることを伝えると、彼は黙ったままうなずいた。
ミラは、自分の帰りを待ってくれていた侍女達に、後の事は自分で済ませるから上がっていいと指示を出して、ホットミルクと紅茶を用意して、アレクシスの待つ居間に戻った。
彼は、戻って来たミラの姿を見ると、気まずそうに目を伏せた。
ソファの前に置かれたテーブルの上に、ホットミルクと紅茶を注いだティーカップをソーサーとセットで置くと、アレクシスが静かに話し始めた。
「君と婚約の話が出たとき、僕の生きる世界が変わったんだ……」
いや、もっと前――君を、初めて見たときから。
アレクシスは、静かに、淡々と話しているのだけど、ミラは聞いている内に、段々と顔が赤くなっていくのを感じていた。
静かに目を伏せる彼が、時折笑みを浮かべて言葉にすることの全てが、ミラに向ける想いであったから。
――君が可愛くて、忘れられなかった。君が可愛すぎて、恥ずかしくて顔を向けられなかった。君が可愛いから……。
(私への評価が、可愛い、しかないじゃない……!)
あの頃の彼の態度も、静かで冷たい眼差しも、ミラに向ける嫌悪と拒絶を意味するものだと思っていた。
あれが嫌いではなくて好き、と表現するには無理がある。
だけど、あのときも、あの頃も、そんなことを頭に浮かべたまま、あの無表情の裏にそんな本音を隠していたなんて、誰も想像できなかっただろう。
ミラが去って、記憶が戻ったのはそれから二年……ミラと再会できたのは、偶然の出来事で、記憶のないフリをすれば、傍にいることを許してもらえるのではと安易に考えたと、アレクシスがそこまで話すと口を噤んだ。
「あなたの記憶を消したのは、私よ」
ミラが自白をすると、アレクシスは伏せた目をミラに向けて、静かに微笑んだ。
「私が、あなたの時間を奪ったの」
アレクシスが向ける想いを知らずに、虚しく惨めである自分を守るために、自分勝手に行動した。
彼と向き合って話をすれば、それだけで解決できたはずなのに。
「それでもいい。……ミラ、君の傍にいられるなら」
――それに、君だけのせいじゃない。僕がそうさせたんだ。だから、君は悪くない。
ミラは、許してもらおうとは思っていなかった。恨まれてもいいと思っていた。
だけど、アレクシスは罪を犯したミラを責めることなく、その罪ごとミラを受け入れると言ってくれている。
そんなに、そこまで想ってもらえることがとても嬉しいと、胸が震えていた。
「……一つ、確認させて」
だが、ミラには、気にかかっていることがあった。
「あの……令嬢とは、どうしたの?」
――あなたの恋人だった、あの人は?
ミラのその言葉に、それまで間隔を空けて隣に並んで座っていたアレクシスが飛ぶように移動して、ミラの前で床に両膝をつくと、慌てて弁明を始めた。
「ち、違う! あの女とは何もない!」
そうなの?と首を傾げると、ミラのその仕草がアレクシスの焦りに拍車をかけたようだった。
「あのときは、勝手に側に来て……勝手に抱き付いてきて……!」
アレクシスは令嬢のせいにしているが、ミラからすれば、勝手を許したアレクシスの責任である。
「その前にも、仲良く腕を組んでたわよね」
「は? なんの……」
記憶を辿ると、アレクシスの腕にしがみついたあの気色の悪い瞬間を思い出した。
「あれは……躓いたと言って、急に」
アレクシスの必死の言葉を、目を細めて聞いているミラの姿に、アレクシスは血の気が引いた。
あの女のせいで、大事な人を悲しませた罪が重くのしかかると、青ざめた顔で、ミラに許しを乞うた。
「アレが触れた胸の皮を削ぎ落として、腕を斬り落とせばいいのか?」
――君以外の女が触れた部分を失くせば、傍にいてくれるのか? それとも……。
「ちょ、ちょっと! そこまでしなくていいわよっ」
他にもとんでもない罪滅ぼしの方法を告げようとするアレクシスの口を、ミラは慌てて止めた。
自分の嫉妬が、彼にこんな姿までさせるなんて……こんな姿、仮にも、公爵家次期当主にもなろうという人が――。
「……あなた、変よ」
かつて、ミラが見惚れた彼の姿は、どこにも見当たらなかった。
「そうだよ、僕は、変なんだ……君のことになると、おかしくなる」
まともだったことなんて、ない。
思えば、彼女のことを考えない日なんてないほどだった。
アレクシスは、ミラを怒らせた、悲しませたと落ち込んで顔を下に向けていた。
そんな彼の姿も、ミラは自分がそうさせているのだと思うと、優越感が湧いたけれど、そんなことは望んでいなかった。
ミラが、望んだのは――。
「私……あなたを好きになっても、いいの?」
ずっと、嫌われていると思っていた。
好きでいても、彼は自分を拒絶するから、無駄になるだけの想いだと、諦めることしか考えていなかった。
薬まで飲ませて、逃げた身勝手な行動をしておいて、また彼に想いを寄せた。
そんな勝手なことをした自分でもいいのかと、ミラは不安な思いをアレクシスに打ち明けた。
「ミラ……」
顔を上げたアレクシスの瞳に、今にも泣きそうな顔で微笑むミラの姿が映る。
アレクシスは、今までの自分を何度も悔いてきたけれど、それだけでは足りなかったようだ。
大切な人、愛しい人、この世で一番大事な人に、そんな顔をさせてしまった愚かな自分が憎くて仕方なかった。
しかし、こんな愚か者でも、彼女が求めてくれるなら、許してやろうかと自分自身を憐れんだ。
その代わり、次に彼女を悲しませたらそのときは許さないと、己に刃を突き立てて。
「いいよ、おいで」
アレクシスが両手を広げて、彼女を受け入れる体勢を見せると、ミラは躊躇うことなく、その胸に飛び込んできた。
思っていたよりも勢いがあって、バランスを崩して床に倒れ込んでしまったけれど、そんなことはお構いなしの様子で、ミラがアレクシスを押し倒す形のまま唇を重ねると、思ってもみなかった贈り物をもらったアレクシスは、目を丸くした。
「アレク、大好き」
唇を離したミラの姿、声、その言葉が全て愛しかった。
無邪気に笑う、紅茶色の髪の少女の姿を遠くから眺めることしかできなかった。
近くに寄って、声を掛けて、隣でその少女の笑顔を見つめていたいと何度も願った。
いざ、少女の隣を確保できると、少女は微笑みの仮面で素顔を隠してしまって、願いは儚く消えた。
あのとき願った少女が、今目の前にいる。
相変わらず、無邪気な笑みを見せる彼女は、可愛かった。
体勢を逆転させると、今度はミラが目を丸くさせてぱちぱちと瞬きをした。
「ミラ、愛してる」
愛しい人が可愛すぎて、溢れる想いをどうしても抑えることができなくて、アレクシスは困ったような顔で笑みを浮かべると、ミラに愛を告げて口づけを交わした。
まだ涙で濡れる顔をハンカチで拭いてあげてから、ミラはアレクシスの手を引いて裏口を通ると、居間に案内した。
暖炉の火がパチパチと音を立てて、温かく迎えてくれると、ミラは、その前のソファに座って待つようにアレクシスを促した。
すると、アレクシスが不安げにミラを見つめたので、すぐに戻って来ることを伝えると、彼は黙ったままうなずいた。
ミラは、自分の帰りを待ってくれていた侍女達に、後の事は自分で済ませるから上がっていいと指示を出して、ホットミルクと紅茶を用意して、アレクシスの待つ居間に戻った。
彼は、戻って来たミラの姿を見ると、気まずそうに目を伏せた。
ソファの前に置かれたテーブルの上に、ホットミルクと紅茶を注いだティーカップをソーサーとセットで置くと、アレクシスが静かに話し始めた。
「君と婚約の話が出たとき、僕の生きる世界が変わったんだ……」
いや、もっと前――君を、初めて見たときから。
アレクシスは、静かに、淡々と話しているのだけど、ミラは聞いている内に、段々と顔が赤くなっていくのを感じていた。
静かに目を伏せる彼が、時折笑みを浮かべて言葉にすることの全てが、ミラに向ける想いであったから。
――君が可愛くて、忘れられなかった。君が可愛すぎて、恥ずかしくて顔を向けられなかった。君が可愛いから……。
(私への評価が、可愛い、しかないじゃない……!)
あの頃の彼の態度も、静かで冷たい眼差しも、ミラに向ける嫌悪と拒絶を意味するものだと思っていた。
あれが嫌いではなくて好き、と表現するには無理がある。
だけど、あのときも、あの頃も、そんなことを頭に浮かべたまま、あの無表情の裏にそんな本音を隠していたなんて、誰も想像できなかっただろう。
ミラが去って、記憶が戻ったのはそれから二年……ミラと再会できたのは、偶然の出来事で、記憶のないフリをすれば、傍にいることを許してもらえるのではと安易に考えたと、アレクシスがそこまで話すと口を噤んだ。
「あなたの記憶を消したのは、私よ」
ミラが自白をすると、アレクシスは伏せた目をミラに向けて、静かに微笑んだ。
「私が、あなたの時間を奪ったの」
アレクシスが向ける想いを知らずに、虚しく惨めである自分を守るために、自分勝手に行動した。
彼と向き合って話をすれば、それだけで解決できたはずなのに。
「それでもいい。……ミラ、君の傍にいられるなら」
――それに、君だけのせいじゃない。僕がそうさせたんだ。だから、君は悪くない。
ミラは、許してもらおうとは思っていなかった。恨まれてもいいと思っていた。
だけど、アレクシスは罪を犯したミラを責めることなく、その罪ごとミラを受け入れると言ってくれている。
そんなに、そこまで想ってもらえることがとても嬉しいと、胸が震えていた。
「……一つ、確認させて」
だが、ミラには、気にかかっていることがあった。
「あの……令嬢とは、どうしたの?」
――あなたの恋人だった、あの人は?
ミラのその言葉に、それまで間隔を空けて隣に並んで座っていたアレクシスが飛ぶように移動して、ミラの前で床に両膝をつくと、慌てて弁明を始めた。
「ち、違う! あの女とは何もない!」
そうなの?と首を傾げると、ミラのその仕草がアレクシスの焦りに拍車をかけたようだった。
「あのときは、勝手に側に来て……勝手に抱き付いてきて……!」
アレクシスは令嬢のせいにしているが、ミラからすれば、勝手を許したアレクシスの責任である。
「その前にも、仲良く腕を組んでたわよね」
「は? なんの……」
記憶を辿ると、アレクシスの腕にしがみついたあの気色の悪い瞬間を思い出した。
「あれは……躓いたと言って、急に」
アレクシスの必死の言葉を、目を細めて聞いているミラの姿に、アレクシスは血の気が引いた。
あの女のせいで、大事な人を悲しませた罪が重くのしかかると、青ざめた顔で、ミラに許しを乞うた。
「アレが触れた胸の皮を削ぎ落として、腕を斬り落とせばいいのか?」
――君以外の女が触れた部分を失くせば、傍にいてくれるのか? それとも……。
「ちょ、ちょっと! そこまでしなくていいわよっ」
他にもとんでもない罪滅ぼしの方法を告げようとするアレクシスの口を、ミラは慌てて止めた。
自分の嫉妬が、彼にこんな姿までさせるなんて……こんな姿、仮にも、公爵家次期当主にもなろうという人が――。
「……あなた、変よ」
かつて、ミラが見惚れた彼の姿は、どこにも見当たらなかった。
「そうだよ、僕は、変なんだ……君のことになると、おかしくなる」
まともだったことなんて、ない。
思えば、彼女のことを考えない日なんてないほどだった。
アレクシスは、ミラを怒らせた、悲しませたと落ち込んで顔を下に向けていた。
そんな彼の姿も、ミラは自分がそうさせているのだと思うと、優越感が湧いたけれど、そんなことは望んでいなかった。
ミラが、望んだのは――。
「私……あなたを好きになっても、いいの?」
ずっと、嫌われていると思っていた。
好きでいても、彼は自分を拒絶するから、無駄になるだけの想いだと、諦めることしか考えていなかった。
薬まで飲ませて、逃げた身勝手な行動をしておいて、また彼に想いを寄せた。
そんな勝手なことをした自分でもいいのかと、ミラは不安な思いをアレクシスに打ち明けた。
「ミラ……」
顔を上げたアレクシスの瞳に、今にも泣きそうな顔で微笑むミラの姿が映る。
アレクシスは、今までの自分を何度も悔いてきたけれど、それだけでは足りなかったようだ。
大切な人、愛しい人、この世で一番大事な人に、そんな顔をさせてしまった愚かな自分が憎くて仕方なかった。
しかし、こんな愚か者でも、彼女が求めてくれるなら、許してやろうかと自分自身を憐れんだ。
その代わり、次に彼女を悲しませたらそのときは許さないと、己に刃を突き立てて。
「いいよ、おいで」
アレクシスが両手を広げて、彼女を受け入れる体勢を見せると、ミラは躊躇うことなく、その胸に飛び込んできた。
思っていたよりも勢いがあって、バランスを崩して床に倒れ込んでしまったけれど、そんなことはお構いなしの様子で、ミラがアレクシスを押し倒す形のまま唇を重ねると、思ってもみなかった贈り物をもらったアレクシスは、目を丸くした。
「アレク、大好き」
唇を離したミラの姿、声、その言葉が全て愛しかった。
無邪気に笑う、紅茶色の髪の少女の姿を遠くから眺めることしかできなかった。
近くに寄って、声を掛けて、隣でその少女の笑顔を見つめていたいと何度も願った。
いざ、少女の隣を確保できると、少女は微笑みの仮面で素顔を隠してしまって、願いは儚く消えた。
あのとき願った少女が、今目の前にいる。
相変わらず、無邪気な笑みを見せる彼女は、可愛かった。
体勢を逆転させると、今度はミラが目を丸くさせてぱちぱちと瞬きをした。
「ミラ、愛してる」
愛しい人が可愛すぎて、溢れる想いをどうしても抑えることができなくて、アレクシスは困ったような顔で笑みを浮かべると、ミラに愛を告げて口づけを交わした。
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