王都から追放されて、貴族学院の落ちこぼれ美少女たちを教育することになりました。

スタジオ.T

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26時限目 旧市街にて(1)

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 その夜ダンテの姿は旧市街にあった。
 王都東部に広がる旧市街は、かつて隣国を繋ぐ宿場町しゅくばまちとして栄えたところだった。しかしここ数十年の関係の悪化によって経済は停滞ていたい。立ち並んでいる宿泊施設や飲食店は、色街と、麻薬を売買する犯罪に使われ始めていた。

 王都兵団によるパトロールも行われているが、ほとんど踏み込まれておらず、今の旧市街を牛耳っているのは三つの麻薬組織だった。

 ハイネ・シンジゲート。
 アルトゥーロ・セタス。
 そしてロス・エスコバル。

 古株であるハイネとアルトゥーロに比べて、ロス・エスコバルは新興勢力だった。旧市街で産まれ育った若者たちが寄り集まり、一人のリーダーを中心とする縦の体制ではなく、蜘蛛くもの巣のように縦横無尽に広がる繋がりで発展してきた。

 リーダーと思しき人物を殺しても、すぐに次のリーダーが現れる。驚異的な新陳代謝しんちんたいしゃと柔軟性で、ロス・エスコバルは今や二つの組織を脅かす存在になりつつあった。

「あいつらは殺しもいとわないし、暴力も盗みも恐れていない。王都兵団に捕まって、仲間が殺されようと御構おかまい無しさ。すぐに同じことをやらかす。他の二つの組織とは大違いだ。気味が悪いったらありゃしねぇ」

 青白い顔の情報屋はタバコを吹かしながら、悪態をついた。奥まった地下の一室で男が吐き出した煙はすぐに充満していった。

 煙を手で払いながら、ダンテは男に問いかけた。

「あいつらのアジトは分かるか」

「エスコバルはアジトを持たないんだ。良く集まる酒場くらいはあるだろうが、さてな」

「頼む」

 男は無言でダンテに手を差し出した。その手に何枚かの金貨を握らせると、ボソボソと小さな声で話し始めた。

「二丁目の裏路地を曲がったところに『カポネ』というバーがある。そこに何人かのメンバーがたむろしているはずだが、悪いことは言わねぇ、余計なことはしない方が良い」

「そうか、情報ありがとう」

「目をつけられたら、無事では済まないぞ。忠告はしたからな」

 情報屋の男に一礼して、ダンテは地上に戻った。比較的大きな通りに出ると、いくつもの出店が並んでいた。夜を照らす小さなランプが、ホタルのごとく揺れながら点在していた。亜人たちの姿も多く、王都では手に入らなさそうな奇妙な魔導具もいくつか並んでいた。

 肩が触れ合うほどの密度の高い通りを、ダンテは一人歩き始めた。まだこの辺りは治安は良いが、二丁目、裏通りへと進んでいくに連れて、鼻の奥にツンとくるような甘い匂いが漂い始めた。

(だいぶ麻薬が横行しているな)

 身なりの汚い人々が路地裏がぐったりと寝ていた。ひょっとしたら何人は死んでいるかもしれない。しかし、行き交う人がそれを気にすることはなかった。教えられたバー、カポネの前にたどり着くと、にぎやかな喧騒けんそうがドアの向こうから聞こえた。

 ゆっくりと扉を開けると、カランとベルの音が鳴った。中は吹き抜けの二階建てになっていて、テーブル席は満員だった。そのどこにもイムドレッドの姿はなかった。

「いらっしゃい」

 カールした口ひげを生やした店主がダンテを迎え入れた。カウンターに座り、小麦酒の水割りを頼んだダンテは、店の中を一瞥いちべつしてエスコバルのメンバーらしき人間がいないか探した。何人かの人間は目を合わせまいと不自然に視線をそらしていた。

(やはり、ここにいるほとんどの人間が関係者か)

 ダンテが視線を送るのをやめると、今度は逆に至る所から視線が向けられるのを感じた。下手のことをするな、という情報屋の忠告が正しかったことを彼は認識した。

 さび臭い小麦酒を喉の奥に流し込む。

「なぁ、ちょっと聞きたいんだが」

 向けられる視線からあえて目をそらし、グラスを拭いていた店主を呼び止めた。むすっとした顔の店主はダンテのことを見ると、「なんだ?」と低い声で応えた。

「人を探しているんだ。イムドレッドっていう子どもを見なかったか」

「さぁな」

「本当に? エスコバルの人間と一緒にいるのを見ていないか?」

「知らない」

「今のエスコバルのリーダーを知っているか?」

「知らねぇな。お客さん、長生きしたいなら、エスコバルって名前をあんまり深堀りするのはやめときな」

「ご忠告ありがとう。俺はもう帰るよ」

 空っぽのグラスと銀貨を置いて、ダンテは立ち上がった。相も変わらない視線を感じながら、ダンテは急ぎ足で店を出た。そのまま路地裏のより暗い方へと歩いていく。

 ガス灯もない路地裏は、ますます陰鬱いんうつな雰囲気をまとい始めていた。血管のように張り巡らされたパイプから、ぽたぽたと液体がれていて、地面の上で黒いシミになっていた。

 大通りの喧騒けんそうは遠く離れていった。まるで迷宮に入り込んだようだった。ダンテは夜の静けさの中から、自分を尾行する足音の数を数えていた。

 おそらく五人。足音を殺しきることができていない。徐々に距離を詰めてくるのが分かった。角を曲がると、御誂おあつらえ向きに行き止まりに行き当たった。素早い動作で、くるりと身をひるがえして振り向くと、予想どおり柄の悪そうな男達が歩いてきているところだった。

「……何かな」

 ダンテの言葉に男達は身を強張らせた。あっさりと尾行がばれて、最後列に立つ金髪の男がチッと小さく舌打ちした。

 異様な雰囲気の彼らに対して、ダンテはゆったりとした口調で言葉を続けた。

「君たちロス・エスコバルのメンバーだろ。ちょうど良かった。イムドレッドという子どもを知らないか」

「……知らねぇよ。おっさん、何しに来た?」

「そうか、困ったな。他を当たるとしよう」

 ダンテが路地裏から出ようとすると、男の一人が道を塞ぐようにたちはだかった。

「待てよ。このまま帰れるわけねぇだろ。どこで俺らのことを聞いた?」

「言えない」

「なぜ、人探しをしている?」

「それも言えない」

「……そうか、口の聞けない舌はいらねぇな。削いでやるよ」

 ポケットからナイフを取り出して、男はその切っ先をダンテに近づけた。舌を切り裂こうと、刃物が近づいていくる。

 その腕をつかんで、ダンテは容赦なく折った。

「ぐあぁあっ!」

 男が悲鳴をあげる。
 その腹部を蹴り飛ばして、ダンテは男の身体を壁に叩きつけた。

「すぐに凶器を出すのか。噂通りの奴らだ」

「てめぇ……何者だ……!」

「ただの人探しだよ。大人しくこっちの質問に答えてくれないか」

 他の男達の方に目をやると、殺気だった彼らはギラリと光る凶器をダンテに向けていた。話し合いでどうにかできる一線は当に越えてしまっている。

「ま、そっちの方がずっと分かりやすいか」

 ダンテは自分の剣を抜き、静かに身構えた。
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