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第30話 大英雄、性行為を強いられる

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「おい、まてよ」

 何を考えているのか知らないが、サティは俺の口の中で指を動かした。舌をなぞったり、唇を引っ張ったり、歯茎の裏を触った。細い指が、執拗しつように触れてくる。

 振り払うようにしてサティの指を追い出すと、指に付いた唾液だえきの糸を彼女は美味しそうにめた。

「こういうことだよ」

「どういうことだよ。やめろ、そんな汚ないこと」

「体液に魔力が含まれているのは知っているだろ。魔力摂取をするにはこうするのが手っ取り早いんだ。私も疲れ果てているからさ。君の魔力はとても美味しい、癖になりそうだ」

「もう絶対にやらんぞ」

「ケチ」

「悪ふざけはよせよ……どうしてレイナとの性行為が必要なんだ。理由を説明してくれ」

 唾液を飲み込むと、サティは満足そうに息を吐いた。

「彼女の能力を発動させるには接触が必要なんだ。彼女の説明が真実であれどうであれ、彼女こそが一連の事態の鍵になっている」

「真実じゃないって、何が言いたい。レイナが俺を騙しているってことか」

「もちろん、そういうことだ。気付いていないとは言わせないぞ。君だって違和感を感じている。そんな生生しい夢、幻覚にしてはリアリティが過ぎている」

「……俺が見たあれは、本当に起こったことなのか」

 サティは俺の言葉に、「そうだよ」と言って頷いた。

「ほぼ100パーセントの確率で、君の夢は現実だ。魔法による幻覚というのは真っ赤な嘘だ」

「嘘……か。レイナは何を隠している?」

「さぁね」

 俺の質問にサティは意外にも答えを与えなかった。彼女にも分からないことはあるらしい。

「私に分かるのが、あのメイドが何かを隠しているということくらいだ。現時点ではそれが怪しすぎて、罠にすら思えるけれどね」

「そんな物騒なこと言うなよ。レイナは俺の大切な同居人だ」

 いったい彼女が何を隠しているというのだろう。
 レイナとは長い付き合いだ。レイナが俺に聞かれて困ることなど、おやつに内緒でプディングを食べていること以外に無いはずだ。

「けれど、違和感はあったろう?」

 サティが耳元で囁くような声であおる。

「君も気がついていた筈だ。私が来てからずっと、あのメイドは私に対する警戒を緩めなかった。あれは尋常な反応ではないよ。まるで獣のようだった」

「それはお前が妙な言動ばかりするからだろ。レイナは用心深い。得体の知れない客を警戒するのは当然なことだ」

「違う違う。順番が逆だよ。彼女が尋常ではないくらい警戒するから、私も化けの皮をがして見せた。あの娘は私が扉の前に現れた時から、殺気を放っていた。それとも何か、この辺では隙あらばシスターを殺そうとする習わしでもあるのかな」

「……まさか」

「彼女は何かを隠している。君の話を聞いただけでも、彼女の話は穴だらけだと分かるよ。接触だけが条件だというのなら、シチューを食べたことで君が記憶を失うのは辻褄つじつまが合わない」

「それは……俺も不思議に思っていた」

 5大元素に含まれない枠組みなら、ありえないとは言えない。新種の魔法はいくらでも存在するからだ。

 せないのは接触に関してだけではない。
 あれは幻覚として解釈するにはあまりに奇妙なものだ。

 不思議とその映像を見たあと、自分の中で何かパズルのピースが埋まったような感覚になるということ。欠けていた何かが戻ってきたように、その映像はもともと俺の一部であったようにも感じていた。

「心当たりがあるような気がするんだよな……あの夢は」

「その直感は大事だ。私の見立てでは、あの娘が『世界の眼ビジョン』の執行不能の鍵を握っている」

「それも飛躍ひやくしすぎだろ。レイナと『世界の眼ビジョン』は何の関係も無い」

「飛躍し過ぎなもんか。なにせ、私に喧嘩けんかを売るようなやつだぜ。この世界において、神の使徒に敵意を向けるってことは君も嫌なくらい分かってるはずだ」

 サティは呆れたように首を振った。

 ……彼女が言ったように、女神教の信仰はプルシャマナでは絶対だ。たとえ不審者であろうとも、シスター姿のサティに殺気を向けるのはやり過ぎとしか言いようがない。

「ただ、まだ全ては推測でしかない。あくまで彼女は第一容疑者。真犯人めいた通行人Aなのかもしれない。それを証明するのは、アンク、君の仕事だよ」

 偉そうに言ったサティは、人差し指をまっすぐ俺の顔に向けた。

「理屈は分かった。だが、レイナと性行為しろってのはなんなんだ。直接聞けば良い話じゃないか」
 
「あのメイドが本当のことをサラリと言うと思うか。1週間拷問ごうもんされても、あの娘は口を割らないよ」

「確かに……そうかもしれない」

 レイナの頑固さは筋鐘すじがね入りだ。俺も良く知っている。

「その点、魔力は便利だ。術者の本音のいかんに関わらず素直に反応する。君が見ているものが幻覚か、それても別の何かか、あの娘が嫌がることをすれば、一発で分かる」

「じゃあ、性行為をしろって言うのは……」

「血にちょっと触れただけじゃ甘いってことだよ。秘匿ひとくされた体液ほど、濃密な魔力を含んでいる……これ以上は言わなくても分かるね」

 指で卑猥ひわいなジェスチャーをしながら、サティは言った。

「……別に他にも方法はあるだろ。第一、同居していると言っても彼女と俺の間には何も無い、残念ながらな」

「本当かな。君がスッと言いよれば彼女はすぐに落ちるよ。女神が言うんだ間違いない」

「……それ、本当か」

 フッと興味が湧いてくる。

「レイナが俺に惚れてる?」

「うん。あれは完璧に君にホの字だよ。直接的であればあるほど、効果がある。回りくどい言い回しじゃなくてね。『今夜ヤらないか』くらいがちょうど良い」

 下品な表現は置いておこう。そんなことを言った場合、どんなしっぺ返しが待っているかは想像がつく。

「若い女が1つ屋根の下にいて、何も期待しないわけが無いだろう。つまり、そういうことだよ」

「偏見にもほどがあるだろ。ていいうか能力発動のトリガーは体液なんだろ。ちょっと唾液をもらうとかそういうのじゃダメなのか」

「唾液かぁ、それは中々に良いフェティシズムだなぁ」

「うるせぇ、さっき俺の唾液舐めたくせに何言っているんだ。放り出すぞ」

「でも、それじゃ足りない。私の想像だけれどね、やっぱり性行為が確実だ」

 サティは大きく首を横に振って、再び「バチコン、バチコン」と言いながらまた卑猥ひわいなジェスチャーをした。

「あのレイナというメイドは君に嘘をついている。それも重大な嘘だ。彼女と濃密に魔力を交換しあえば、自ずと全ては分かる。簡単なことじゃないか」

「理にかなっているように見えて、むちゃくちゃなこと言っているぞ」

「君はしたくないのか」

「そうは言っていない」

「じゃあ、しなさい」

 サティは長く伸びたブルーの前髪をはらって、改めて俺の方を見た。

「それも、なるべく早い方が良い。実は暗いマナは未だに刻一刻と深くなっている。取り返しのつかなくなるうちに、すぐにでも行動して欲しいんだ」

「取り返しのつかないことってなんだよ」

「『異端の王』が復活するとか」

「勘弁してくれ……」

「全ては君次第だよ」

 そう言ったサティの眼差しは真剣だった。飲まず食わずで俺を探していたことからも、一連の事態は彼女にとって冗談では無いことくらい分かる。

 しかし……これは困ったことになった。

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