魔王を倒して故郷に帰ったら、ハーレム生活が始まった

スタジオ.T

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第120話 穏やかな日々

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 思った通り、2、3日経ったら、地に足がつかないような違和感は消えていった。少し体調が悪かったかもしれない。

 1日中ぼんやりと本を読みながら、ぼけっと過ごしていたらあっという間に日々は過ぎて、気がつけば何かを忘れていることなんてどうでも良くなっていた。

 いや、本当は何も忘れていたことなんて最初から無かったのかもしれない。

「それにしても暇だなぁ」

「アンクさまは友達いらっしゃらねぇんですか?」

「いないね」

「じゃあ、あっしが友達になってやろうかなぁなんて、がはははは」

「暇だなぁ」

「…………」

 いつもこういう時はどこに行ってたんっだろう。
 訪ねてくる人もいないし、他の用事もない。ニックと一緒にいたところで、つまらない冗談を聞かされるだけだ。こんなんでは気が滅入ってしまう。せめて可愛いメイドの1人でもいれば、見ているだけで幸せなんだろうけれど。

「なぁ、こんな時ニックならどうする?」

「……答えても、また冷たくあしらうんでしょう。その手には乗りませんぜ」

「良いから良いから。おっさんがねても可愛くないぞ。冗談抜きでまともな回答を期待しているんだ」

「そこまで言うなら、そうさなぁ……」

 ニックは片手におたまを持ったまま。首をかしげて視線を天井に向けた。

「あっしだったら、会いたい人に会いに行ったりしますかねぇ。時間があるなら昔の知人を訪ねに行きますな」

「会いたい人……」

「どなたかいらっしゃらないので? 子供時代なら友人の1人2人くらいはいるでしょう」

「いる。いるにはいるが、もう会えない」

 ニックはそれを聞くと、ハッとした顔になって頭を下げた。

「……それはトンだことを行ってしまいました。この不詳ニック、腹をかっさばいて旦那さまにお詫びをば……」

「やめろやめろ! 昔の話だ。今更どうこういう話じゃない」

「本当に……申し訳ねぇ」

「良いんだ。そこまで悲しくはない別れだったから」

 彼女の姿を思い出す。
 真っ赤な髪をなびかせた精悍せいかんな姿。俺の幼い頃の理想であり、俺の人生の道を指し示してくれた大切な恩人だ。

「大魔法使い、ユーニア。名前くらい聞いたことがあるだろ」

「そりゃ、もちろん! プルシャマナの歴史に名高い大魔法使いじゃないですか! へぇーそんなお方とお知り合いで!」

「俺の師匠だった。もう10年以上の前の話だけれどな」

「……そういえば、大魔法使いユーニアは行方不明でしたな。もう会えないというのはそういうことだったんですね」

「そうだな」

 ユーニアはもうずっと行方不明で、噂さえも聞くことがない。旅先で情報を仕入れようとはしたが、あまり実りのあるものはなかった。

「ユーニア様を最後に見たのはいつなんですか」

「いつでしょうか……朝起きたら、ユーニアの姿はもういなくなっていた」

「はぁ、なんだか良く分からねぇですが、そのぅ、大魔法使いは自ら旅立ったと……?」

「そういうことだと思う」

「別れも告げずに?」

「そう……だな」

 当時の情景を思い出そうとすると、頭にモヤがかかるような感じがある。意識的に思い出すことを嫌っているのか、唯一思い起こすことが出来る情景は、目がくらむほどの赤色だ。

『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』

 やめよう。
 思い出すのは。直感的にそう思った。赤い光から意識をらして、大きく息を吐く。

「……だから、もう1度会うっていうのは無理な話なんだろうな」

「はぁー、今生の別れってやつですね」

 ニックは納得したように大きく頷くと、カチャカチャと皿洗いを始めた。

 聞きなれたその音を聞きながら、ぼんやりと今後の生活に思いをはせていた。
 女神に頼まれた依頼は、すでに終えたと考えて良いだろう。『異端の王』は倒したし、世界は平和を取り戻した。何も文句を言ってこないということは、お役もごめんと言うことなんだろう。

「そうなると……俺ってなんなんだろうな」 

 国からもらった報奨ほうしょう金で、生活には困ることはない。使用人をやとって悠々自適ゆうゆうじてきの生活を送っても、問題ないくらいの生活費は蓄えてある。問題は、何を目的にしてこれから生きようかということだ。

「なぁ、ニックならどうする?」

「また、あっしに聞くんですか?」

「だって、ニックしかいないから」

「寂しいお人ですなぁ。わっしがアンクさまだったら……」

 洗い物の手を止めて、ニックは言った。

「酒ぇ、女ぁ、金ぇ……」

「なんか予想通りだな」

「バカにしちゃなんねぇですよ。酒は日々の悩みを忘れるのに役に立ちますし、金は日々を楽にさせるために必要でさ」

「女は?」

「刺激でさ。自分が生きているってことを実感するために、他の誰かが必要なんですわ。男だろうが、女だろうが」

「そんなもんかなぁ」

「そんなもんでさ。この世の中で誰1人として、女から産まれていない人間はいねぇ。それだけは混じりっけのない真実でさ」

 やけに自信たっぷりの口調でニックは言った。
 最期の皿を拭き終わったニックは、丁寧に自分の手を拭くと、自分のエプロンのポケットをごそごそと探り始めた。

「そういえば、旦那様に渡そうと思っていたものがあったんだ。この前、旦那様の洗濯物をしていたら、こんなものがまぎれていて……」

 やけにニヤついた顔で言ったニックは、ポケットの中から何かを探り当てると、そのままテーブルの上においた。

「これは……髪留め?」

「そうでさ。女ものの髪留めでさ。友だちも恋人もいねぇだなんて、旦那さまこそつまらない嘘は止めた方がよろしいんでねぇですか?」

「……いや、こんなものみたことがないぞ」

 花のついたデザインの髪留めは初めて見るものだった。飾りに付いている宝石も綺麗で、安いものではなさそうだった。

 いや、どこかで見たことがあるのか。妙に見覚えが……あるような、ないような。

「どこにあったんだ、これ」

「スボンのポケットの中ですが、本当に心当たりはないんで?」

「ないな……いや、あるような、ないような」

 何かが引っかかっている。頭の奥がずきんずきんと痛み始める。誰かが何かを言っているような、ヒソヒソ声が聞こえてくるように思える。

 女の……声だ。

「今、何か言ったか?」

「いや、何も言ってないでさ」

 囁き声は徐々に大きくなってくる。無視できないくらいに頭の中で反響し始める。

「誰だ?」

「旦那さま? 誰もいらっしゃいませんよ。ほんまに大丈夫ですか?」

「いや……誰か、いるんだ」

 頭の中でカラカラとフィルムが回り始める。こんなことが前にもあったのような無いような。髪留めを手に持って、花の飾りの部分を裏返してみる。

『◼︎◼︎◼︎』

 大切なことを忘れている気がする。すぐそばにいたはずなのに。離陸した飛行機が、米粒ほどの点になって消えてしまったように。青い空にまぎれて、そこにあった痕跡すらも残さずに見えなくなってしまった。

 でもそれは決して無くなったということではなくて、俺が見ている視線の先にはきっとその『何か』は存在しているはずだ。

 頭の中に響くささやき声は、そのことを証明するかのように大きくなっていた。
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