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第2章 竜王の憂鬱
4 竜の生態
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ナーガに手を引かれて、エフィミアは言われるままに彼についていった。だが彼がためらいなく二頭の竜へと歩み寄っていったので、エフィミアはわずかに焦った。
「ちょっとナーガ、どうするつもり」
エフィミアは思わず声をあげたが、ナーガは歩をゆるめず、一方の竜のすぐ足元まで真っ直ぐに向かった。
近づいてみると、竜はますます大きく感じられた。こんなものに襲われたら、エフィミアなどひとたまりもない。
エフィミアが腕の長さ分だけナーガより後ろにいると、彼は振り返って彼女を自分の方へ引き寄せた。
「もっと近くへおいで」
ナーガはエフィミアの肩を抱いて、さらに竜に近づいた。
竜がその大きな首をもたげて二人を見た。エフィミアは息をのみ、ナーガに縋りついた。二人と竜との距離は腕一本分もなく、すぐ目の前ではくすんだ色の鱗がてらてらと不気味に艶を放っている。
耳の近くでナーガが囁いた。
「大丈夫。恐がらないで」
エフィミアにとって、それは少しばかり難しい話だった。
竜が人里近くに現れることはめったになく、普通に暮らしていく上で馬よりも大きな生き物などそうそう見ることがない。
これまでに両手で数えられる程度の回数、離れたところから見かけたことがあるだけの巨大生物を目の前にして、エフィミアはどうしても恐怖心を抑えられなかった。
竜は巨体のわりに小さな目でしばらくエフィミアたちのことを見ていたが、すぐに興味をなくしたように顔をそむけ、再び赤い果実を食べ始めた。
「触ってごらん」
エフィミアはぎょっとしてナーガを見た。彼は落ちつきはらった表情のまま、仕草で竜を示した。
「そんな、無理よ」
エフィミアが躊躇して手を出せずにいると、ナーガは手本を見せるように腕を伸ばして竜の灰色の横腹を撫でた。
「ほら、恐くないから」
ナーガにうながされ、エフィミアは必死で恐怖心を押さえ込み、ためらいながら彼にならった。
冷たいかと思われた竜の体は、意外にも温もりを宿していた。どんなに大きな体をしていようと、彼らも血の通う生き物であることをエフィミアは掌で感じた。鱗は濡れているように艶やかで、触れている実感がないほどすべらかだ。
「ほらね、なにも恐ろしいことなんてないだろう」
「うん。なんだか不思議」
竜と触れ合っている内に自然と緊張や恐れが薄らいでいくのを、エフィミアは感じた。慣れてみると、ずん胴な上に足の短い彼らが、段々かわいくも見えてくる。
「この竜は肉食だと思う? 草食だと思う?」
竜を撫でながらナーガが言い、エフィミアはきょとんとして彼を見た。あまりにも簡単すぎる質問だった。
「林檎を食べているんだもの、草食に決まっているじゃない。こんなに大人しいし」
エフィミアが断言すると、ナーガは意地悪そうに笑った。
「残念、はずれ」
エフィミアはぎょっとして竜から慌てて手を離した。
「肉食なの!」
「それもはずれ」
分からない、という顔で、エフィミアはナーガを見上げた。彼はくすりと笑って言った。
「彼らは雑食だ」
「雑食? そんなの選択肢になかったわ」
「誰も二択とは言っていない」
ナーガはさらりと言ってのけ、してやられたエフィミアはむっと頬を膨らませた。それを見てナーガはおかしそうに笑い声をたてた。
「いじわるね」
「まあ、そう怒らずに。そもそも、この世界に草食竜なんてものはいないんだ」
ナーガの意外な言葉に、エフィミアは目を丸くした。
「草食竜がいない?」
「そう。同時に、肉食竜というのも存在しない。竜という生き物は、総じて雑食性だ」
エフィミアは一瞬にしてさっきまでの怒りを忘れた。
「それ、本当?」
「うそを言ってどうする」
「じゃあ、あたしたちが竜を恐れたのは意味のないことだったの? 竜が人を襲うっていうのはうそ?」
「そうじゃあないけど……ようは好みの問題なんだ」
話の途中で、目の前の竜たちがのそのそと動き出した。どうやら満腹になったようだ。彼らはエフィミアたちに背を向けると、巨体を支える太い足をのたりと動かし離れていく。灌木を踏み倒しながら、頑丈な尾を振り振り、木立を掻き分けて去っていった。
竜を見送ったエフィミアは、樹木をきしませる足音を遠くに聞きながら、ナーガに話の続きをうながした。
「それで、好みってどういうこと?」
ナーガは木の根元に座るよう、動作で示しながら答えた。
「人間でもいるだろう? やたらと肉類を好む者や、野菜嫌いな者が。それと同じだ。竜にもそれぞれ、食べ物の好みがある」
「ふーん。そういうものなの」
エフィミアはなんとなく感心しながら、ナーガに誘われるままに腰を降ろし、彼もその隣に並んで座った。
「実際に人が肉食竜だと思い込んでいる種類でも、中には草を好んで食べるものはいるし、さっきの土竜だって必要に応じて鳥や獣を食べている。人間は肉体的には弱くとも、文明を持って竜を狩ることができる数少ない生き物だから、あえて獲物に選ぶ竜は少ないんだが……」
言いよどむように、ナーガは一度言葉を区切った。だが、エフィミアが話の続きを待っているのを見て取ると、ひとつ息を吐いて続けた。
「人間の肉は美味だというから、人を好んで襲っているのは多分、一度食べて味をしめたものたちだろう――おろかなことだ」
ナーガはわずかに憂えたように言い、エフィミアはそれに気づいたが、あえて触れずに会話を続けた。
「軍の人たちが時々竜を狩っているけれど、彼らはそのことを知っているの?」
「どうかな。騎竜兵なら知っているかもしれない。なにせ彼らは竜を飼養している。あと知っているとしたら、竜の研究をしている学者くらいじゃあないかな。すべての竜が雑食と知っているかは微妙だけれど」
つまりは、世間一般には知られていないということだ。知らなかったといって、恥ずかしいことでもないらしい。エフィミアはそう考えてから、ふとひとつの疑問が浮上した。
「それなら、ナーガはどうしてそんなことを知っているの?」
ナーガはエフィミアの方を見ると、ただ微笑を浮かべて、なにも言わなかった。
「ちょっとナーガ、どうするつもり」
エフィミアは思わず声をあげたが、ナーガは歩をゆるめず、一方の竜のすぐ足元まで真っ直ぐに向かった。
近づいてみると、竜はますます大きく感じられた。こんなものに襲われたら、エフィミアなどひとたまりもない。
エフィミアが腕の長さ分だけナーガより後ろにいると、彼は振り返って彼女を自分の方へ引き寄せた。
「もっと近くへおいで」
ナーガはエフィミアの肩を抱いて、さらに竜に近づいた。
竜がその大きな首をもたげて二人を見た。エフィミアは息をのみ、ナーガに縋りついた。二人と竜との距離は腕一本分もなく、すぐ目の前ではくすんだ色の鱗がてらてらと不気味に艶を放っている。
耳の近くでナーガが囁いた。
「大丈夫。恐がらないで」
エフィミアにとって、それは少しばかり難しい話だった。
竜が人里近くに現れることはめったになく、普通に暮らしていく上で馬よりも大きな生き物などそうそう見ることがない。
これまでに両手で数えられる程度の回数、離れたところから見かけたことがあるだけの巨大生物を目の前にして、エフィミアはどうしても恐怖心を抑えられなかった。
竜は巨体のわりに小さな目でしばらくエフィミアたちのことを見ていたが、すぐに興味をなくしたように顔をそむけ、再び赤い果実を食べ始めた。
「触ってごらん」
エフィミアはぎょっとしてナーガを見た。彼は落ちつきはらった表情のまま、仕草で竜を示した。
「そんな、無理よ」
エフィミアが躊躇して手を出せずにいると、ナーガは手本を見せるように腕を伸ばして竜の灰色の横腹を撫でた。
「ほら、恐くないから」
ナーガにうながされ、エフィミアは必死で恐怖心を押さえ込み、ためらいながら彼にならった。
冷たいかと思われた竜の体は、意外にも温もりを宿していた。どんなに大きな体をしていようと、彼らも血の通う生き物であることをエフィミアは掌で感じた。鱗は濡れているように艶やかで、触れている実感がないほどすべらかだ。
「ほらね、なにも恐ろしいことなんてないだろう」
「うん。なんだか不思議」
竜と触れ合っている内に自然と緊張や恐れが薄らいでいくのを、エフィミアは感じた。慣れてみると、ずん胴な上に足の短い彼らが、段々かわいくも見えてくる。
「この竜は肉食だと思う? 草食だと思う?」
竜を撫でながらナーガが言い、エフィミアはきょとんとして彼を見た。あまりにも簡単すぎる質問だった。
「林檎を食べているんだもの、草食に決まっているじゃない。こんなに大人しいし」
エフィミアが断言すると、ナーガは意地悪そうに笑った。
「残念、はずれ」
エフィミアはぎょっとして竜から慌てて手を離した。
「肉食なの!」
「それもはずれ」
分からない、という顔で、エフィミアはナーガを見上げた。彼はくすりと笑って言った。
「彼らは雑食だ」
「雑食? そんなの選択肢になかったわ」
「誰も二択とは言っていない」
ナーガはさらりと言ってのけ、してやられたエフィミアはむっと頬を膨らませた。それを見てナーガはおかしそうに笑い声をたてた。
「いじわるね」
「まあ、そう怒らずに。そもそも、この世界に草食竜なんてものはいないんだ」
ナーガの意外な言葉に、エフィミアは目を丸くした。
「草食竜がいない?」
「そう。同時に、肉食竜というのも存在しない。竜という生き物は、総じて雑食性だ」
エフィミアは一瞬にしてさっきまでの怒りを忘れた。
「それ、本当?」
「うそを言ってどうする」
「じゃあ、あたしたちが竜を恐れたのは意味のないことだったの? 竜が人を襲うっていうのはうそ?」
「そうじゃあないけど……ようは好みの問題なんだ」
話の途中で、目の前の竜たちがのそのそと動き出した。どうやら満腹になったようだ。彼らはエフィミアたちに背を向けると、巨体を支える太い足をのたりと動かし離れていく。灌木を踏み倒しながら、頑丈な尾を振り振り、木立を掻き分けて去っていった。
竜を見送ったエフィミアは、樹木をきしませる足音を遠くに聞きながら、ナーガに話の続きをうながした。
「それで、好みってどういうこと?」
ナーガは木の根元に座るよう、動作で示しながら答えた。
「人間でもいるだろう? やたらと肉類を好む者や、野菜嫌いな者が。それと同じだ。竜にもそれぞれ、食べ物の好みがある」
「ふーん。そういうものなの」
エフィミアはなんとなく感心しながら、ナーガに誘われるままに腰を降ろし、彼もその隣に並んで座った。
「実際に人が肉食竜だと思い込んでいる種類でも、中には草を好んで食べるものはいるし、さっきの土竜だって必要に応じて鳥や獣を食べている。人間は肉体的には弱くとも、文明を持って竜を狩ることができる数少ない生き物だから、あえて獲物に選ぶ竜は少ないんだが……」
言いよどむように、ナーガは一度言葉を区切った。だが、エフィミアが話の続きを待っているのを見て取ると、ひとつ息を吐いて続けた。
「人間の肉は美味だというから、人を好んで襲っているのは多分、一度食べて味をしめたものたちだろう――おろかなことだ」
ナーガはわずかに憂えたように言い、エフィミアはそれに気づいたが、あえて触れずに会話を続けた。
「軍の人たちが時々竜を狩っているけれど、彼らはそのことを知っているの?」
「どうかな。騎竜兵なら知っているかもしれない。なにせ彼らは竜を飼養している。あと知っているとしたら、竜の研究をしている学者くらいじゃあないかな。すべての竜が雑食と知っているかは微妙だけれど」
つまりは、世間一般には知られていないということだ。知らなかったといって、恥ずかしいことでもないらしい。エフィミアはそう考えてから、ふとひとつの疑問が浮上した。
「それなら、ナーガはどうしてそんなことを知っているの?」
ナーガはエフィミアの方を見ると、ただ微笑を浮かべて、なにも言わなかった。
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