三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む ― Dragon Heart ―

入鹿なつ

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第4章 騎士の忠義

12 拘束

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 夜闇の中にきらめく白亜の宮殿を正面に見据え、ナーガは飛行速度を上げた。大きな飛膜が空気をつかみ、風が鱗の表面を走り抜けていく。星の下でなおきらびやかなローリア城が間近まで迫る。

 露台にうごめく、無数の人影が見えた。暗い夜空にナーガの白い巨体は目立つ。向こうはとっくにこちらを見つけているはずだ。

 宮殿の真上までくると、露台の人々が叫び交わす声まで聞こえた。ナーガは彼らの動きに注意しながら急降下を始める。露台の人々の頭すれすれを飛べば、ごうと突風が巻き起こり、驚いた者たちが騒いだ。

 宮殿の向こうからナーガ目がけて飛来するものがいくつも見えた。騎竜兵だ。

 ナーガは咄嗟に体勢を傾けて、背に人を乗せた赤竜らと高速ですれ違う。そして再び露台の頭上かすめを飛んだとき、うごめく大勢の人の中に見知った姿を見つけた。

(エフィ!)

 エフィミアは金の長髪の若者と一緒にいた。大き過ぎる白のマントのようなものにくるまって、若者に片腕をつかまれている。一体なにがあったのか、髪が無残に短い。

 エフィミアを捕らえている若者と目が合った。彼は夜闇に金糸の髪をなびかせながら、歯を見せて面白がるように笑った。ナーガが宮殿の上で大きく円を描いて飛ぶ間に、若者は強引にエフィミアを引き寄せて、鞘を払った銀の刃を喉元に押し当てる。

「降りてこい! 心臓の宿主が死ねばお前も死ぬんだろう。命が惜しければ降りてくるんだ」

 脅しを叫ぶ若者を見据えて、ナーガは目をすがめた。

(あれがルーファンスか……やはり愚王だ)

 ルーファンスが竜王の心臓の秘密を知って欲しがっている以上は、まずエフィミアが殺される可能性はない。ナーガは焦燥しょうそうすることなく、包囲を狭めてくる騎竜兵をかわして身をひねりながら高く飛び上がった。

 ナーガは急旋回してぎりぎりで包囲をすり抜け、あとを追ってくる赤竜の群れに目を走らせた。以前にひどく手を焼かされた、とり分け技能の高い赤毛の指揮官は今日はいないように見えた。

 とはいえ数と機動力に勝る騎竜兵は脅威に違いはなく、ナーガは飛行速度を可能な限り上げて急な上昇と下降を繰り返して包囲を掻い潜るのに徹した。

 そうしている間に、ルーファンスが剣をおろした。エフィミアの喉から刃が離れるのを視野の隅で見て、脅しが通じないと気づいたかとナーガは考えた。

 ところがルーファンスは剣を鞘に仕舞ったその手で、いきなりエフィミアの顎をつかんで振り向かせた。ハッとするナーガの視界で、強引にエフィミアの唇が奪われる。

 口づけられたエフィミアは身をよじってもがく動きを見せ、その拍子にくるまっているマントの首元がはだけた。肩から鎖骨の下までの素肌が広く露わになったことで、彼女が中になにも着ていないのだと気づき、ルーファンスの所業にナーガはたちまち動揺し憤った。

 そうして露台の二人に気をとられた刹那。巨大な格子状の影がナーガの視界を覆った。

 しまった、と思ったときには、露台から打ち出された網に半身を絡めとられた。舞いあがろうとする意志に反して体が強く下に引っ張られ、もう半身にも新たな網が投げかけられる。

 絶叫をほとばしらせいましめから逃れようと足掻いたが、網は鎖が編み込まれていて重く、容易たやすくは破れない。最後にはナーガの巨体が露台の石床に叩きつけられた。

 一斉に集まってきた人間によって、さらに太い鉄の鎖を白竜の胴に翼にかけられた。好奇の目を向けてくる兵士たちにナーガが威嚇の声を上げると、途端に人々の間から恐れるどよめきが起こる。

 その隙間を縫うように、ナーガを遠巻きにする者たちの向こうから、さっきも聞いた若者の声が涼しく響いた。

「全員さがれ。君らにもう用はない」

 正面の集団の中から金髪の若年王が、小麦色の髪の娘を引っ立てながら進み出てきた。集団から出たところで立ち止まり、王ルーファンスは背後を一瞥した。

「早くさがれ。わたしはこれと話がしたいんだ」

 兵士たちが戸惑って目配せしていると、彼は痺れを切らして怒鳴った。

「早く消えろ!」

 凍りついたような沈黙が広がり、しばらくして、集っていた者たちがぞろぞろと動き出した。各々に不満の滲む表情を浮かべながら、人々はそれぞれに散り、露台から姿を消していく。

 ルーファンスは自身とエフィミア以外ただのひとりも残ることを許さず、全員が去るまでそこに立って目を光らせた。
 ようやく誰もいなくなったところで、ルーファンスが笑顔を作った。

「やっと、ゆっくり話ができる」

 鎖に繋がれて伏すナーガの真正面に立ち、彼は見下す視線を寄越した。

「はじめまして、竜王。さっそくだけれど、わたしに心臓をちょうだい」

 ナーガはしばらくルーファンスを見据えてから、彼の腕に捕らえられているエフィミアを見た。

 上空から白いマントのように見えていたのもは、近くで見ればただの大きなシーツだった。体に巻きつけているだけで今にも脱げ落ちそうなそれを、エフィミアはつかまれていない左腕だけで押さえている。彼女の頬や手首にも暴力の形跡が見てとれて、ナーガは怒りで打ち震えた。

 ルーファンスは相対する相手の感情などお構いなしに、エフィミアの膝裏を蹴って白竜の顔前に座らせた。

「早く、わたしに心臓を移せ」

 居丈高に繰り返し、ルーファンスはさらにエフィミアの背を踏んで髪を鷲づかんだ。エフィミアは首を仰け反って呻き、胸を突き出す姿勢になる。はずみでシーツがずり落ち、薔薇色のいただきを持つ膨らみがこぼれた。

 すぐに引っ張り上げられたシーツと掌でそれは隠されたが、双丘の間に浮かぶ痣に幾筋もの傷が交差しているのをナーガは見逃さなかった。憤りを超えて寒気さむけが走り、首元の鱗が逆立つ。

 いきり立ったナーガの目を見て、エフィミアが潤んだ眼差しで首を横に振った。彼女からの無言の訴えに、白竜はなにもできず歯噛みする。

 やりとりに気づいたルーファンスは、面白くなさそうに目をすがめた。

「気に食わないな。君も彼女と同じに強情みたいだ。でも、まあいいさ。どうせ君も逃げられないんだから、じっくり試そう」

 ルーファンは鼻を鳴らして言い捨てて、あっさりナーガに背中を向けた。慌てて立ち上がったエフィミアを力尽くで引っ立てながら、露台から去っていく。

 エフィミアは引きずるシーツに足をとられてよろめきながらも、何度もナーガをかえりみた。その姿も、すぐに扉の向こうへと消えた。


 ☫


 正面の露台が見下ろせる、宮殿の最上階。その窓辺に影法師のように黒い人物が立っていた。

 外の夜闇に映える純白の竜が今、地上に落ち鎖で拘束された。それを眺めながら漆黒の占い師――ヴィナは口元を笑みの形に歪めた。そしてその口から、周りに聞こえるか否かの呟きがもれた。

「やっと捕まえた……ナーガ」

 心の内で狂喜しながら、ヴィナは静かに窓辺を離れた。
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