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終章
三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む
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短い麦穂色の髪を風に躍らせて、エフィミアははつらつとした声を張り上げた。
「村だわ、オロデン村が見えてきた!」
身を乗り出すエフィミアを、アレクスはさりげなく腕で押さえた。
「はしゃぎすぎるな。こちらは本調子じゃあないんだ」
「分かっているわよ。でもあたし、やっと帰れるのよね。みんな元気かしら」
本当に分かっているのか、今にも竜の背中で跳ね回りそうな勢いのエフィミアに、アレクスは小さくため息をついて苦笑した。
今朝早く、アレクスは愛騎セスにエフィミアを乗せてローリア城を発った。もちろん、エフィミアを故郷に帰すためだ。ルーファンスは死に、白竜も姿を消した今、彼女を宮殿に留めておく理由はどこにもない。
王を失ったことで、これから王国全体が荒れてくることもあるだろう。機を逃がせば、きっと二度とエフィミアを故郷に帰してやれなくなる。だからアレクスは、傷をおしてあえて竜を出した。巻き込んだ彼女への、せめてもの罪滅ぼしだと彼は考えていた。
遠くの山間に見え隠れしていた集落が少しずつ近くなり、やがて全容を明らかにした。
木造の家の並びは煙突から白煙をくゆらせ、よく肥えた家畜たちは間延びした声で鳴き交わしている。畑の刈り入れが終わっている他は、記憶のものと寸分も違わぬ、エフィミアの生まれ育った村。
「裏手の山に降りる。あまり騒ぎは起こしたくはない」
「うん、いいわ」
「しっかりつかまっていろ」
「平気よ。もう三度目だもの」
エフィミアは得意げに笑ってみせ、アレクスも笑みを返しながら、そうだなと答えた。こうして二人で他愛ないやりとりをするのも、もうあとわずかだ。
地上に降り立つと、エフィミアは大きく深呼吸した。慣れ親しんだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、それだけで気分が晴々とした。生まれたときからずっと知っている、ルベル山の匂い。
すべては、ここから始まったのだ。
初めて白竜を見たのも、竜の心臓を宿すことになったのも、アレクスと出会ったのも、この場所だった。
前に見たときには空に映えていた木の葉が、今はすべて落ちて足元を彩り、時を思わせる。冷えた空気に、エフィミアは無意識に上着の襟を掻き合わせた。
寒くて当たり前だ、この辺りの冬を迎える準備はもう終盤に差しかかろうという季節なのだから。もう間もなく、本格的に寒気が流れて込んでくることだろう。
不意に肩を抱かれて、エフィミアはかたわらに立つ若者の顔を見上げた。彼は柔らかな瞳で、エフィミアを見ていた。
エフィミアはほほ笑むと、アレクスにそっと身を寄せた。服の生地越しに伝わってくる彼の体温が、心地よく温かい。
「この辺りは冷えるな」
「うん」
「……体を冷やす前に、早く帰ったほうがいい」
エフィミアはアレクスを見上げた。わずかに遅れて視線を下ろした彼は、感情の読めない無表情をしていた。
「アレクス……」
名前を呟くと、エフィミアは大胆にもアレクスにひしと抱きついた。彼が息をのんだのが分かったが、これが今のエフィミアにできる一番の感情表現だった。
「エフィ……」
ためらうようにゆっくりと背中に腕がまわされ、抱き締められるのをエフィミアは感じた。
思いやりにあふれた彼の腕を感じられるのも、きっとこれが最後だ。それを思うとどうしても、寂しさが胸に忍び込む。
「一緒に来ればいいのに」
無理だと分かってはいるけれど、エフィミアはかすかな期待を込めて言ってみた。ぐっと、抱き締める腕に力がこもる。
「わたしにはまだ、やるべきことがある。それにここは、わたしのいるべき場所ではない」
静かなアレクスの声に、エフィミアは胸の詰まる思いで彼の黒い上着の生地をつかんだ。
「分かってる。分かってるけど……」
「……寂しいのは、君だけではない」
アレクスは静かに言うと、額にキスだけしてエフィミアから離れた。エフィミアはまだ離れたくはなかったけれど、じっとその場に立っていた。
エフィミアが見詰める前で、アレクスは赤い竜の背中に跨がり姿勢を正した。
「アレクス」
飛び立つ準備ができたところでエフィミアが呼びかけると、アレクスは静かな眼差しをこちらに向けた。
少し間を置いてから、エフィミアは呟くように言った。
「これからドラディアは、どうなるのかな」
エフィミアの問いに、アレクスはやや目を細める。
「分からない。きっとこれからのことは、誰にも見えていない」
「……そっか」
エフィミアは沈んだようにうつむいたが、次に顔を上げたときには明るく笑ってみせた。
「アレクス、ありがとう。元気でね」
すると、アレクスも目元をなごませてエフィミアを見た。
「君も、いつまでも今のままで」
エフィミアは腰に手を当てて、軽く胸をそらせてみせた。
「あたしは何年経とうが、おばさんになろうが、おばあちゃんになろうがあたしのままよ――セスも、元気でね」
最後に軽く背中を丸めて言えば、セスは答えるようにほえた。エフィミアは満面の笑みを浮かべてもう一度、真正面からアレクスを見た。
「それじゃあ、さようなら」
「ああ」
アレクスはちらりとだけ笑ってセスの手綱を握り、すぐに騎竜隊長の顔になった。
「行こう、セス」
アレクスは低く囁き、セスはうなりとともに翼を広げ、一気に空へと飛び立った。
周囲が風に舞い上がる黄色い落ち葉に彩られ、どこまでも高い真っ青な大空を、赤い竜が駆けていく。いくつもの鮮やかな色に包まれながら、エフィミアの瞳はひたすらにその中の赤を追いかける。
思い出す、すべてが始まったあの日を。それから、いくつものできごとを。短い間に、エフィミアは色々なことを知った。これまで知らなかったこと、知ろうとしていなかったこと、全部が今はエフィミアの中にある。
なにも明かさずに消えた竜。
闇から逃れられず果てた王。
王の忠臣であり続けた騎士。
思い返せばすべてが切なく悲しいものばかりだったこの出会いを、忘れることは決してないだろう。もしかしたら、今はつらくても時が経てば、思い出として話せる日も来るかもしれない。だから大切にして行きたい。今の、この気持ちを。
エフィミアはくるりと体の向きを変えると、若鹿のようにしなやかに山の斜面を駆け出した。
家に、帰るために。
胸の高鳴りが抑えられない。速く、もっと速くと気持ちが体をせかす。見慣れた景色、体に馴染んだ風を切る感じ。この感覚を、ずっと求めていた。
木々の合間に人家が見えて、エフィミアの足はさらに速くなった。
もうすぐ会える、大好きな故郷の人たちに。茂みを抜けるともうそこは、エフィミアの産まれたオロデン村だ。
エフィミアは目の前に広がる景色に見入るように、一度足を止めた。ずっと走ってきたせいで、息が乱れている。それでも苦しさは感じなかった。
古びて味わいのある小さな家々。道のかたわらにたった一本たたずむ林檎の木。村全体を包み込む優しく穏やかな空気。家も、道も、人も、なにも変わらない。
音がする。村の井戸で、水をくみ上げる音だ。匂いがする。母の作ってくれた、温かなスープの匂いだ。
村を離れていたのはわずかな期間であったはずなのに、もう何年も帰っていなかったような気がする。
それほどに、懐かしくいとおしい風景。
「……エフィ?」
呼ぶ声がしてエフィミアが振り向くと、少し離れた場所で栗色の髪の少年がこちらを見て立ち尽くしていた。
「エフィ、だよな」
村を出るとき最後に見たのと同じ顔に、エフィミアは思わずその名前を叫んでいた。
「カイル!」
少年は驚き戸惑い状況が理解できないようすだったが、すぐに駆け寄ってきて、気づくとエフィミアは彼に抱き締められていた。
「エフィ。本当に、エフィだよな」
エフィミアもカイルの背中に腕をまわして抱き締めると、彼の言葉に何度も頷いた。
「そうよ、あたしよ。ちゃんと帰ってきたわ」
カイルは少しだけ体を離して顔を確認すると、もう一度きつくエフィミアを抱き締めた。
「エフィ――エフィ、よかった……みんな、ずっと探して……」
今にも泣き出しそうなカイルの声に、エフィミアはそっと彼の髪を撫でた。
「心配かけて、ごめんね。大丈夫、あたしはここにいる。ここにいるわ」
カイルは確かめるように何度もエフィミアの名前を呟き、エフィミアは何度でも返事をした。エフィミアのことが好きだと言った、年下で幼馴染みの少年。
ずっと、彼に会いたいと思っていたことに、今さらながら気づいた。笑って、泣いて、ずっと一緒に育ってきた彼のことが、エフィミアは大好きなのだ。だって、またこうして会えただけで、こんなにも喜びがあふれてくる。
見た目がいいからとか優しいからとか、そんなものではなくて。ただこれからもカイルとずっと一緒にいたいと、心の底から思える。
少ししてカイルは落ち着いてはきたが、決してエフィミアを放そうとはしなかった。手を放したら、またどこかへ行ってしまうとでも思っているかのようだ。
「本当に、ずっと探してたんだ。どこに行ってたんだよ。髪もこんなに短くなっているし……一体なにが、どうして……」
エフィミアは思い出す眼差しで目を細めると、カイルの瞳を覗き込んだ。
「あのね、いろんなことがあったの。本当にいろんなことが――」
エフィミアが語るような口調で言うとカイルはまた涙ぐんだが、眉間に力を入れて泣くのを堪えた。
「もう、どこにも行かないでくれ。頼むから、おれの手の届くところにいてくれ」
「どこにもいかないわ。あたしも、カイルが好きだもの」
エフィミアはカイルの栗色の髪をそっと撫でて、触れるだけのキスをした。
唇と唇は触れ合った瞬間、カイルは肩を跳ねさせて一瞬だけ硬直したが、すぐに感極まったように力いっぱいエフィミアを抱き締めた。額を重ねて見詰め合ってから、今度は彼の方からぎこちない口づけが返される。
「エフィ……おかえり」
ああ、と。エフィミアは思った。
(あたし、帰ってきたんだ……)
実感した途端、涙がこぼれた。
「ただいま」
☫
竜朝暦二七三年十一月、十七代国王ルーファンス死去。
治世六月。享年十八。ドラディア最後の王なり。
三人の竜は、囚われ乙女の胸に沈む ― Dragon heart ― 完
「村だわ、オロデン村が見えてきた!」
身を乗り出すエフィミアを、アレクスはさりげなく腕で押さえた。
「はしゃぎすぎるな。こちらは本調子じゃあないんだ」
「分かっているわよ。でもあたし、やっと帰れるのよね。みんな元気かしら」
本当に分かっているのか、今にも竜の背中で跳ね回りそうな勢いのエフィミアに、アレクスは小さくため息をついて苦笑した。
今朝早く、アレクスは愛騎セスにエフィミアを乗せてローリア城を発った。もちろん、エフィミアを故郷に帰すためだ。ルーファンスは死に、白竜も姿を消した今、彼女を宮殿に留めておく理由はどこにもない。
王を失ったことで、これから王国全体が荒れてくることもあるだろう。機を逃がせば、きっと二度とエフィミアを故郷に帰してやれなくなる。だからアレクスは、傷をおしてあえて竜を出した。巻き込んだ彼女への、せめてもの罪滅ぼしだと彼は考えていた。
遠くの山間に見え隠れしていた集落が少しずつ近くなり、やがて全容を明らかにした。
木造の家の並びは煙突から白煙をくゆらせ、よく肥えた家畜たちは間延びした声で鳴き交わしている。畑の刈り入れが終わっている他は、記憶のものと寸分も違わぬ、エフィミアの生まれ育った村。
「裏手の山に降りる。あまり騒ぎは起こしたくはない」
「うん、いいわ」
「しっかりつかまっていろ」
「平気よ。もう三度目だもの」
エフィミアは得意げに笑ってみせ、アレクスも笑みを返しながら、そうだなと答えた。こうして二人で他愛ないやりとりをするのも、もうあとわずかだ。
地上に降り立つと、エフィミアは大きく深呼吸した。慣れ親しんだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、それだけで気分が晴々とした。生まれたときからずっと知っている、ルベル山の匂い。
すべては、ここから始まったのだ。
初めて白竜を見たのも、竜の心臓を宿すことになったのも、アレクスと出会ったのも、この場所だった。
前に見たときには空に映えていた木の葉が、今はすべて落ちて足元を彩り、時を思わせる。冷えた空気に、エフィミアは無意識に上着の襟を掻き合わせた。
寒くて当たり前だ、この辺りの冬を迎える準備はもう終盤に差しかかろうという季節なのだから。もう間もなく、本格的に寒気が流れて込んでくることだろう。
不意に肩を抱かれて、エフィミアはかたわらに立つ若者の顔を見上げた。彼は柔らかな瞳で、エフィミアを見ていた。
エフィミアはほほ笑むと、アレクスにそっと身を寄せた。服の生地越しに伝わってくる彼の体温が、心地よく温かい。
「この辺りは冷えるな」
「うん」
「……体を冷やす前に、早く帰ったほうがいい」
エフィミアはアレクスを見上げた。わずかに遅れて視線を下ろした彼は、感情の読めない無表情をしていた。
「アレクス……」
名前を呟くと、エフィミアは大胆にもアレクスにひしと抱きついた。彼が息をのんだのが分かったが、これが今のエフィミアにできる一番の感情表現だった。
「エフィ……」
ためらうようにゆっくりと背中に腕がまわされ、抱き締められるのをエフィミアは感じた。
思いやりにあふれた彼の腕を感じられるのも、きっとこれが最後だ。それを思うとどうしても、寂しさが胸に忍び込む。
「一緒に来ればいいのに」
無理だと分かってはいるけれど、エフィミアはかすかな期待を込めて言ってみた。ぐっと、抱き締める腕に力がこもる。
「わたしにはまだ、やるべきことがある。それにここは、わたしのいるべき場所ではない」
静かなアレクスの声に、エフィミアは胸の詰まる思いで彼の黒い上着の生地をつかんだ。
「分かってる。分かってるけど……」
「……寂しいのは、君だけではない」
アレクスは静かに言うと、額にキスだけしてエフィミアから離れた。エフィミアはまだ離れたくはなかったけれど、じっとその場に立っていた。
エフィミアが見詰める前で、アレクスは赤い竜の背中に跨がり姿勢を正した。
「アレクス」
飛び立つ準備ができたところでエフィミアが呼びかけると、アレクスは静かな眼差しをこちらに向けた。
少し間を置いてから、エフィミアは呟くように言った。
「これからドラディアは、どうなるのかな」
エフィミアの問いに、アレクスはやや目を細める。
「分からない。きっとこれからのことは、誰にも見えていない」
「……そっか」
エフィミアは沈んだようにうつむいたが、次に顔を上げたときには明るく笑ってみせた。
「アレクス、ありがとう。元気でね」
すると、アレクスも目元をなごませてエフィミアを見た。
「君も、いつまでも今のままで」
エフィミアは腰に手を当てて、軽く胸をそらせてみせた。
「あたしは何年経とうが、おばさんになろうが、おばあちゃんになろうがあたしのままよ――セスも、元気でね」
最後に軽く背中を丸めて言えば、セスは答えるようにほえた。エフィミアは満面の笑みを浮かべてもう一度、真正面からアレクスを見た。
「それじゃあ、さようなら」
「ああ」
アレクスはちらりとだけ笑ってセスの手綱を握り、すぐに騎竜隊長の顔になった。
「行こう、セス」
アレクスは低く囁き、セスはうなりとともに翼を広げ、一気に空へと飛び立った。
周囲が風に舞い上がる黄色い落ち葉に彩られ、どこまでも高い真っ青な大空を、赤い竜が駆けていく。いくつもの鮮やかな色に包まれながら、エフィミアの瞳はひたすらにその中の赤を追いかける。
思い出す、すべてが始まったあの日を。それから、いくつものできごとを。短い間に、エフィミアは色々なことを知った。これまで知らなかったこと、知ろうとしていなかったこと、全部が今はエフィミアの中にある。
なにも明かさずに消えた竜。
闇から逃れられず果てた王。
王の忠臣であり続けた騎士。
思い返せばすべてが切なく悲しいものばかりだったこの出会いを、忘れることは決してないだろう。もしかしたら、今はつらくても時が経てば、思い出として話せる日も来るかもしれない。だから大切にして行きたい。今の、この気持ちを。
エフィミアはくるりと体の向きを変えると、若鹿のようにしなやかに山の斜面を駆け出した。
家に、帰るために。
胸の高鳴りが抑えられない。速く、もっと速くと気持ちが体をせかす。見慣れた景色、体に馴染んだ風を切る感じ。この感覚を、ずっと求めていた。
木々の合間に人家が見えて、エフィミアの足はさらに速くなった。
もうすぐ会える、大好きな故郷の人たちに。茂みを抜けるともうそこは、エフィミアの産まれたオロデン村だ。
エフィミアは目の前に広がる景色に見入るように、一度足を止めた。ずっと走ってきたせいで、息が乱れている。それでも苦しさは感じなかった。
古びて味わいのある小さな家々。道のかたわらにたった一本たたずむ林檎の木。村全体を包み込む優しく穏やかな空気。家も、道も、人も、なにも変わらない。
音がする。村の井戸で、水をくみ上げる音だ。匂いがする。母の作ってくれた、温かなスープの匂いだ。
村を離れていたのはわずかな期間であったはずなのに、もう何年も帰っていなかったような気がする。
それほどに、懐かしくいとおしい風景。
「……エフィ?」
呼ぶ声がしてエフィミアが振り向くと、少し離れた場所で栗色の髪の少年がこちらを見て立ち尽くしていた。
「エフィ、だよな」
村を出るとき最後に見たのと同じ顔に、エフィミアは思わずその名前を叫んでいた。
「カイル!」
少年は驚き戸惑い状況が理解できないようすだったが、すぐに駆け寄ってきて、気づくとエフィミアは彼に抱き締められていた。
「エフィ。本当に、エフィだよな」
エフィミアもカイルの背中に腕をまわして抱き締めると、彼の言葉に何度も頷いた。
「そうよ、あたしよ。ちゃんと帰ってきたわ」
カイルは少しだけ体を離して顔を確認すると、もう一度きつくエフィミアを抱き締めた。
「エフィ――エフィ、よかった……みんな、ずっと探して……」
今にも泣き出しそうなカイルの声に、エフィミアはそっと彼の髪を撫でた。
「心配かけて、ごめんね。大丈夫、あたしはここにいる。ここにいるわ」
カイルは確かめるように何度もエフィミアの名前を呟き、エフィミアは何度でも返事をした。エフィミアのことが好きだと言った、年下で幼馴染みの少年。
ずっと、彼に会いたいと思っていたことに、今さらながら気づいた。笑って、泣いて、ずっと一緒に育ってきた彼のことが、エフィミアは大好きなのだ。だって、またこうして会えただけで、こんなにも喜びがあふれてくる。
見た目がいいからとか優しいからとか、そんなものではなくて。ただこれからもカイルとずっと一緒にいたいと、心の底から思える。
少ししてカイルは落ち着いてはきたが、決してエフィミアを放そうとはしなかった。手を放したら、またどこかへ行ってしまうとでも思っているかのようだ。
「本当に、ずっと探してたんだ。どこに行ってたんだよ。髪もこんなに短くなっているし……一体なにが、どうして……」
エフィミアは思い出す眼差しで目を細めると、カイルの瞳を覗き込んだ。
「あのね、いろんなことがあったの。本当にいろんなことが――」
エフィミアが語るような口調で言うとカイルはまた涙ぐんだが、眉間に力を入れて泣くのを堪えた。
「もう、どこにも行かないでくれ。頼むから、おれの手の届くところにいてくれ」
「どこにもいかないわ。あたしも、カイルが好きだもの」
エフィミアはカイルの栗色の髪をそっと撫でて、触れるだけのキスをした。
唇と唇は触れ合った瞬間、カイルは肩を跳ねさせて一瞬だけ硬直したが、すぐに感極まったように力いっぱいエフィミアを抱き締めた。額を重ねて見詰め合ってから、今度は彼の方からぎこちない口づけが返される。
「エフィ……おかえり」
ああ、と。エフィミアは思った。
(あたし、帰ってきたんだ……)
実感した途端、涙がこぼれた。
「ただいま」
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竜朝暦二七三年十一月、十七代国王ルーファンス死去。
治世六月。享年十八。ドラディア最後の王なり。
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