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第一章

第二節 物語は未だ好転せず3

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 膝は崩れ落ち、無力感に全身うち震える感覚が止まらない。
 決定的なミスをした。絶対に選んではいけない選択肢を選んでしまった。
 その自責の念が、無理に動かし続けてきた体に追い討ちをかける。
「く……そ…………」
 絞るように喉の奥から声が漏れ出た。もはや追い付くことも叶わない。その事実が体を縛り続ける。

 ガシャリ……

 一狼の慙愧の念とは裏腹に、傀儡と化した騎士達五人はその剣をゆらりと一狼へ向ける。
「あぁくそ、イラつくなぁ……」
 うつむいたままに、ただふるふると僅かに肩が震える。ひどく客観的に自分が見えた。
「感傷に浸るのも許さねえってか……?」
 自分がここまで感情を抑えられないことがよく見えた。
 それはいつぶりだったか……
 騎士は既に全員剣を振り上げていた。
「……いいぜ。どうせ『見えてん』だ。素直に引導渡してやろうじゃねぇべや?」
 これまでにないほどに冷たい声が漏れでた。怒りの振りきれた音が脳内に響く。
 どこまでも自己完結で終わる会話は耳を持たない騎士には届かない。届くはずがない。
 空気を裂く五つの烈風が一狼へ降りかかる。
 うつむいたままに、その体が爆発する一瞬前。

 ヴン!

 空気ではなく空間を割るような不可思議な音が大地と平行に駆け巡った。
「!?」
 瞬間起き上がるのを止めた一狼は見た。鮮血のように赤く、炎のように紅い光の迸りを。
「愚か者共め!死してなお騎士の誇りを守り抜くがヘルグニカの誉れであろうがよ!」
 それは十数メートル先より放たれた。まるで命を蒸発させるような烈火の激痛を与えるもの。
「てめー生きてやがったか……」
 アスピス・ランザスカイである。

「ほざくな虫ケラ。この期に及んでまだ愚弄するか」
「あ?」
「私がわからぬと、判別つかぬと思ったか?あの時あの瞬間に、僅か手心加えたことを」
 言いながら立ち上がるアスピス。その姿はひびだらけの鎧が腰からしたにあるだけで、上半身は僅かに残ったインナーが腕から肩にかけて残るのみである。剣を持つ手も血だらけの皮の剥けた素手である。
 姿勢を整えつつ横目に一狼を視線で制す。
 それでやっと頭に血が上りすぎていることに気がついた。
「……別にそんなつもりはねーよ。因縁つけてんじゃねー」
 そこで一狼も立ち上がる。
(ちっ、情ねー。こんなことで取り乱しちまうとはな)
 そう、今はそんなことを行っている時間も惜しかったのだ。
 思考が落ち着くのがわかる。やっとフラットな状態になったと。
「で、どうすんだ?ビキニを取り戻ーーホバァッッッ!?」
横から容赦のない斬撃がくりだされる。慌てて避けるも、髪が数束もってかれたのを一狼は見た。
「てめ……なんのつもりじゃぼけえ!!!」
「それはこっちの台詞だなぁ虫ケラぁぁぁ?」
 そういうと改めて剣を構え直すアスピス。
「一度勝利しただけでなぜそこまで増長できる?敵を生かすというのはそういうことだろうがよ」
「いや待てよお前、おま……普通こういう場面じゃ『仕方ない、ビキニ様を救うまで一時停戦といこう』ってパターンじゃないのかよ!?」
「ふん、あんな野党どもなど急ぐこともない。私一人で即座に殲滅できる。貴様を殺したあとでも十分になぁ。何を訳のわからんことを抜かすかごみ虫めが」
「あークソだお前!せっかく好感度爆上げイベはいってんのに無駄にしやがったなてめー!そんなんだから三下キャラ口調が復活してんだヴぁーか!」
 内心ワクワクしていた敵との共闘シチュをあっさり壊された一浪はアスピスの殺意敵意よりその空気の読めなさに地団駄踏みっぱなしであった。
「ふん、敵にかける温情とはすなわち自身の首を絞める甘さだと知れ愚か者がぁ!」
 そして空気を読まずに放たれるアインツヴァルベ。この男の命を助けたことに心底後悔しながらも一狼は満身創痍の体を引きずりながら臨戦態勢に移行する。
 そう、その一刹那である。

ーー矛を納めなさい愚か者ーー

 透き通るような、澄みきった声だった。
 まるで地面から湧き出る清水の如く滑らかに響いた声色は中性的で、声変わり前の幼さが特徴的だった。
「……な!?」
 そしてその一声が辺りを包んだとき、アスピスの剣閃は水にとけるように霧消していった。
 その光景に一狼は思わず息を飲む。自分でも不思議に思う感覚。
 不意に現れた人間にたいして一切の警戒をいだけない。この自分がである。
 そこには、少女とも取れる容姿の少年が立っていた。
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