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学園編
20.雨の日
しおりを挟む学園へ来てから始めの数日間は色々あったけれど、生徒会の仕事が始まってからは忙しさからかあっという間に時間が過ぎた気がする。
気付けば入学して早くも一月が経とうとしていた。
学園生活は毎日特に変わらず、授業と生徒会活動の繰り返し。
起きたらすぐに登校の準備をして、学校へ行ったら勉強をして、放課後の用事が終われば寮に帰って授業の復習、そして早めに寝る。
公爵邸に居た時とは環境も習慣も随分変わったけれど、どうやら人間の順応力というものは自分で思っているよりも優れているらしい。
気付いたらシモンの子守唄がなくても眠れるようになっていたし、兄様達と過ごす時間がないことへの違和感も徐々に薄れていった。
数日も経てば学園生活にもかなり慣れてきて、今日も僕はきっちり決めた時間通りに目を覚ました。
「んー……むぅ」
涎を拭いつつ、まだぽけーっとぼやけた視界のままリビングへ向かう。
自室の扉を開けるとすぐに美味しそうな匂いが漂ってきて、その匂いに誘われるようにしてハッと意識が覚醒した。
「フェリアル、おはよう。朝飯もう出来てるから食え」
「おはようローダ、今日も朝ご飯ありがとう……あとごめんね。いつも朝ご飯つくってもらっちゃって……」
「気にするな。俺がフェリアルに食わせたくて勝手に用意しているだけだ」
ローダがテーブルに用意してくれていた、今日もシェフの料理みたいに素敵な朝ご飯を見てガックシと肩を落とす。
特に取り決めをしたわけじゃない。
それなのに、ローダは初めから当然のように僕のご飯を作ってくれた。
僕が気付かない内に掃除や洗濯までこなしてくれて、僕としては生活のことで何かしたことは一度もない。
申し訳ないとは思うけれど、ローダがあまりに有能すぎて先回りすることも出来ないのだ。
生徒会長に全ての家事を負担させ、あまつさえ護衛までしてもらって悠々自適に過ごす英雄……なんというか、完全に悪役っぽい。
「むぐ……む!今日もおいしい、すっごくおいしいよローダ!」
「そうか。それはよかった」
とはいえ今日も先回り出来なかったことを悔やむ時間もないので、普通にいつも通りローダが作ってくれた朝ご飯を堪能することに。
今日は卵ひたひたなふわとろトーストで、温かいそれのてっぺんには冷たいアイスがのっている。
もう美味しいに決まっている、と思いながら食べ始めると、案の定本当に美味しすぎて笑みが零れた。
「むぐむぐ、むぅ、おいしい……ごめんねローダ、もぐ、僕も家事はなにかひとつくらい、もぐもぐ、きちんとやるから……!」
絶品トーストをむしゃむしゃと平らげながら言うと、ローダはきょとんと首を傾げた。
「……?別にフェリアルは何もしなくていい。護衛として、俺が責任を持ってフェリアルの世話をする」
それはもう護衛の域を越えてしまうのでは……。
サラッと人をだめにするタイプのローダになんともいえない表情を向けつつ、僕はいそいそと登校の準備を始めるべく動き出した。
***
その日も特に何事もなく時間は過ぎ、あっという間に放課後になった。
今日は生徒会の集まりも特にないので、まっすぐ寮に帰って授業の復習でもしようか。
そんなことを思いながら玄関まで下りて、ふと気が付いた。
「あ……雨だ」
ぽつぽつ、と軽く滴ってきたかと思ったそれは、数秒も経てばザーザーと土砂降りの雨に変わった。
あまりに突然すぎる変化だし、通り雨か何かだろうか。それなら少し待てば止むかな……と考えてハッとした。
「お手紙……!」
鞄の中を覗いてあわあわと青褪める。
先週兄様たちから手紙が届いて、けれど生徒会やら勉強やら色々と忙しかった僕は、手紙を返すのがすっかり遅れてしまった。
二日前に過剰な心配の色が滲む催促の手紙が届いて、これは下手をすれば二人して学校に突撃してくる勢いだ、と冷や汗を垂らしたことを思い出す。
今日の配達は数週間に一度の早馬だから、今日を逃せば手紙が向こうに届くのは早くても三日後。
それまで兄様達が我慢していられるとは思えない。手紙は絶対に今日送らないと。
でも早馬で送る場合、ポストの受付時間は通常と違って早いから……記憶が確かなら、もうすぐで受付時間が終了してしまう。
「ぐぬ……しょうがない、走ろう」
運悪く傘もないから、ここを出れば全身が濡れてしまうのは言うまでもないけれど。
でも、手紙はどうしても今日出さなきゃいけないから。
そう、だからしょうがない。内心言い訳を連ねて、僕は土砂降りの中を一気に駆け抜けた。
駆け抜けたといっても、僕の絶望的な体力の無さでは早々に力尽きて、結局最後ら辺は雨に打たれながらとぼとぼ歩くはめになったけれど。
「──はぁ、はぁ、間に合った……」
寮へ着くとちょうど馬が出るところで、ポストではなく配達のお兄さんに直接手渡す形になってしまった。
どうやらいつもならもう出ている時間だけれど、雨のせいで出発が少し遅れたらしい。
土砂降りを前にした時は運の無さに落ち込んだけれど、もしかしたら僕は逆に運が良かったのかも。
なんてポジティブに考えながら部屋へ帰ろうとして、ふと新たな問題に気が付いてしまった。
「……あ、あれ?ブローチ、ブローチがない……?」
鞄を見下ろした時、直感で抱いた違和感。
その正体にすぐさま気付いてぎょっとする。いつだったかローズから貰ったブローチを鞄に付けていたのだが、なぜかそれが見当たらない。
僕は通り過ぎようとしていたロビーの前で立ち止まり、ギギギ……とロボットみたいにぎこちない動きで外を見た。
「……」
ザーザー、ザーザー。
降るというよりは、もう叩き付けるといった方が正しい土砂降りを見て力が抜ける。
「……ぐぅ」
分かっている。絶対、落としたに違いない。
大粒の雨が吹き荒れる、この外のどこかに。
「探さなきゃ……」
あれはローズからもらった大切なものだ。諦めるなんて選択肢はそもそもなかった。
とりあえず落ち着いて傘を用意する……なんて発想をする前に、僕は衝動のまま外へ駆け出した。
とにかく学校までの道を辿ってみよう。
まずそのどこかにあると考えていいはずだ。僕は下を向いたまま走った。
そして嫌な予感とは裏腹に、落としたブローチを数分も掛からずに発見した。
「あ、あった!」
キラキラとよく輝いて、かなり目立つブローチだったからだろうか。
雨で視界がままならない中でもすぐに見つかったことに安堵して、特に何も考えずそれに手を伸ばす。
その瞬間、指先に鈍い痛みが走った。
「っ、いた……ッ」
突然の痛みに顔を歪める。
ぱっと手を引っ込めて痛みの箇所を確認する。そして、思わずため息を吐いた。
どうやらブローチの針の部分が刺さったらしい。
あまりよくないところに刺さってしまったのか、指にしては血が多く流れてしまった。
何はともあれ、早く寮へ戻って手当てをしなきゃ。
短時間とはいえ雨に濡れて身体もだいぶ冷えてしまったし、未だに血の止まらない指先がジンジンと痛んで気持ち悪い。
ぱっと立ち上がって踵を返す……その時だった。
「フェリアル様?」
ドクン、と鼓動が音を立てる。
一切の気配もしなくて驚いたから、それもあるけど、それだけじゃない。
ブローチを探そうと飛び出した時の、あの謎の嫌な予感はこのことだったのかも。
僕はゆっくりと振り返って、僕と同じく傘もささずに雨に打たれていた彼を見つめ返した。
「……ブレイド」
紫の瞳には相変わらず光がなくて、何を考えているのかまったく読めない。
けれど、その瞳が真っすぐに僕の指を……血が流れるそこを見つめているのだけはよく分かった。
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