387 / 423
学園編
26.侍従と公爵令息
しおりを挟むシモンには敵わないと悟ったのか、その後のローダの諦めは早かった。
常にブレイドへ警戒の目を向けつつも、僕がまぁまぁとりあえず座ってと誘導すると、ローダは大人しくソファに腰かけてくれた。
そうして、その間にかくかくしかじかと説明をすることしばらく。
ブレイドの噂に関する真実と、ローズの件について。全てを話し終えると、静かに話を聞き終えたローダは難しい表情で黙り込んだ。
「という、わけなんだけれど……あの、ローダも、ローズの腕の麻痺が治ったら、うれしいでしょ?だから、できれば協力を──」
「信用出来ない」
「へ?」
協力をお願いしようとしたけれど、ふとローダが僕の言葉を遮った。
予想外の言葉に首を傾げる。信用出来ないって、何を?誰を?
ぱちくりと瞬く僕をよそに、ローダは眉を顰めてブレイドを睨み付けた。一方のブレイドは、ローダから向けられる険悪な感情にも至って動じていない様子だ。
「親の不始末に責任を持つ姿勢は尊重する。だが、俺はお前を信用出来ない」
「……どうしてか伺っても?」
ブレイドが静かに尋ねる。
ローダは睨み付ける視線を更に強めると、疑心暗鬼な声音で語った。
「お前が狂人だからだ。口ではそう言うが、実際はローズさんの血を狙っている可能性も否定出来ない」
「ッ……ローダ!」
思わず二人の会話に割り込んでしまった。
けれど、それも仕方ないだろう。流石に今のは言いすぎだ。ブレイドだって、学園で流れている噂には心を痛めているのに。
血に昂りを感じてしまうのはあくまで本能であって、ブレイドの意思じゃない。
そう説明したはずなのに。僕がローダを窘めるより先に、ローダは先のセリフを続けた。
「以前見た。お前が動物の血を啜っているのを」
「……へ?」
「……」
思わずポカンと間の抜けた表情をする。
カチコチに固まる僕の向かいでは、ブレイドが何やら気まずそうに顔を背けた。
「先日の昼休みのことだ。お前は校舎裏で、敷地内に迷い込んだ野生の兎を手に掛け、傷口から血を啜っていた」
「…………」
「その後もリス、鳥、果ては蛇の血まで。お前は目に映る全ての生物の血を堪能すると、あろうことか恍惚とした様子で股間を昂らせていたな」
「…………」
「俺は噂などに興味はない。この目で見た事実に基づいて評価を定める。ブレイド・ウォード、お前は事実として狂人だ。故に、俺はお前を警戒していた」
怒涛のありえない暴露に呆然と固まることしか出来ない。
いや、なんというか、その、あまりに妥当すぎる理由だ。
そりゃあローダからしたら、めちゃくちゃブレイドを警戒してもおかしくない。さっきブレイドに襲いかかったのも、たぶん純粋に僕を守るためだったのだろう。
僕はブレイドの友人で、どんなことがあろうと友人で在り続けると決めた。
だから、今の話を聞いても恐れはしない。けれど、それとこれとは別だ。
ブレイドさんね、こういうことは事前に話しておくべきじゃありませんのかね。
「ローズさんの左腕を解毒出来るという話は願ってもない。しかしあまりにもリスクが大きい。申し出は有難いが、お前を信用していい根拠がない」
それはそうだ、と反射的に頷いてしまった。
確かに、正直僕だってローダの立場なら悩むだろう。
ローダの懸念は尤もだ。でも、僕はブレイドの友達だから分かる。ブレイドは心からローズを救いたいと思っていることを。
だからこそもどかしい。
ローダにブレイドの誠意を分かってもらうためにはどうすればいいのか。
今のところ完全にブレイドが自分で自分の首を絞めているようにしか思えないけれど、協力すると決めたのだから中途半端な真似は出来ない。
「ローズさんが手紙に応えないのは、お前の情報を知っているからだ。あの人も警戒しているのだろう。俺が見た例の件も報告済みだからな」
あちゃちゃー、と頭を抱える。
なんてこった。ローズがブレイドを警戒しているというのは予想通りだけれど、さっきのとんでも暴露までローズに共有済みなのか。
それじゃあただでさえ慎重派のローズだ、ブレイドへの警戒心は並大抵のものではないだろう。
これはますます話が難しくなってきた……。
「……だが、協力はしてやる」
数秒の沈黙の末、ローダが渋々語った言葉にハッと顔を上げた。
「ほんとっ?ローダ、手伝ってくれるの……!?」
「私のことは信用出来ないのでは?」
もう完全に協力を拒む流れだったのに、どうして?
僕とブレイドが首を傾げると、ローダは短く溜め息を吐いて答えた。
「勘違いするな、信用など出来ない。だが、これはフェリアルの頼みだからな」
「……!」
ローダは僕に視線を向けると、冷徹な印象を受ける瞳を柔らかく細めた。
「ウォードは信用出来ないが、フェリアルのことは信用している。だから、あくまでフェリアルの頼みなら応える」
ローダの優しい声音に、思わず視界が滲みそうになった。
常に淡々としていてクールなローダだから、てっきりまだ全然距離が縮まっていないと思っていたけれど……どうやらそれは誤解だったらしい。
僕は自分が思っているよりも、ローダとの関係をしっかり深められていたようだ。
「ありがとうございます、ローダンセ・シュタイン」
「……なんだその呼び方は、気色悪い。シュタインでいい」
礼儀正しく頭を下げるブレイドに、ローダはちょっぴり複雑な顔をしながらも頷いた。
***
これで今度こそ一歩前進、と言っていいだろう。
相変わらず最難関の問題はローズをどう呼び寄せるかだけれど、ひとまずローダの協力を得られたのは大きい進歩だ。
ローダとブレイドの話も終わり、僕はブレイドをお見送りした。
そしてシモンに誘われ、ちょっぴり息抜きでもしようと人通りのない裏庭へ向かった。
「シモン、先生。お仕事は大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ。どうせ養護教諭の手をわざわざ借りるほど重傷を負う人間なんて滅多に現れませんし、戻っても暇なだけです」
もう水も出ていない、枯れた噴水の縁に二人並んで腰かける。
相変わらず適当なシモンの返答に苦笑したけれど、同時に少しほっとした。
今日は色々あったし、正直シモンと二人きりになれる時間がほしかったから。
「いやぁ。にしてもさっきの俺、めちゃくちゃ空気に同化出来てましたよね?しっかりお口チャック出来たので褒めてください!」
シモンがふと満面の笑顔で屈み込む。
なんだか撫でられ待ちをするグリードみたいで、あるはずのない耳と尻尾が見えた気がした。ブンブンと勢いよく揺れる尻尾が見える、見える……。
僕が「よしよし」と言いながら頭を撫でてあげると、シモンは嬉しそうに笑った。
それを見て、ふと胸の内にとくんと何かが込み上げる。
「……」
ぎゅっと胸の辺りを拳で握り締める。
僕の異変を目敏く察したシモンが心配そうに声をかけてきて、僕はとうとう耐えられなくなってぽつりと呟いた。
「あの……シモン、先生」
「どうしました?どこか痛いですか?苦しいですか?」
あわあわと心配した様子のシモンに微笑む。
へにゃりと眉尻を下げて、僕は困り顔でシモンに問いかけた。
「……シモンって、呼んでもいい?」
「っ!!」
シモンが大きく目を見開く。
いや、あまり改めて聞くようなことではないけれど。だって、ちょくちょくシモンのことは普通にシモンと呼んでしまっているし。
でも、そうじゃない。そういうことじゃなくて、明確な意思を持って、僕は公爵家のフェリアルとしてシモンとお喋りがしたかったのだ。
教師と生徒という、遠い関係での会話じゃなくて。
自分で学園内での関係を変化させた手前、ものすごく申し訳ないお願いだけれど……。
ドキドキしながら答えを待つと、やがて視界の端でシモンがぷるぷる震えるのが見えた。
「シモン……?って、わっ!」
突然むぎゅーっ!と強く抱き締められてびっくり仰天する。
「フェリアル様ぁ!」と号泣しながら叫ぶシモンを見て、僕はポカンと固まった後に思わず小さく吹き出した。
なんだ、シモンも僕と同じだったのか。
「ぐすんッ!俺ぇ!俺ずっと寂しかったんですッ!せっかくフェリアル様を追って来たのに!全然一緒に過ごす時間ないですしぃッ!」
「それは、そうだよ。だって、僕はお勉強があるし、シモンは先生だもの。生徒と先生は、あんまり一緒にいる時間とかないでしょ?」
「そんなの知らないですもんッ!ぶっちゃけ他のガキ共だってどうでもいいですしッ!俺はフェリアル様のお傍に居るために来たのにぃッ!」
教師としてはあまりにもメッ!なことを言っちゃうシモンだけれど、まぁ今回ばかりは見逃してあげよう。
荒ぶるシモンをよしよしと撫でたり抱き締めたりして宥める。
やがて落ち着きを取り戻したシモンは、僕の頭にうりうりと頬擦りしたままふと何やら思い出した様子で声を上げた。
「あぁ、そういえば……あの、さっきの話なんですけど」
「うん?」
頬擦りをやめて離れると、シモンはまだちょっぴり濡れている目元をハンカチで拭いながら続けた。
「例の解毒の話です。シュタイン伯爵を誘き寄せるのに良いタイミングがあるんですが」
ローズをおびき寄せる良いタイミング?
そんな都合のいいタイミングがあるのだろうか。ローダもブレイドも僕も揃って、しっかりとローズもおびき寄せることができる、そんなタイミングが……。
「……まさか?」
「そのまさかです」
シモンが笑みを湛えて頷く。
まさかとは思ったけれど、本当にそうなのか。シモンは校舎の方を指さすと、ふふんと胸を張って答えた。
「そう!文化祭です!」
既に色んな知り合いに誘いのお手紙を送っている学園の一大行事、文化祭。
当然、行事に誘う相手にはローズも含まれている。
これは確かに、シモンの言う良いタイミングかもしれない……。
これから着々と準備が始まっていく文化祭に思いを馳せ、僕とシモンはひそひそと秘密の作戦会議を始めるのだった。
721
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。