余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

文字の大きさ
185 / 405
【聖者の薔薇園-開幕】

226.前夜

しおりを挟む
 
 路地を進んだ先には、少し開けた公園のような場所があった。古ぼけた木柵とベンチが二つ、薄明かりの街灯が一つ。僕達以外には誰もいない。
 そこに辿り着いたライネスが僕を下ろし、柵のところまで手を引いて進む。見下ろすと下町の街並みが見えて、所々にぽつぽつと光る灯にぱちくりと目を丸くした。


「ライネス。ここにもぐもぐあるの?」

「もぐもぐはないよ。良いものがあるから、それを見せてあげる」


 はっ!そうだった、もぐもぐはないんだった…。さっきまで寝惚けていたせいで忘れていた。恥ずかしいのぅ…ふすふす…。

 頭のてっぺんから湯気ぷしゅーしながら真っ赤な頬を冷ましていると、不意にライネスが「そろそろかな」と呟いて空を見上げた。
 きょとんとしながらそれに続いて、ライネスの隣にちょこんと並び僕も空を見上げてみる。
 視界に映っているのは真っ暗な夜空だけだけれど、一体どこに良いものがあるのだろう。ぱちくりしながら待っていると、やがて目下に見える街から歓声が微かに聞こえてきた。

 なんだなんだ、何が始まるのだとそわそわすると、ライネスに手をむきゅっと握られ硬直する。
 そわそわが収まった瞬間何かが地上から空高く上がっていき、やがて大きな音を立てて視界いっぱいに鮮やかな花が咲いた。


「……!」


 ぴしっと固まりながら目を瞬く。柵に両手を添えてほんの少し身を乗り出し、わっと見開いた瞳をじーっと空に向けた。

 二つめ、三つめ。瞬く間に増えていく大輪の花。ぽかんと口も目もあんぐり開いて見つめていると、ふとライネスにひょいっと抱き上げられた。
 どうやら無意識に柵から大きく身を乗り出してしまっていたらしい。むぎゅっと大人しく抱えられながらも花からは決して視線を逸らさず、はわ…と声にならない声を紡ぎながら手を伸ばす。


「……きれい」


 一つ前の人生。当時兄だった人たちと双子の弟が、夏になるとよく庭先でこれより小さなものを楽しんでいた。
 手に持てるもので、小さいけれど、窓から見下ろして見るだけでも綺麗だということはよくわかった。僕はやったことが無いし、間近で見たこともない。記憶は薄らとしか残っていないけれど、それでも。

 朧げに残る数多の人生の記憶。その中からぽつぽつと蘇る、空に咲く花の思い出。
 そうだ、手を伸ばしても届かないんだった。不意に思い出して腕を下ろし、ライネスにむぎゅっと抱き着いた。


「この場所、見晴らしが良いけどあまり知られていないんだ。人混みの中だと酔ってしまうかもしれないから、フェリにこれを見せる時はこの場所に誘いたくて…って、フェリ?」


 穏やかに話していたライネスの声がふと途切れる。肩に顔を埋めてしょぼんとする僕を不思議に思ったのか、ライネスが「大丈夫…?ここ嫌だった…?」と心配そうな声で尋ねてくる。
 それに力無く首を横に振って、抱き着く力を更にむぎゅーっと強めた。ライネスは戸惑いながらもそれに応えるようにむぎゅーを強くして、背中をぽんぽん撫でてくれる。

 ほっぺにふにゅっと手を添えられ持ち上げられると、嫌でも顔が上がってライネスと視線が合ってしまう。たちまち大きく見開かれた金色の瞳を見てしょぼぼんと眉が下がった。


「なっ…どうして泣いてるの…っ?」

「ん、うぅ…む、わからない…」


 ぐすぐすすると視界が滲んで、ライネスのびっくり顔がぼやけて見えなくなる。

 聞かれても、分からない。どうして泣いているのか分からない。唐突に過去の人生の記憶を思い出してしまったからなのか、それとも別の何かに胸が痛んだからなのか。
 ただ、悔しい。それだけは確かだ。僕は今まで数多くの人生を経験して、その全てできっと大切な人に出会って、そして奪われてきた。もしかしたら、今ライネスと見ているように、その人と空に咲く花を眺めることが出来たかもしれないのに。

 けれどこの実感は進歩の証でもある。今世では大切な人と見ることが出来た。これは以前までの人生に比べると大きな進歩だ。
 僕はまだ奪われていない。まだ希望はある。一度目の人生を、百度目の今回では変えられる。その確信を得た。隣に立つライネスがその証拠。

 こんな些細なことで前世の後悔を思い出すなんて。僕はまだ、もう戻らない空虚な人生を忘れたくはないのだろうか。捨てきれないのだろうか。
 たったひとつ前の人生の記憶すらもう曖昧なのに。確かに覚えていることと言えば二人の兄がいたことと、双子の弟がいたという事実だけだ。
 それでも、後悔は確かに覚えている。顔も名前も朧げな過去の兄達への、何とも言えない複雑な愛情を今でも覚えている。それは良いことなのか、酷く虚しいことなのか。


「ライネス…」

「うん。私はここにいるよ」


 ぎゅっと抱き着く。そうすると、ぽかぽか暖かい抱擁が返ってくる。
 今となっては何でもないこのやり取りが、本当はとっても貴重で奇跡的なことなんだって。絶対に忘れてはいけない。改めてそれを思い知った。


「きれいだね」


 ふわりと頬を緩める。ライネスの瞳が一瞬見開かれて、すぐにふわっと綻んだ。
 まだ微かに滲んだ視界では分からない。その金色の瞳には、僕の表情がどう見えているのだろう。
 ぎゅうっと強く抱き締められて、ライネスの肩にぐっと顔が埋まる。花が見えないなぁときょとんすると、不意に耳元に吐息がかかった。


「フェリ、私は…──」


 何処か切実な色が籠る声。瞬いた直後、その声は雷鳴のような音に遮られた。
 びくっと体を震わせながら「はわっ…!」と声を上げる。咄嗟の動きだろうか、ライネスが僕の耳をぐっと手のひらで覆って、雷鳴が聞こえた方角を見据えた。
 その視線につられて振り返り、見えた光景に大きく目を見開く。

 天から一本の糸が垂れるように、輝く一筋の光がとある一点に伸びていた。
 その先にあるのは、全体が真っ白で神秘的な外観をしている建物。光属性を生んだマーテルの像が祀られる帝都唯一の場所、大神殿だった。

しおりを挟む
感想 1,714

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話

上総啓
BL
何をするにもゆっくりになってしまうスローペースな会社員、マオ。小柄でぽわぽわしているマオは、最近できたストーカーに頭を悩ませていた。 と言っても何か悪いことがあるわけでもなく、ご飯を作ってくれたり掃除してくれたりという、割とありがたい被害ばかり。 動きが遅く家事に余裕がないマオにとっては、この上なく優しいストーカーだった。 通報する理由もないので全て受け入れていたら、あれ?と思う間もなく外堀を埋められていた。そんなぽややんスローペース受けの話

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。