余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

文字の大きさ
352 / 405
フェリアル・エーデルス

387.未来

しおりを挟む
 
 魔力の集合体は大抵が精霊である。
 身近な例を挙げるなら、それこそミアとか。誕生した精霊は主を求めて彷徨い、得た主が亡くなれば同時に消滅する。
 つまり、魔力の集合体とは未練そのもの。

 現世に何か遺したくても遺せなかったものがある者が、魔力の集合体を無意識に生んでしまうことが稀にある。
 そしてそれは、未練を果たすと大抵消える。

 これを教えてくれたのはグリードだった。
 様々な種族が混じって暮らす隣国では、精霊の存在も一般的に広まっていて、この知識も基本誰でも知っているレベルなのだとか。
 だからあの時、誰よりも早く気がついた。ユウマがただの猫ではなく、魔力の集合体であることに。

 隣国では、未練から生まれた魔力の集合体には無闇に触れないという暗黙の了解があるらしい。
 未練を果たして消えるのだから、引き止めてはならない。ただ黙って、未練をなくした者のこれからを祈る。
 そういう習わしがあったから、あんな行動に出た。あの時は混乱して怒鳴ってしまったけれど、あとから聞けば納得だ。
 グリードにはきちんとごめんなさいをして反省した。あの時グリードが止めてくれなければ、僕はずっとユウマを抱き締めて離せなかっただろうから。

 そして今。説明を聞いて話してを続けて、ようやく少しは冷静さを取り戻した頃。
 グリードとシモンは空気を読むみたいにそそくさと馬車を出て行き、中には僕とライネスだけが残った。心配だから公爵邸までついていくと言ったライネスの膝の上で、ちょこんと座って鼻を啜る。


「フェリ、少し落ち着いた?」


 ぽんぽんと頭を撫でられてこくりと頷いた。
 散々泣いたせいで真っ赤に腫れた目元を、ライネスが痛々しいものを見るように歪んだ顔で優しく撫でる。痛みはないから大丈夫だよと言っても「大丈夫には見えないから」と触れる手を止めない。
 本当に真剣そうな、心配そうな声と表情。それを見ると締め付けられていた心が緩んで、ふわふわと優しい安堵に包まれた。


「……ライネス。ぎゅ」


 今は何だか離れがたくて、膝の上で体の向きをくるりと変える。むぎゅ、と隙間なく抱きつくと、小さい呻き声の後にぎゅーっと強く抱き締め返された。


「やっぱり何かあったんでしょ?フェリがあんなに泣くなんて。ユウマと、何があったの……?」


 ユウマ、という名前がライネスの口から出たことに少し息を呑む。強ばった体を早々に解いて、答えに数秒迷った。
 迷った末に、隠すのはやめようと判断した。

 今はもう、僕はこの世界の人達と同じ。前世の記憶を少しだけ持って生まれた平凡な人間なのだ。なにか役を持っているわけでも、特別な人間でもなんでもない。
 未来に起こることなんて何も知らない、明日という日を毎日新鮮な感覚で待ち侘びる、ただの人間なのだから。


「……あのね、僕ね、大嫌いな人がいたの」


 不意にぽつりと語った言葉に、ライネスは心底驚いたように目を見開いた。
 無理もない。大嫌いな人なんて、突然そんな話を聞いてしまえば反応に困るだろう。気分を悪くさせてしまうかも。
 しまうかも、しれないけれど……それでも、今はどうか聞いて欲しい。他でもない、大好きなライネスに。


「僕は、その人のことが大嫌いで、いなくなっちゃえって思ってたの。そしたらある時ね、本当にいなくなっちゃったの」


 これまでのおよそ百回の人生でしてきた我慢をやめて、ふと本音を零した日。
 大嫌いな彼は最後まで僕への愛を叫んで、そして消えてしまった。消えた後も未練を遺すなんて、やっぱり彼は普通じゃない。
 普通じゃない存在なのだから、ある意味当然のことなのかもしれないけれど。

 彼が消えたことに僕はほっとして、もう何も考えないようにしようと無意識のうちに決意した。
 それが、僕の愛を欲した彼への復讐になるんじゃないかって、きっと心のどこかで思っていたのだ。
 そのうち僕の中から彼の存在が風化して、過去になることを望んだ。そうすれば復讐も出来るし、僕の心も楽になる。そう思って。そう思っていたけれど……。


「でもね、僕、わかっちゃったの」


 体が震える。それを察したらしいライネスが僕を抱き締める力をぎゅっと強めた。まるで、消えそうなそれを引き止めるみたいに。
 ついさっきの僕みたいに。


「何もなかったら、何をする気にもなれなかったけど……僕にはその人がいたから、生きようって思った。大嫌いな人が、僕の大好きな人を傷つけようとしたから、それを止めたくて……」


 何もない僕には、シナリオが全てだった。
 それがあったから、毎日目的を持って生きられた。大好きな人を守るために、大好きな人の家族を、幸せな未来を守るために。

 けれど、もう彼はいない。
 大嫌いで恨めしい、そんな彼はもうどこにもいない。僕の未来はもう不透明だ。その先の危機を避けようにも、未来が分からないのだからどうしようもない。
 今をただ、全力で生きるしかないのだ。


「っ、でも!そいつが居なかったら、フェリはそもそも何も無い人生なんて過ごさなくて済んだんじゃない……?」


 ぎゅうっと抱き締めてくるライネス。一応伏せて話していたのに、どうやら普通に悟られていたらしい。
 でも、そうか。僕がこんなにも嫌う存在なんて、考えれば一人しかいないのだから直ぐに分かる。


「……そうだね。でも、それもわからないよ。彼がいなかったら、普通の人生だったかもしれないけど……だからって、大好きな人に会える幸せな人生とは限らない」


 息を呑む気配に眉を下げて微笑む。
 これはもうパラドックスの一種になってしまうかも。それでも、可能性は同じくらいだろう。

 例えば彼がいることによって生まれた目的で、僕はライネスに出会う分岐を選べた。目的と先の記憶が無ければ、きっとライネスの家族を守ることは出来なかった。
 そうしたら、もしかすると今頃ライネスは一人ぼっちになって、僕は兄様達と平凡で幸福な人生を歩んでいたかもしれない。
 僕は、大好きな人の何でもない存在になっていたかもしれない。

 それを考え始めてしまうと、途端に大嫌いな彼の存在が大きく感じてしまう。


「大好きな人と会えたのも、今の幸せな人生も、あの人がいたからって考えたら……ぼく……」


 縋り付くように抱き締める。ライネスはそんな僕を絶対に離さないとばかりに受け止めて、優しく背中を撫でてくれた。


「僕、怖いの……もうあの人はいないのに、これからちゃんと、正しい人生を選べるかなぁ……」


 未来を何も知らないことが、こんなにも恐ろしいなんて。

 ごく普通のことだ。誰だって未来を知らない。けれど、僕は今まである程度を知っている状態で生きてきたから。
 何も知らないこの先の人生が突然怖くなった。
 大好きな人はすぐ傍にいるのに。


「……フェリ、人生ってそういうものだよ。だから私はいつだってフェリが心配で、会える時に会って、伝えられるときに気持ちを伝えようって思ったんだ」


 ふとライネスが呟く。その言葉に耳を澄ませて黙り込むと、心まで全部包み込むみたいにぎゅうっと抱き締められた。
 肩に頭を埋められて、長い黒髪が頬に触れて。その擽ったさを心地よく感じ始めたのは、いつからだったろう。


「何が起こるか分からないから、大切に生きるんだ。そうしたら、大好きな子から聞く言葉も全部、特別なものに思えるんだよ」


 もしかしたら、今だけの幸せかも。いつ何があるかなんて誰にも分からない。そんなことは、みんな承知の上で……。


「だから私も、大好きな子に伝える言葉はいつでも大切に言おうって決めてるんだ」


 ライネスが柔らかく微笑む。紡がれた言葉は、何故かいつものそれよりも心に響いた。


「フェリ。愛してるよ」

しおりを挟む
感想 1,714

あなたにおすすめの小説

気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話

上総啓
BL
何をするにもゆっくりになってしまうスローペースな会社員、マオ。小柄でぽわぽわしているマオは、最近できたストーカーに頭を悩ませていた。 と言っても何か悪いことがあるわけでもなく、ご飯を作ってくれたり掃除してくれたりという、割とありがたい被害ばかり。 動きが遅く家事に余裕がないマオにとっては、この上なく優しいストーカーだった。 通報する理由もないので全て受け入れていたら、あれ?と思う間もなく外堀を埋められていた。そんなぽややんスローペース受けの話

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

お子ちゃま勇者に「美味しくないから追放!」された薬師、田舎でバフ飯屋を開く

ファンタジー
現代日本から転生した味覚オタクの薬師ユージンは、幼い勇者パーティの“保護者枠”として命を守るため口うるさくしていたが、「薬が苦い」「うるさい」と追放される。 田舎ミズナ村で薬膳小料理屋「くすり香」を開いた彼の“バフ飯”は冒険者を覚醒させ、村を救い、王都の薬利権すら揺らす。 一方、追放した子どもたちはユージンの真意を知って大泣きするが、彼は戻らない──自分の人生を取り戻すために。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。