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一章
6.救世主1(ガウ視点)
しおりを挟む獣人は家畜同然の下賤な生き物。
生まれながらにして奴隷という身分を抱えて生きる獣人。私もまた、その下賤な生き物の内の一人だった。
虎獣人は身体が屈強で、尚且つ頑丈だ。殴られようが蹴られようが、弾を一発当てられようが、簡単に死ぬことはない。
頑丈さで言うと熊獣人などの方が上だが、虎獣人はそれなりに頑丈なことに加え、戦闘能力も高いことから、バランスの良い獣人奴隷として人気の部類だった。
故に、私は多くの奴隷市場や飼い主のもとを渡り歩いた。どの主もほとんどは私を肉壁として雇い、そのたび身体の傷は増えていった。
主達は溜まったストレス発散のために私の身体をわざと傷付けることも多かったが、それでも決して、獣人特有の耳や尻尾には触れなかった。
それは何故か。この耳と尻尾は、下賤な獣人としての一番の特徴だったからだ。
耳と尻尾が視界に入ることすら許さない飼い主もいた。それを映した目が汚れてしまうのだと、私を雇った全ての買い主が語っていた。
耳を髪に、尻尾を布の下に隠しながら、決して主達の手に触れぬよう警戒して生きる日々。しかし私はある日、とうとうその罪を犯してしまった。
あろうことか、主の御手に下賤な耳を触れさせてしまったのだ。
未だに顔に残っている、右目を縦に斬ったような醜い傷。
仕置きの際につけられたこの傷が出来てからは買い手も減っていき、やがて殺処分も間近であると思われた頃。
その日、私は主の肉壁として銃弾を受け、命からがら逃げだした後に倒れ込んでしまった。
獣人は頑丈だが、流石に急所に攻撃を受けるとその頑丈さも役には立たない。朦朧とした意識で倒れた場所は、よりにもよって“あの”ベルナルディ家、その別館の門前だった。
この国に生きる人間の中でも、格段に高貴と呼ばれるベルナルディ家。
そんな家の門前を下賤な獣人の血で濡らしてしまうとは。きっと見つかったら、これまでとは比べ物にならない罰を受けるに違いない。
……だが、もういい。そろそろ疲れた。ここで生を終わらせるのも良いだろう。
そう思った私は、諦観を宿した瞳をそっと閉じた。
そこに聞こえてくる足音。あぁついに、この苦痛に塗れた人生が終わるのか。湧き上がった安堵のままに息を吐いた瞬間、耳に届いたのは予想外の声だった。
『……もふもふの耳……まさか、獣人か?』
聞こえたのは子供の声。ハッと視線を上げた先に見えた、天使の如き愛らしい姿に痛みも忘れて硬直した。
艶やかな至極色の髪に、もちもちと触り心地の良さそうな丸い頬。ぱっちりとしたアメジストの眠そうな垂れ目と、片手で持ち上げられそうなほど小さな身体。
悪魔の巣窟と呼ばれるベルナルディ邸に、どうしてこんなにも愛らしい天使が……?
驚きで目を瞠る私を見下ろし、子供は不意におろおろと慌て始めた。
『ど、どうしよう。大けがだ。すぐに手当てしないと……ちょっとだけ待っていて、獣人さん。人を呼んでくるから』
ぱっと立ち上がり、子供が邸の中へ駆け込んでいく。そこでハッと我に返った。
どうやら死にかけで幻覚を見ていたらしい。こんな場所に天使がいるはずない。きっと今のは幻覚か……もしくは、天使が迎えに来てくれたのだろう。
そう思い、私は再び力を抜いて目を閉じた。次に目を覚ました時、あの天使が傍にいてくれていることを身の程知らずにも祈って。
* * *
毛の生えた耳に何かが触れている。そんな感触に目が覚めた。
僅かに目を開く。ぼやけた視界の中、誰かが慌てて耳から手を離した姿が見えたような気がしたが……きっと気のせいだろう。
下賤な獣耳に自ら触れようとする人間など存在するはずがない。そんなことを思いながら、揺れる焦点を何とか合わせる。
そうして見えたアメジストの瞳に、私はぎょっと目を見開いた。
『目が覚めたか。よかった……あっいや!別にどこも触ってなんかないからな!』
何やら瞳を揺らして弁解するように叫ぶ小さな子供。
死ぬ前に見た天使だ。それを理解した私は、思わず目を閉じて神に感謝した。
最後の最後で願いが一つ叶うとは。死んだ後もこの天使に会いたいと願った私の意思を、神は叶えてくださったのだ。
『お、おい、大丈夫か……?どっかいたいのか?』
そっと身体に触れられ、あまりの驚きにビクッと震えた。
その瞬間、全身に走った激痛に顔を歪める。死んだはずなのにどうして痛みが継続して……?と疑問を抱いた直後、浮かんだ一つの可能性にハッと目を見開いた。
『こ、こは……』
肺を貫いた弾丸がまだ残っているのか、傷が塞がっていないだけか。
ともかく声を発する度に走る激痛に耐えながら一言吐き出すと、天使はきょとんと首を傾げて答えた。
『ん?あぁ、ここはベルナルディ家の別館だ。お前、運がよかったな。本館の前で倒れていたら、殺されていたかもしれないぞ』
ふにゃ、と安堵の笑みを浮かべる天使の言葉に息を呑んだ。
まさかとは思ったが、私はまだ死んでいなかったのか。ということは……本当にこの天使が、いや、この子供が、私を救ってくれたのか。
獣人をわざわざ救ったということは、きっとこの子供は私にまだ利用価値があると判断したのだろう。そうでなければ下賤な獣人を救う理由などない。
すぐに現状を理解した私は、激痛に耐えながら起き上がり、ベッドから下りて床に膝をついた。
『なっ、ばかっ!けがしてるんだから、起きちゃだめだ!』
跪く私の肩に慌てた様子で手を置く小さな主。
なぜそんなことを……?と思ったが、恐らく肉壁となる奴隷に後遺症が残ることを懸念しているのだろうと思い至り納得した。
それなら問題無い。この程度、痛みがあるだけで後遺症は残らない。それよりも、主の前で呑気に寝そべる方が不敬というものだ。
なるべく耳を見せないよう深く頭を下げ、新たに現れた小さな主に命を明け渡す。
最期を迎えるはずだった私を救った子供。このお方が次の主だ。以前のような失敗をしないよう、任務外はなるべく距離を離して、下賤な体に御手を触れさせないようにしなければ。
『主様。貴方の肉壁となり、命を賭してお守りする事を誓います』
『もうっばか!おばか!そういうのいいから!はやく寝ろ!』
いつものように、主に飼われた時の言葉を口にする。
普段ならここで新たな隷属の首輪を嵌められ、主のモノであるという証の焼印を肩に刻まれるはずなのだが……なぜか普段とは違う主の様子に首を傾げた。
半ば引っ張り上げられながらベッドへ戻され、奴隷には恐れ多いふかふかの毛布の下に押し込まれる。
ムスッとした表情の主は、だが酷く優しい手つきで私の胸元をぽんぽんと撫で始めた。
『主様。首輪と焼印は……』
襲い掛かる眠気に耐えながら問う。もしや私の傷が全て治ってから、ということだろうか。弱った今の身体に焼印を押せば、最悪死んでしまうかもしれないから。
しかし、そんな考えはすぐに覆された。主は私の言葉に苦しげに目を細めたかと思うと、あろうことか私の隣に潜り込んできたのだ。
下賤な獣人奴隷に寄り添うように寝そべる小さな主。硬直する私の胸元を絶えず撫でながら、主は小さく呟いた。
『……お前の傷は勲章だ。でも、焼印なんて趣味のわるい傷は勲章じゃない。首輪は……そうだな。俺は、お前の首には首輪より、綺麗なネックレスの方が似合うと思うぞ』
一瞬、何を言われたのか理解が追い付かなかった。
呆然とする私を余所に、小さな主は尚もおかしなセリフを口にする。
『ほら、そばにいてやるから……いい加減寝ろ。はやく傷を治してくれないと……お前が痛い顔すると、俺も痛くなるんだよ……』
寝具の温もりに眠気を誘ってしまったらしい主は、その言葉を最後に夢の中へと旅立った。
それにつられて、私も眠気に耐えられなくなり目を閉じる。最後に頬に感じた冷たい雫の感触は、きっとただの気のせいだ。
……絶対に、気のせいに違いない。
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