6 / 241
一章
6.救世主1(ガウ視点)
獣人は家畜同然の下賤な生き物。
生まれながらにして奴隷という身分を抱えて生きる獣人。私もまた、その下賤な生き物の内の一人だった。
虎獣人は身体が屈強で、尚且つ頑丈だ。殴られようが蹴られようが、弾を一発当てられようが、簡単に死ぬことはない。
頑丈さで言うと熊獣人などの方が上だが、虎獣人はそれなりに頑丈なことに加え、戦闘能力も高いことから、バランスの良い獣人奴隷として人気の部類だった。
故に、私は多くの奴隷市場や飼い主のもとを渡り歩いた。どの主もほとんどは私を肉壁として雇い、そのたび身体の傷は増えていった。
主達は溜まったストレス発散のために私の身体をわざと傷付けることも多かったが、それでも決して、獣人特有の耳や尻尾には触れなかった。
それは何故か。この耳と尻尾は、下賤な獣人としての一番の特徴だったからだ。
耳と尻尾が視界に入ることすら許さない飼い主もいた。それを映した目が汚れてしまうのだと、私を雇った全ての買い主が語っていた。
耳を髪に、尻尾を布の下に隠しながら、決して主達の手に触れぬよう警戒して生きる日々。しかし私はある日、とうとうその罪を犯してしまった。
あろうことか、主の御手に下賤な耳を触れさせてしまったのだ。
未だに顔に残っている、右目を縦に斬ったような醜い傷。
仕置きの際につけられたこの傷が出来てからは買い手も減っていき、やがて殺処分も間近であると思われた頃。
その日、私は主の肉壁として銃弾を受け、命からがら逃げだした後に倒れ込んでしまった。
獣人は頑丈だが、流石に急所に攻撃を受けるとその頑丈さも役には立たない。朦朧とした意識で倒れた場所は、よりにもよって“あの”ベルナルディ家、その別館の門前だった。
この国に生きる人間の中でも、格段に高貴と呼ばれるベルナルディ家。
そんな家の門前を下賤な獣人の血で濡らしてしまうとは。きっと見つかったら、これまでとは比べ物にならない罰を受けるに違いない。
……だが、もういい。そろそろ疲れた。ここで生を終わらせるのも良いだろう。
そう思った私は、諦観を宿した瞳をそっと閉じた。
そこに聞こえてくる足音。あぁついに、この苦痛に塗れた人生が終わるのか。湧き上がった安堵のままに息を吐いた瞬間、耳に届いたのは予想外の声だった。
『……もふもふの耳……まさか、獣人か?』
聞こえたのは子供の声。ハッと視線を上げた先に見えた、天使の如き愛らしい姿に痛みも忘れて硬直した。
艶やかな至極色の髪に、もちもちと触り心地の良さそうな丸い頬。ぱっちりとしたアメジストの眠そうな垂れ目と、片手で持ち上げられそうなほど小さな身体。
悪魔の巣窟と呼ばれるベルナルディ邸に、どうしてこんなにも愛らしい天使が……?
驚きで目を瞠る私を見下ろし、子供は不意におろおろと慌て始めた。
『ど、どうしよう。大けがだ。すぐに手当てしないと……ちょっとだけ待っていて、獣人さん。人を呼んでくるから』
ぱっと立ち上がり、子供が邸の中へ駆け込んでいく。そこでハッと我に返った。
どうやら死にかけで幻覚を見ていたらしい。こんな場所に天使がいるはずない。きっと今のは幻覚か……もしくは、天使が迎えに来てくれたのだろう。
そう思い、私は再び力を抜いて目を閉じた。次に目を覚ました時、あの天使が傍にいてくれていることを身の程知らずにも祈って。
* * *
毛の生えた耳に何かが触れている。そんな感触に目が覚めた。
僅かに目を開く。ぼやけた視界の中、誰かが慌てて耳から手を離した姿が見えたような気がしたが……きっと気のせいだろう。
下賤な獣耳に自ら触れようとする人間など存在するはずがない。そんなことを思いながら、揺れる焦点を何とか合わせる。
そうして見えたアメジストの瞳に、私はぎょっと目を見開いた。
『目が覚めたか。よかった……あっいや!別にどこも触ってなんかないからな!』
何やら瞳を揺らして弁解するように叫ぶ小さな子供。
死ぬ前に見た天使だ。それを理解した私は、思わず目を閉じて神に感謝した。
最後の最後で願いが一つ叶うとは。死んだ後もこの天使に会いたいと願った私の意思を、神は叶えてくださったのだ。
『お、おい、大丈夫か……?どっかいたいのか?』
そっと身体に触れられ、あまりの驚きにビクッと震えた。
その瞬間、全身に走った激痛に顔を歪める。死んだはずなのにどうして痛みが継続して……?と疑問を抱いた直後、浮かんだ一つの可能性にハッと目を見開いた。
『こ、こは……』
肺を貫いた弾丸がまだ残っているのか、傷が塞がっていないだけか。
ともかく声を発する度に走る激痛に耐えながら一言吐き出すと、天使はきょとんと首を傾げて答えた。
『ん?あぁ、ここはベルナルディ家の別館だ。お前、運がよかったな。本館の前で倒れていたら、殺されていたかもしれないぞ』
ふにゃ、と安堵の笑みを浮かべる天使の言葉に息を呑んだ。
まさかとは思ったが、私はまだ死んでいなかったのか。ということは……本当にこの天使が、いや、この子供が、私を救ってくれたのか。
獣人をわざわざ救ったということは、きっとこの子供は私にまだ利用価値があると判断したのだろう。そうでなければ下賤な獣人を救う理由などない。
すぐに現状を理解した私は、激痛に耐えながら起き上がり、ベッドから下りて床に膝をついた。
『なっ、ばかっ!けがしてるんだから、起きちゃだめだ!』
跪く私の肩に慌てた様子で手を置く小さな主。
なぜそんなことを……?と思ったが、恐らく肉壁となる奴隷に後遺症が残ることを懸念しているのだろうと思い至り納得した。
それなら問題無い。この程度、痛みがあるだけで後遺症は残らない。それよりも、主の前で呑気に寝そべる方が不敬というものだ。
なるべく耳を見せないよう深く頭を下げ、新たに現れた小さな主に命を明け渡す。
最期を迎えるはずだった私を救った子供。このお方が次の主だ。以前のような失敗をしないよう、任務外はなるべく距離を離して、下賤な体に御手を触れさせないようにしなければ。
『主様。貴方の肉壁となり、命を賭してお守りする事を誓います』
『もうっばか!おばか!そういうのいいから!はやく寝ろ!』
いつものように、主に飼われた時の言葉を口にする。
普段ならここで新たな隷属の首輪を嵌められ、主のモノであるという証の焼印を肩に刻まれるはずなのだが……なぜか普段とは違う主の様子に首を傾げた。
半ば引っ張り上げられながらベッドへ戻され、奴隷には恐れ多いふかふかの毛布の下に押し込まれる。
ムスッとした表情の主は、だが酷く優しい手つきで私の胸元をぽんぽんと撫で始めた。
『主様。首輪と焼印は……』
襲い掛かる眠気に耐えながら問う。もしや私の傷が全て治ってから、ということだろうか。弱った今の身体に焼印を押せば、最悪死んでしまうかもしれないから。
しかし、そんな考えはすぐに覆された。主は私の言葉に苦しげに目を細めたかと思うと、あろうことか私の隣に潜り込んできたのだ。
下賤な獣人奴隷に寄り添うように寝そべる小さな主。硬直する私の胸元を絶えず撫でながら、主は小さく呟いた。
『……お前の傷は勲章だ。でも、焼印なんて趣味のわるい傷は勲章じゃない。首輪は……そうだな。俺は、お前の首には首輪より、綺麗なネックレスの方が似合うと思うぞ』
一瞬、何を言われたのか理解が追い付かなかった。
呆然とする私を余所に、小さな主は尚もおかしなセリフを口にする。
『ほら、そばにいてやるから……いい加減寝ろ。はやく傷を治してくれないと……お前が痛い顔すると、俺も痛くなるんだよ……』
寝具の温もりに眠気を誘ってしまったらしい主は、その言葉を最後に夢の中へと旅立った。
それにつられて、私も眠気に耐えられなくなり目を閉じる。最後に頬に感じた冷たい雫の感触は、きっとただの気のせいだ。
……絶対に、気のせいに違いない。
あなたにおすすめの小説
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ