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二章
48.ロキの正体
ズーンどころではない。ズンズンズズーンまでいっちゃうくらいの暗い空気の中、自室に戻った俺は床に突っ伏して脳内一人大反省会を開催していた。
傍から見ればたぶんアレに見える。刑事ドラマでよくみる、白い線に囲まれたご遺体みたいな感じのアレだ。どんよりオーラも相まって、よりそれっぽく見えているかもしれない。
自室に逃げ込んだはいいものの、サメさんは忘れるわロキは置いてくるわでもう大変。
自分の無能っぷりに涙が止まりません。誰だよ俺のこと超絶クールなさいきょーお兄さんだなんて言ったの。詐欺罪で逮捕だぞ。
「う、うぅ、うーっ」
俺の中の天使が叫ぶ。『サメさん置いてきちゃったのに日和ってる奴いる?』『いねぇよなぁ!』『サメさん救うぞ!』という正義の一声を。
だがしかし悪魔は『日和っちゃってますぅ!』と情けない小心者っぷりを見せつけている様子だ。うーむ、正直おれ、悪魔サイドかも。むぅ……。
俺みたいなちゃらんぽらんが一人カチコミに行ったところで何が出来るっていうんだよぅ。
どうせ俺は大切な家族であるサメさんもロキも救うことが出来ない小心者だ。笑いたきゃ笑え……とやさぐれていると、ずっと俺の様子を心配そうに見守ってくれていたらしいジャックが傍にしゃがみこんだ。
「ご主人様、大丈夫?おにーさまにナニかされちゃったぁ?もぅ、だぁから僕とのねんねが一番安全だって言ったのにぃ!」
「うぅっ、じゃっくー!」
ジャックは変態だけれど、やっぱり信頼できる家族なのでこういう時の安心感は段違いだ。
ぱっ!と勢いよく起き上がり、両腕を広げてハグ待ちするジャックにガバッ!と抱き着く。コアラの如く手足を巻き付けると、頭上からジャックの上機嫌な声が聞こえてきた。
「そーそっ。ご主人様は黙って僕の傍にいればいいのっ!怖いおにーさまからも獰猛な獣からも、僕ならばっちり守ってあげられるんだから!」
獰猛な獣、のところで視界の端に映るガウが心なしか不満そうな表情を浮かべたのが見えた。ガウは優しい獣さんなのに、ジャックってば変なこと言うのね。
ジャックの首元に顔を埋めてふすふすっと甘い匂いを嗅ぐ。何故かジャックからは常に甘いお菓子みたいな匂いがするのだが、これが本当に癖になる匂いなのだ。
どういう中毒性を感じるかというと、例えるのならアレだ。猫にとってのマタタビとか、好きな人は大好きなトラックのガソリンの匂いとか。そういう感じの中毒性。
「ジャック、お前、いっつもいい匂いするなぁ」
「んふふっ。嬉しいけどぉ、それ口説き文句だから僕以外には言っちゃダメだよぉ?」
口説き文句?なんのこっちゃ、とジャックの返答に首を傾げる。
ぱちくり瞬いて紡いだ問いをニッコリ笑顔でのらりくらり躱され、ムスーッとほっぺが膨らんだ頃にふと部屋の扉が僅かに開かれた。
「むっ?」とちょっぴり飛び上がりつつ振り返ると、そこにはほんのちょっぴり隙間の空いた扉が。誰もおらんがな、と怪訝に顔を顰めた瞬間、足元から突如めちゃんこかわいい鳴き声が聞こえてきた。
「きゅーん」
「むむっ?はっ!ロキ!」
なにやつ!と足元を見下ろしカッと目を開く。
ぽてぽてともふもふの身体を揺らしていたのは、サメさんを口に咥えたロキだった。
軽く尻尾を揺らしてサメさんを離したロキを涙目で見つめ、俺はあわわっと焦燥を滲ませてジャックの腕の中から飛び降りた。
「ろきぃ!お前ってばなんて優秀なわんこなんだっ!」
あの鬼……ごにょごにょ、あの怖いアンドレアから自力で逃げ出しただけでなく、大事な家族のサメさんまでついでに回収してきてくれたなんて。
下手をしたら人間の俺より優秀なのでは?とちょっぴり情けない事実が顔を覗かせたけれど、すぐにぶんぶんっとその真実を振り払って奥底に押し込んだ。
「だいすきだぞーロキ!お前は最高のわんこだぞ!」
「きゅーん」
「ほらっ!サメさんもありがとだって!ありがとなロキ!」
サメさんを持ち上げ、ヒレをぱたぱたっと揺らして『ありがと』を表現する。
俺の言葉を聞いたロキは、勢いよく尻尾を揺らしてドヤ顔を浮かべた。そうであろうそうであろう、と胸を張って頷いているみたいだ。
その姿が可愛くて、思わずむふーっと頬を緩めてロキを抱き上げる。
むぎゅむぎゅっとサメさんごと強く抱き締めると、ロキは苦しそうな、けれど嬉しそうな笑顔を浮かべて「きゅーん!」と鳴いた。かわいい。
「はっ!そ、そういえばロキ。アンドレアのあんどれあは無事だったのかな……」
むぎゅむぎゅの途中でふと我に返って思い出した。
俺が危うく頭突きしそうになったアンドレアのあんどれあ……最終的には両手でむにゅっと包み込むだけで済んだが、結局無事だったのかどうかを確認せずに飛び出してしまった。
記憶が正しければ、最後に見たアンドレアは前屈みになってあんどれあを押さえていた気がするけれど……。
も、もしかして俺、アンドレアのあんどれあを潰しちゃったわけじゃないよな……?
びくびくと怯えながら問うと、ロキはケッ……と嘲るように鼻を鳴らして頷いた。
「きゅーん」
「……!そうかそうか!よかった、アンドレアのあんどれあは無事だったんだな……!」
ほっと安堵の息を吐く。
ロキのもふもふ毛並みに顔を埋めてふしゅーっと堪能していると、ふいに死角から伸びてきた手が突如ロキの首根っこを掴んでぽーいっと放り投げた。と同時に、背後から伸びた別の人物の手も突如ガシッと俺の身体を捕獲した。
「むっ?」
遠くに投げられた後にぴとっと着地したロキを視界に入れつつ、ぷらんぷらーんと持ちあげられた自分の身体もきょとん顔で見下ろす。
ハテナを浮かべつつ顔を上げると、そこには警戒を滲ませてロキを睨み付けるガウと、気に食わない様子でロキを見据えるジャックの姿があった。
ちなみに俺をひょひょいっと持ち上げたのはジャックだったみたいだ。
「ふ、ふたりとも?急にどうしたんだ?」
動きからして、たぶんロキを放り投げたのはガウだろうけれど……。
あの温厚で優しいガウが、幼気なかわいいわんこを投げるなんて所業をするとは思わず、ぱちくりと困惑の表情を浮かべる。
一人固まる俺をよそに、二人はロキを睨み付けて低く呟いた。
「……初めて見た時から怪しいとは思ってたけどぉ、やっぱ君……獣人だよねぇ?」
「……格上の気配を感じたのは気のせいでは無かったようだな」
え、なになに?獣人?格上?どゆこと?
なんて、ぱちくり目を丸くすることしか出来ない俺のことは完全スルーらしい。
二人と一匹の睨み合いが沈黙と共に数秒流れる。やがて最初に聞こえたのは、聞き慣れない男の声だった。
「──あはっ。バレちゃった」
二人がかりの殺気に一切動じた様子のない、あっけらかんとした愉し気な声。
聞こえた方向にはロキがいる。慌てて視線を向けた先、そこに立っていた人物を見てあんぐりと間抜けな表情を晒してしまった。
「は、はぇ?ロ、ロキは……?」
ロキがぽてぽてきゅーんといるはずの場所に、何故か純白の髪を靡かせた超絶イケメンが立っている。
そういえば男の赤い瞳がロキに似ているような……なんてふいに思った直後、男は俺にニコッと笑いかけて軽やかに答えた。
「ロキならここにいるでしょ?“ご主人様”」
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