【本編完結】1ヶ月後に死ぬので、その前に思う存分恋人に甘えようと思う

上総啓

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本編

19.嵐の前は大抵穏やか

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「…よし」


 鏡の前に立って全身を確認する。
 この日のために買った新しい服は、それなりに容姿に馴染んだ。特に藍色のカーディガンは湊さんの好きな色ということもあって、かなり気に入っている。
 お尻が隠れるくらいのサイズで、袖も長く手が隠れてしまうため、少し捲って長さを調整した。


「変じゃないかな…」


 鏡に顔がつくくらい近付いて、今度は髪を確認する。
 というのも、今日はいつもと髪型が違うから何を思われるか不安なのだ。
 長くなった前髪は水色のピンで軽く留めて、湊さんが綺麗だと言ってくれた瞳が完全に見えるようにしている。おでこが晒されている状況に中々慣れないので、ピンを付けてからずっとそわそわしていた。

 スマホを手に取り、慣れない動作でカメラを開く。震えるピントを精一杯合わせて、鏡に写る自分の姿を撮った。
 それを神楽に送って【変じゃないかな】とネガティブな言葉を送信。秒でついた既読に安堵と緊張が同時に押し寄せて、返信が届くまでの数秒がめちゃくちゃ長く感じた。


【可愛い!!めっちゃ良いじゃん!!】


 その一文から始まった返信は、二つ三つと一気に増えていく。べた褒めの評価にほっとして【ありがとう】とスタンプ付きで返した。


「"彼氏も一目惚れ間違いなしだな!"…って。ほんと神楽はお世辞が上手いなぁ」


 それに、一目惚れならもうされてる。湊さんは俺の容姿が気に入って傍に置いてるんだから。
 苦笑して神楽に返信すると、そろそろ時間が迫っていることに気付いてスマホをしまった。神楽もそれを察したのか、それ以降返信が来ることは無かった。

 静かに部屋を出て一階へ降り、リビングで寛ぐ義父を確認する。もう義父に遠慮する必要も無いので、何も言わずにそっと家を出た。
 天気は生憎の曇り空で、少しだけ落胆する。曇りは問答無用で気分を下げるから、あまり好きでは無いのだ。

 沈んだ気分を無理やり上げて辿り着いたケーキ屋。
 時刻は午前10時。まだ開店直後だが、休日に加え人気店の為かかなり混んでいた。
 ネットで探したらこの店のケーキが一番美味いって書いていたから来てみれば、これは買うのに苦労しそうだ。
 まぁでも、湊さんの為だと思えば苦も感じない。
 人混みが苦手だから店内に入るのだけでも緊張したけど「湊さんの為…湊さんのため…」とぶつぶつ呟きながら何とか入り込んだ。
 ショーケースとレジの前にはもれなく客が集まっていて、買うどころか選ぶことも出来そうにない。仕方なく一旦外に出て、日陰に移動し神楽に電話をかけた。


『おー、どした?ケーキはゲット出来たか?』

「それが…予想以上に混んでて今は買えそうにないんだ。だからそっちに行くのちょっと遅れるかも、ごめん」

『そうなんか。まぁ気にすんな、今日は一日家に居るし、ずっと待ってるからさ。焦んなくていいから気を付けて来いよ』

「ん、ありがとう神楽」


 電話を切ると、近くのベンチに座ってスマホを開き直した。空くまでの間、ネットでメニューでも確認しておこうと思ったから。
 だがそこにあるのは人気のケーキやオススメばかりで、全ての商品が載っているというわけでも無いらしい。
 やっぱり中で直接確認した方がいいな、と思いながらもどうしようも無い現状に溜め息を吐く。開店直後と言わず、開店時間前に来ればよかったか。


「…ん?」


 しまったばかりのスマホがポケットの中で震える。
 今度は誰だ?とそれを取り出し、表示された名前に目を見開いた。電話をかけてきたのは、さっきまで話していた神楽だったのだ。


「神楽?何か言い忘れたことでもあった?」

『あーいや。悪いな、急に思い付いて。ケーキのことだけど、やっぱり自分で作ってみないか?』

「自分で…?」


 神楽の言葉に目を瞬かせた。声も少し上擦っていたかもしれない。
 手作りだなんて考えもしなかった。俺の手で作ったものを湊さんに…なんて、そんなの失礼ではないだろうか。
 でも…でも最後に、俺が手を加えたものを渡したいという重い気持ちもあるにはある。形に残らないからセーフじゃね?なんていう小狡い考えも湧いてしまっている。

 それにアレだ。綺麗に作ればワンチャン手作りだって気付かれない!
 あたかも普通にケーキ屋で買ってきたかのように振舞って渡せば、湊さんにもバレないし俺もハッピー…よくないか?いいんじゃないか?
 よし、そうと決まれば神楽のもとへ…!




 * * *




「………」

「…ま、まぁ、味はどうか分からんし…」


 広く清潔感のある神楽の家。
 真っ白いピカピカのキッチンでガックリと膝をつき、俺は絶望を隠せないでいた。力を振り絞ってキッチン台に手を付き、辛うじて覗いた視界から、そこに置いてある"それ"を見る。

 甘さ控えめ、を意識してスポンジに塗られたクリームは、少量を考え過ぎたせいで変な見栄えになり、上に乗った果物も、俺の絶望的なセンスにより食欲の失せる配置になってしまっていた。
 言ってしまえば、失敗だ。


「こんなの湊さんに渡せるわけない…ゴミを押し付けるようなものだ…」

「酷い言いようだ…。そ、そんなに落ち込むなって!材料も作り方も悪くなかったし、味は最高なはずだよ」

「神楽…!!」

「悪かったのはお前の絶望的なセンスの無さだけだ。なぜマスカットを二段にしたのか理解不明だが、意味分からんのもお前らしくて個性が出てる!」

「神楽……」


 どうやらこいつはフォローが下手らしい。上げて下げるスタイルやめて。

 確かにマスカットを二つ重ねて雪だるまみたいにしたのは駄目だったかもしれないけど、でもよく見たら可愛いじゃんか。可愛いよな?
 真ん中のイチゴを囲むように置いてあるマスカットだるま。神楽がボソッと「儀式みてぇな配置だな…」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
 キッチンの隅に膝を抱えて座り込むと、神楽は慌てたように弁明してきた。冗談だよ可愛いよ!というセリフが逆に心を抉ってくる。


「やっぱり普通にケーキ屋で買えばよかった…」


 衝動的な決意で動いたのがマズかったんだ。
 ケーキを買うための金で材料を買い、神楽の家に突撃して、その衝動のままに手作りケーキなんてものを作ってしまった自分が憎い…。
 湊さんが口にするものだから!と個々の材料を無駄に高いものにしたのも失敗だった。もうケーキを買う金は無いし、どうしようもない。

 ガーン…と死人のような顔で落ち込む俺を見て、神楽が何やら申し訳なさそうに眉を下げた。


「悪い雲雀…俺が余計なこと言ったせいだ。最後だから、彼氏だけじゃなくて雲雀にも何か思い出残して欲しくて…それだけだったんだけど…」

「…神楽」


 誘いの真意を知って息を飲んだ。
 そうか、神楽は俺のために…。それなのに俺は神楽の期待にも応えられず、ろくにケーキを作ることも出来なかったんだ。

 無言でキッチン台にあるケーキを見上げ、一つ溜め息を吐く。しゅん…と肩を落とす神楽をぽんぽん宥めて、ゆったりと呟いた。


「…渡してみるよ。ダメだったら自分で食う」


 目を見開く神楽に微笑んだ。


「一切れだけ持ってく、から…。…あとのやつ、俺と一緒に食べてくれないかな、なんて…」

「…!!あぁ、もちろん!」


 神楽が嬉しそうに笑う。その笑顔に胸がぽかぽかとあったかくなって、俺も思わず微笑んだ。

 ケーキそのものが小さいので、一切れにすると更に量が少なくなる。食べようと思えば一瞬で食べ切れるくらい。
 慎重に切った一切れを箱の中に入れ、それを冷蔵庫の中にそっとしまった。残りをそのままリビングに持って行って、テーブルのど真ん中に置く。神楽が飲み物を持ってくるのを見て問いかけた。


「ここで食べて大丈夫?家族は…」

「親父もお袋も仕事だから大丈夫だ。大人が…っつーか、他人が居たら気遣うだろ、お前」

「……、」


 予想外の返答に思わず目を瞬かせる。
 意外と深く俺のことを理解してるらしい神楽に、なんとも言えない妙な感情が湧いた。それは悪いものではなくて、どちらかと言うと良いものだ。
 俺のことを理解してくれてるのが嬉しいんじゃなくて、俺のことを理解しようとしてくれてたのが嬉しい。理解するということは、理解したいという意思の果ての結果だから。

 そうだ、俺は他人が苦手なのだ。大人とか、立場的にどうしても逆らえないような相手なら尚更。
 苦手、というか。"怖い"と言った方が正しいのかもしれないが。


「…ん…ありがとう」

「…なんかお前、最近礼言ってばっかだな」

「それは…神楽が礼を言わせるようなことばっかするからだよ」


 俺の返答が意外だったのか、神楽は一瞬驚いたように息を詰める。
 けれど直ぐにふはっと吹き出して、「そりゃーすまんな」と笑いだした。

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