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本編
33.不器用な守り方(湊side)
「―――…あなた、少しお話出来るかしら」
背後から掛けられた声に一瞬固まって、けれど直ぐに笑顔を貼り付けて振り返った。
あの後、帰ると呟いた雲雀が部屋を出て、慌ててそれを追い、ちょうど車に乗り込もうとしていた時だった。
たった今後部座席に入った雲雀がハッとしたようにこちらを見て、不安そうに眉を下げる。安心させる為に頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
その愛らしい仕草に頬が緩む。
小声で「大丈夫だからね、少しだけ待っていて」と紡いで再び振り向く。そこには慈愛すら感じるほど、穏やかな笑みを浮かべた雲雀の母親が立っていた。
後ろから神楽くんの声と共に微かな物音が聞こえてくる。少し不服だが、雲雀のことは今だけ彼に任せておこう。
車のドアを後ろ手に閉めて、雲雀の母親と向き直った。
「あなたにお話があるの。雲雀のことよ、とても大切なお話」
「……それは」
「あっ、違うわ、誤解しないで。別に別れなさいとか、そういうことを言うつもりはないのよ?」
困ったように笑うその人に、少し拍子抜けして目を丸くした。さっき話していた時とは、何処と無く印象が違うような気がする。
さっきまでは、もっと無垢で純粋な目をしていたはずだ。空気を読んで発言するような、そんな気配すら無かった。けれど今は違う。明らかに、俺の反応を窺っているように見えた。
その人は、俺の肩越しにちらりと車の方に視線を向ける。僅かな動きで察した。直ぐにそこから移動して、声が決して車に届かない位置まで離れる。
ある程度移動したところで、彼女が小さく呟いた。
「ごめんなさいね。雲雀に聞かれるのは、少し…」
申し訳なさそうに声を抑えるその姿に、やっぱりさっきまでの印象は見られない。
「…あの、話と言うのは…」
雲雀の母親ではあるが、それほど親しみも湧かないこの人には情も湧かない。
俺とほんの短時間離れただけでも不安がる雲雀が心配で、早く戻りたいという気持ちが急かしてくる。神楽くんが居るとはいえ、どうしても冷静さが取り戻せない。
硬い笑顔で問いかけた俺に、彼女は一瞬たじろいだ様子を見せて瞳を揺らした。
何か言おうとしているのか、口を開けたり閉じたりを繰り返す。やがて苦悩するかのように顔を歪めると、ひとつ頷いて静かに語り始めた。
言葉を慎重に模索するような、そんな表情を浮かべて。
「私ね、昔から人の気持ちを汲めないの。雲雀を産む前から、ずっとよ。先生に聞いてみたら、生まれつきそういう頭になってしまっているんだ、って言われて。言ってしまえば…そう、おかしいの」
子供が精一杯紡いだかのような、そんな稚拙な語り口だった。けれど必死に、これが自分の言語化出来る最大なのだと言うように。
先生…というのは、医師のことだろうか。話の内容から読み取るに、どうやら彼女は心療系の病院に通っているらしい。
おかしい、という言葉の意味は一概には汲み取り切れないが、何となく、意味自体は理解出来た。
「いつも、雲雀の為を想った行動は全て空回ってしまうの。最初の夫…雲雀の実の父親ね。彼があの子に…その、そういうことをしているのだと分かって、最初にすべき当たり前の行動が、私にはわからなくて…」
普通とは違う考え方をしてしまう彼女には、"離婚"という当然の決断がそもそも浮かばなかったのだと、そう語る。
それよりも、幼い子供には両親がいる、という事実の方が大切なのだと思い込んで。結局、自分の心が限界に来た時、離婚することを選んだらしい。
けれど、あくまで『幼い子供には両親を』という考え方が当然だと思い込んでいた彼女は、離婚したことを酷く後悔したのだとか。
雲雀の為を思えば、父親という存在がいた方が良いと。だから、焦って二人目を探してしまったのだと。
その二人目が、雲雀を追い詰める原因となったあの義父だった。
「彼が、療養の為に私に別荘を用意してくれて。雲雀と二人暮らしをするのだって。雲雀は拒絶していなかったから、彼と仲良くなれたのだなって、嬉しかったの」
あの男は、雲雀の諦めの強い部分と、彼女の心の弱い部分に巧妙に付け込んだのだ。
「こんなことになるだなんて、思ってもみなかった。それでも、生活を続けていくためには夫が…父親が必要でしょう?あの子はまだ未成年だし…私は、十分に働ける体ではないし」
「…そう、伝えれば良かったのでは?」
「えぇそうね、その通りよ。そう思うでしょう、普通の考えが出来る人はね。それが私には出来ないの。初めに思ったことを、そのまま口に出してしまうの。意思は、関係なく…」
そういう病なのだと、苦しそうに語る姿。それが嫌に虚しくて、痛々しくて。
可哀想だな、単純にそう思った。
自分の意思とは関係なく、初めに浮かんだ純粋な疑問が口に出てしまう。考え方も価値観も、生まれつき歪んで、幼稚なまま変わりもしない。
それは努力ではどうにもならないことだから、尚更苦痛は大きいはずだ。だって初めから、頭の構造がそうなのだから。
「今日あなたが…あなたたちが来て、私とっても驚いたのよ。あの子のあんな顔、初めて見た…。すごく楽しそうで、幸せそう。神楽くん…だったかしら。あの子を見る目はとても楽しそうで、あなたを見る目は…とっても、幸せそう」
穏やかに微笑む彼女は、その時確かに"母親"だった。瞳にも表情にも、雲雀への愛が溢れんばかりに篭っていた。
だがそれも…きっと一時のことなのだろう。
すぐに心は弱まって、彼女はまた、正常な考えが出来なくなる。自分の意思とは関係なく、雲雀を傷付ける存在になってしまう。
それを今だけは理解出来るからなのだろうか。彼女は酷く寂しそうな、悲しそうな笑みを浮かべて呟いた。
「…もう、会わない方がいいのかも、って」
「………」
「会わなきゃいけない時だけ会って、それ以外は絶対に会わない。それが一番あの子の為にも、私の為にもなる…と思うの」
そう言って小さく苦笑すると、それきり黙り込んでしまった。
風が頬を撫でて、虫の音が遠くに聞こえて、何を言うべきか、俺も酷く迷った。
それはきっと、解決策も打開策も、救済策すらも。何も浮かばないからだろうと息を吐く。
こればかりはどうしようもない。どう足掻いてもどうしようもない物事というのは、世の中に一定数ある。それが身近に多いか少ないか、それだけが不平等だというだけで。
雲雀と、雲雀の母親。この二人は客観的に見ても、絶対に分かり合えない存在だろうなと確信があった。他人がどうこう確信することでは無いのは承知の上で、それでも無理だと断言出来る。
根本が違う、どころではない。真逆なのだ。どちらも、お互いの地雷を見事に踏んだ価値観と人格を持っているのだ。
雲雀はきっと、この無垢な瞳と純粋な疑問の羅列が苦手だろう。そして雲雀には諦め癖があり、聞いても滅多に本音を語らない。
そしてこの人には、言葉を躊躇うという感情が理解出来ない。どうしたって真逆なのだ、この二人は。
「私には…あなたを信じることしか出来ないわ。疑うとか、そういうことも、よく分からないから…」
困りきった顔で呟かれた言葉に、しばらく静かに耳を傾けた。頼りないそれは、きっと彼女の精一杯なのだろう。
彼女は一度視線を移して、少し遠くの雲雀を見つめた。
その瞳には何処か切実な色と、微かな愛おしさが滲んでいる。でもそれを表に出すことは無いのだろう、きっと出したところで、傷付けてしまうだけだと分かっているから。
こういう守り方も、時には必要なのかもしれない。
視線はやがて戻って、眉の下がった力無い笑みが向けられる。
その表情と、直後に掛けられた言葉に、思いの丈が全て詰まっているように感じた。
「…どうか雲雀を、よろしくね」
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