婚約者が義弟と不貞を働いていたので、俺も隣国の皇子と浮気します

栄円ろく

文字の大きさ
45 / 64

45

 それからヴィリに渡された帽子を目深にかぶって一等車にのり、呆然と運ばれること数刻後、俺は白い石造りの豪奢な建物の中に入った。

 ライヒ帝国の領事館は驚くほど天井が高い。建物内ですれ違う人、すれ違う人、みんなアデルに頭を下げて通り過ぎていく。

 俺は改めて『アデルって皇子なんだ……』と再認識するとともにビビりちらかしていると、いつの間にかとある部屋の前にやってきていた。

 「アデル様、時間は長くても半刻ほどです。説明をしたらすぐに、この部屋に戻られるように」

 そう言って、ヴィリは部屋に入らず扉の前で立ち止まる。

 「うん、わかった。誰か来たら知らせて。さぁ行こうか、セム」

 アデルが扉を開け中に入るので、俺は戸惑いつつも後に続いて入る。

 中にはソファが二つと、テーブルが一つ置いてある、普通の応接室だった。

 「えっと……見せたいものって」

 「今から行くんだけど、本当は入っちゃいけない場所なんだ。だからなるべく静かに行こう」

 「えっ」

 そんな危険な橋を渡りたくないんだけど!! と反対する前に、アデルに手を掴まれる。

 一瞬の浮遊感のあと、気づいたら大量の資料棚に埋め尽くされた部屋に立っていた。

 「さっ、時間がないからこっち」

 囁き声でずんずん奥に進んでいくアデルに、俺は文句も言えない。

 緊張で心臓をどきどきさせながら、アデルが取ってきた資料を覗き込んだ。

 「……これは、地図?」 

 「そう。ライヒ帝国とネーデルラントの境にある森の地図。ここ、赤く塗りつぶされているのわかる?」

 「うん……小さな村一つ分ぐらいありそうだね」

 アデルが指さす先を見ていると、その手がわずかに震えているのに気づいた。

 「……? アデル、どうしたの?」

 「……ごめん。ちゃんと覚悟を決めてきたんだけど、ふと嫌なことを思い出しちゃって」

 うっすらと額に汗をかいたアデルを見上げる。俺はそっと、アデルの手に自分の手を重ねた。

 「……無理しなくていいよ。嫌なことなんでしょ? なら、別に話さなくても……」

 「……ありがとうセム。でも僕は君に話すって決めたから」

 アデルは深く息を吸って、口を開いた。

 「前に、僕が大きな事件を起こしたって言ったの、覚えてる?」

 「……うん。すごく怒られたって」

 「そう、その事件がこの赤い土地。僕が、犯した罪」

 何を言っているかわからなくて、アデルを見つめる。甘い黄金の瞳は、暗く沈んで濁っていた。

 「……まだ僕がうまく病気と付き合えていなかったとき。この森で隔離されてたことがあって……頑張って抑える練習をしてたんだけど、結局うまくいかなかった。ある日魔力が爆発して、周り一体を焼け野原にしちゃったんだ。それがここ、この赤い土地」

 「…………」

 ぐるっと赤いエリアを指でなぞるアデルの仕草を見つめる。
 もうその指に、震えはなかった。

 「魔力の影響なのか、いまだにこの土地は植物が一つも生えてこない。皇帝は体裁を守るために『魔法実験の失敗』ってことにしてるけど……本当は違う。僕が全部燃やしたんだ」

 ふと、幼いアデルが一人、焼け野原の中に立っている様を想像した。

 ……怖かっただろうな。恐ろしかっただろうな。

 思わずアデルの手を、強く握ってしまった。

 「……幸いにも死傷者はいないんだ。でも、皇帝は僕の力は強い武器になるって確信した。だから第八なのに後継争いには巻き込まれるし、周りは僕に早く結婚しろって言ってくる。守るものができたら、前線で戦ってくれると思ってるから」

 ふっと笑ってアデルが俺を見る。

 アデルは、俺と同じなんだ。家に利用され、家に疎外されている。

 だからこんなにも、アデルの冷たい目に惹かれるのかもしれない。

 「でも僕は結婚なんてしたくない。だって、連れて来られる人みんなが怯えた目をしているんだよ? 最初は事情を知らなくて擦り寄ってくる子も、少し僕が火花を散らすだけで逃げていく。だから、国から逃げてきた」

 ただの自己中な理由で、俺に浮気を提案したんじゃなかったんだ。

 アデルにはアデルの必死な思いがあって、この国へ逃げてきてた。

 なのに俺は……勝手に『悪魔だ!』なんて判断して、本当に最低だ。

 「どう? 改めて話を聞いて、僕のこと怖くなった?」

 自嘲気味に笑うアデルに、俺は首を振る。

 「……そんなわけないじゃん」

 どうしてそんな悲しいことが言えるのだろう。病気はアデルのせいじゃない。なのに怖いだなんて、思うはずがなかった。

 「なおのこと、アデルの病気を治してあげたいって思ったよ。それでアデルの苦しみが、少しでも無くなるなら……」

 アデルの苦しかった過去が変えられるわけじゃない。でもこれから先の未来は変えられる。

 病気で苦しむ気持ちは痛いほどわかった。自分も何度こんな体に生まれてきたことを恨んだか。

 だから余計に強く、治す方法を見つけたいと思った。

 「優しいね、セムは。セムならそう言ってくれると思ってた。だから、ここに連れてきたんだ」

 「えっ?」

 アデルが地図をしまい、俺に向き直る。
 静かな瞳には、俺の姿がはっきりと写っていた。

 「ねぇセム、この前家を出たいって言ってたよね」
 「あ、う、うん」

 急にどうしたんだろう。俺は途端に不安になって、アデルを見つめ返す。

 「それでさ、提案なんだけど……」

 一拍の間があったあと、アデルはゆっくりと口を開く。

 「僕と、ライヒ帝国に来ない?」

 真剣な眼差しには、一切嘘の色はなかった。

                                      
感想 62

あなたにおすすめの小説

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした

水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。 好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。 行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。 強面騎士×不憫美青年

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

幼馴染が結婚すると聞いて祝いに行ったら、なぜか俺が抱かれていた。

夏八木アオ
BL
金髪碧眼の優男魔法使いx気が強くてお人好しな元騎士の幼馴染の二人です。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。