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それからヴィリに渡された帽子を目深にかぶって一等車にのり、呆然と運ばれること数刻後、俺は白い石造りの豪奢な建物の中に入った。
ライヒ帝国の領事館は驚くほど天井が高い。建物内ですれ違う人、すれ違う人、みんなアデルに頭を下げて通り過ぎていく。
俺は改めて『アデルって皇子なんだ……』と再認識するとともにビビりちらかしていると、いつの間にかとある部屋の前にやってきていた。
「アデル様、時間は長くても半刻ほどです。説明をしたらすぐに、この部屋に戻られるように」
そう言って、ヴィリは部屋に入らず扉の前で立ち止まる。
「うん、わかった。誰か来たら知らせて。さぁ行こうか、セム」
アデルが扉を開け中に入るので、俺は戸惑いつつも後に続いて入る。
中にはソファが二つと、テーブルが一つ置いてある、普通の応接室だった。
「えっと……見せたいものって」
「今から行くんだけど、本当は入っちゃいけない場所なんだ。だからなるべく静かに行こう」
「えっ」
そんな危険な橋を渡りたくないんだけど!! と反対する前に、アデルに手を掴まれる。
一瞬の浮遊感のあと、気づいたら大量の資料棚に埋め尽くされた部屋に立っていた。
「さっ、時間がないからこっち」
囁き声でずんずん奥に進んでいくアデルに、俺は文句も言えない。
緊張で心臓をどきどきさせながら、アデルが取ってきた資料を覗き込んだ。
「……これは、地図?」
「そう。ライヒ帝国とネーデルラントの境にある森の地図。ここ、赤く塗りつぶされているのわかる?」
「うん……小さな村一つ分ぐらいありそうだね」
アデルが指さす先を見ていると、その手がわずかに震えているのに気づいた。
「……? アデル、どうしたの?」
「……ごめん。ちゃんと覚悟を決めてきたんだけど、ふと嫌なことを思い出しちゃって」
うっすらと額に汗をかいたアデルを見上げる。俺はそっと、アデルの手に自分の手を重ねた。
「……無理しなくていいよ。嫌なことなんでしょ? なら、別に話さなくても……」
「……ありがとうセム。でも僕は君に話すって決めたから」
アデルは深く息を吸って、口を開いた。
「前に、僕が大きな事件を起こしたって言ったの、覚えてる?」
「……うん。すごく怒られたって」
「そう、その事件がこの赤い土地。僕が、犯した罪」
何を言っているかわからなくて、アデルを見つめる。甘い黄金の瞳は、暗く沈んで濁っていた。
「……まだ僕がうまく病気と付き合えていなかったとき。この森で隔離されてたことがあって……頑張って抑える練習をしてたんだけど、結局うまくいかなかった。ある日魔力が爆発して、周り一体を焼け野原にしちゃったんだ。それがここ、この赤い土地」
「…………」
ぐるっと赤いエリアを指でなぞるアデルの仕草を見つめる。
もうその指に、震えはなかった。
「魔力の影響なのか、いまだにこの土地は植物が一つも生えてこない。皇帝は体裁を守るために『魔法実験の失敗』ってことにしてるけど……本当は違う。僕が全部燃やしたんだ」
ふと、幼いアデルが一人、焼け野原の中に立っている様を想像した。
……怖かっただろうな。恐ろしかっただろうな。
思わずアデルの手を、強く握ってしまった。
「……幸いにも死傷者はいないんだ。でも、皇帝は僕の力は強い武器になるって確信した。だから第八なのに後継争いには巻き込まれるし、周りは僕に早く結婚しろって言ってくる。守るものができたら、前線で戦ってくれると思ってるから」
ふっと笑ってアデルが俺を見る。
アデルは、俺と同じなんだ。家に利用され、家に疎外されている。
だからこんなにも、アデルの冷たい目に惹かれるのかもしれない。
「でも僕は結婚なんてしたくない。だって、連れて来られる人みんなが怯えた目をしているんだよ? 最初は事情を知らなくて擦り寄ってくる子も、少し僕が火花を散らすだけで逃げていく。だから、国から逃げてきた」
ただの自己中な理由で、俺に浮気を提案したんじゃなかったんだ。
アデルにはアデルの必死な思いがあって、この国へ逃げてきてた。
なのに俺は……勝手に『悪魔だ!』なんて判断して、本当に最低だ。
「どう? 改めて話を聞いて、僕のこと怖くなった?」
自嘲気味に笑うアデルに、俺は首を振る。
「……そんなわけないじゃん」
どうしてそんな悲しいことが言えるのだろう。病気はアデルのせいじゃない。なのに怖いだなんて、思うはずがなかった。
「なおのこと、アデルの病気を治してあげたいって思ったよ。それでアデルの苦しみが、少しでも無くなるなら……」
アデルの苦しかった過去が変えられるわけじゃない。でもこれから先の未来は変えられる。
病気で苦しむ気持ちは痛いほどわかった。自分も何度こんな体に生まれてきたことを恨んだか。
だから余計に強く、治す方法を見つけたいと思った。
「優しいね、セムは。セムならそう言ってくれると思ってた。だから、ここに連れてきたんだ」
「えっ?」
アデルが地図をしまい、俺に向き直る。
静かな瞳には、俺の姿がはっきりと写っていた。
「ねぇセム、この前家を出たいって言ってたよね」
「あ、う、うん」
急にどうしたんだろう。俺は途端に不安になって、アデルを見つめ返す。
「それでさ、提案なんだけど……」
一拍の間があったあと、アデルはゆっくりと口を開く。
「僕と、ライヒ帝国に来ない?」
真剣な眼差しには、一切嘘の色はなかった。
ライヒ帝国の領事館は驚くほど天井が高い。建物内ですれ違う人、すれ違う人、みんなアデルに頭を下げて通り過ぎていく。
俺は改めて『アデルって皇子なんだ……』と再認識するとともにビビりちらかしていると、いつの間にかとある部屋の前にやってきていた。
「アデル様、時間は長くても半刻ほどです。説明をしたらすぐに、この部屋に戻られるように」
そう言って、ヴィリは部屋に入らず扉の前で立ち止まる。
「うん、わかった。誰か来たら知らせて。さぁ行こうか、セム」
アデルが扉を開け中に入るので、俺は戸惑いつつも後に続いて入る。
中にはソファが二つと、テーブルが一つ置いてある、普通の応接室だった。
「えっと……見せたいものって」
「今から行くんだけど、本当は入っちゃいけない場所なんだ。だからなるべく静かに行こう」
「えっ」
そんな危険な橋を渡りたくないんだけど!! と反対する前に、アデルに手を掴まれる。
一瞬の浮遊感のあと、気づいたら大量の資料棚に埋め尽くされた部屋に立っていた。
「さっ、時間がないからこっち」
囁き声でずんずん奥に進んでいくアデルに、俺は文句も言えない。
緊張で心臓をどきどきさせながら、アデルが取ってきた資料を覗き込んだ。
「……これは、地図?」
「そう。ライヒ帝国とネーデルラントの境にある森の地図。ここ、赤く塗りつぶされているのわかる?」
「うん……小さな村一つ分ぐらいありそうだね」
アデルが指さす先を見ていると、その手がわずかに震えているのに気づいた。
「……? アデル、どうしたの?」
「……ごめん。ちゃんと覚悟を決めてきたんだけど、ふと嫌なことを思い出しちゃって」
うっすらと額に汗をかいたアデルを見上げる。俺はそっと、アデルの手に自分の手を重ねた。
「……無理しなくていいよ。嫌なことなんでしょ? なら、別に話さなくても……」
「……ありがとうセム。でも僕は君に話すって決めたから」
アデルは深く息を吸って、口を開いた。
「前に、僕が大きな事件を起こしたって言ったの、覚えてる?」
「……うん。すごく怒られたって」
「そう、その事件がこの赤い土地。僕が、犯した罪」
何を言っているかわからなくて、アデルを見つめる。甘い黄金の瞳は、暗く沈んで濁っていた。
「……まだ僕がうまく病気と付き合えていなかったとき。この森で隔離されてたことがあって……頑張って抑える練習をしてたんだけど、結局うまくいかなかった。ある日魔力が爆発して、周り一体を焼け野原にしちゃったんだ。それがここ、この赤い土地」
「…………」
ぐるっと赤いエリアを指でなぞるアデルの仕草を見つめる。
もうその指に、震えはなかった。
「魔力の影響なのか、いまだにこの土地は植物が一つも生えてこない。皇帝は体裁を守るために『魔法実験の失敗』ってことにしてるけど……本当は違う。僕が全部燃やしたんだ」
ふと、幼いアデルが一人、焼け野原の中に立っている様を想像した。
……怖かっただろうな。恐ろしかっただろうな。
思わずアデルの手を、強く握ってしまった。
「……幸いにも死傷者はいないんだ。でも、皇帝は僕の力は強い武器になるって確信した。だから第八なのに後継争いには巻き込まれるし、周りは僕に早く結婚しろって言ってくる。守るものができたら、前線で戦ってくれると思ってるから」
ふっと笑ってアデルが俺を見る。
アデルは、俺と同じなんだ。家に利用され、家に疎外されている。
だからこんなにも、アデルの冷たい目に惹かれるのかもしれない。
「でも僕は結婚なんてしたくない。だって、連れて来られる人みんなが怯えた目をしているんだよ? 最初は事情を知らなくて擦り寄ってくる子も、少し僕が火花を散らすだけで逃げていく。だから、国から逃げてきた」
ただの自己中な理由で、俺に浮気を提案したんじゃなかったんだ。
アデルにはアデルの必死な思いがあって、この国へ逃げてきてた。
なのに俺は……勝手に『悪魔だ!』なんて判断して、本当に最低だ。
「どう? 改めて話を聞いて、僕のこと怖くなった?」
自嘲気味に笑うアデルに、俺は首を振る。
「……そんなわけないじゃん」
どうしてそんな悲しいことが言えるのだろう。病気はアデルのせいじゃない。なのに怖いだなんて、思うはずがなかった。
「なおのこと、アデルの病気を治してあげたいって思ったよ。それでアデルの苦しみが、少しでも無くなるなら……」
アデルの苦しかった過去が変えられるわけじゃない。でもこれから先の未来は変えられる。
病気で苦しむ気持ちは痛いほどわかった。自分も何度こんな体に生まれてきたことを恨んだか。
だから余計に強く、治す方法を見つけたいと思った。
「優しいね、セムは。セムならそう言ってくれると思ってた。だから、ここに連れてきたんだ」
「えっ?」
アデルが地図をしまい、俺に向き直る。
静かな瞳には、俺の姿がはっきりと写っていた。
「ねぇセム、この前家を出たいって言ってたよね」
「あ、う、うん」
急にどうしたんだろう。俺は途端に不安になって、アデルを見つめ返す。
「それでさ、提案なんだけど……」
一拍の間があったあと、アデルはゆっくりと口を開く。
「僕と、ライヒ帝国に来ない?」
真剣な眼差しには、一切嘘の色はなかった。
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