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双子、大精霊界へ。

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 院長室に呼ばれた。

 「石神、入ります!」

 院長はソファに座って麦茶を飲んでいる。
 俺の分はない。

 「早く座れ」
 正面から暑苦しい顔を見るのを避け、少しズレた場所に座った。

 「女房が、お前が来るのを心待ちにしている」
 ああ。

 「今度の土曜日にうちに来い」
 「ええ、子どもたちの予定がありまして」
 「双子を連れて来い」
 このやろう。

 「あの、一つ問題が」
 「なんだ」

 「双子は院長のことを「大精霊」だと信じています」
 「……」

 「連れて行くのはいいんですが、院長にはやはり大精霊になっていただかないと」
 「またゲートとかではなく来たと言えばいいじゃないか」
 こいつ、「設定」をちゃんと覚えてやがる。

 「そうはいきません。今度は院長のお宅に伺うのですから、そこでは大精霊でなくては」
 「……」

 「ほら、まだ衣装はありますよね?」
 「お前……」

 「双子に会いたいんでしょ?」
 凄絶な顔になっている。
 愛と好奇心と恥辱が激突している。

 「分かった。子どもの前ではちゃんとやろう」
 愛と好奇心が勝った。






 「ということで、院長の家に行くことになった」
 「じゃあ、私たちは留守番ですね」
 「よろしく頼むよ」
 亜紀ちゃんは笑顔だ。
 
 「やっぱり、あの恰好で会うんですか?」
 「そうなんだよ」
 俺たちはクックと笑い合った。
 「見たい気もするんですが、自分を抑える自信がありません」
 「俺もだよ」
 大爆笑した。

 俺は亜紀ちゃんに写真を撮ってくると約束し、絶対に、と言われた。




 土曜日。
 俺はハマーで出掛けた。
 双子は後ろのシートでワクワクしている。
 今日は俺たちがゲートをくぐって、大精霊の家に招待されたと言ってある。
 精霊魔法で日本家屋にしてあることも大丈夫だ。
 俺たちは、結構日本家屋に自信がある。


 俺は門を勝手に開け、ハマーを中に停めた。
 玄関前にはチャイムがあるが、双子に大声で呼ばせる。

 「ヘンゲロムベンベさまー! やってきましたぁー!」
 玄関がもの凄い勢いで開かれ、ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ様が出てきた。
 「でかい声を出すな! チャイムがあるだろう!」
 隣の家の二階の窓が開いた。
 前回と同じく、住人の男性がギョッとした顔をし、すぐに閉められる。

 院長の顔は真っ赤に染まった。

 「とにかく、入ってくれ。ルーちゃんとハーちゃん、よく来てくれたね」
 慣れない猫撫で声で院長が言った。

 「「おじゃましまーす!」」
 「しまーす!」

 俺たちは靴を脱ぎ、双子は丁寧に揃えて上がった。
 静子さんが出てきた。
 もう笑いを堪え過ぎて辛そうだ。

 「ヘンゲロムベンベさま、これお土産です」
 ルーが小ぶりのスイカを手渡す。
 院長はありがとうと言って受け取るが、分かってないらしい。

 「ほら、あの花壇で力を注いでくれたスイカですよ」
 「ああ! あれかぁ。じゃあ早速切ろう」
 「あなた、冷やしてからですよ。すぐに冷やしますね」
 静子さんが受け取って、奥に運んだ。


 スリッパを出される。
 子ども用のものがあり、ウサギとネコの刺繍があった。
 二人は喜んで、ルーがウサギ、ハーがネコを選んだ。


 昼食を一緒にということだったので、俺たちはすぐにリヴィングに案内される。

 冷やし中華だった。
 結構量はある。


 「こんな量で大丈夫かしら」
 静子さんが心配そうに俺に聞く。
 「ちゃんと分けられてれば大丈夫ですよ。自由競争がダメなんで。そうめんなんかだったらヤバかったですね」
 俺は院長の食事をチラッと見て言った。
 そうめんだった。

 「俺は冷やし中華は好きじゃないんだ」

 頭の触覚の丸い玉が揺れた。

 双子は美味しいと言い、汁まで飲み干した。
 本当に美味しい。
 流石は静子さんの料理だ。
 若干酢が薄いのは、子どもに合わせてくれたのだろう。



 食後、子どもたちは院長と楽しそうにお喋りする。
 院長も慣れたのか、質問に答えながら、二人にいろいろな質問をしていた。
 時々ギョッとし、俺を睨む。
 あんだよ。
 俺は写真を何枚か撮った。


 1時間もすると、双子が院長に頼んだ。

 「すいません、ヘンゲロムベンベ様。これからちょっと勉強をしてもいいですか?」
 院長が俺を見た。

 「ああ、毎日決まったノルマをやることになってるんで、やらせてやってください」
 「それは構わんが」

 院長は先ほど食事をしたテーブルでやるといいと言った。
 早速双子は鞄から勉強道具を出して始めた。

 

 「おい、すごい集中だな」
 「そうでしょう。今やってるのは中学の化学です。すでに元素記号は二人とも暗記して、化学式をやってますよ」
 「二人は小学三年生だろ!」
 「もう小学校の課程は全部終わっちゃったんですよ」
 「お前、何やってんだ?」
 「なんでしょうね?」

 双子の勉強意欲は高まる一方だった。
 面白いんで、俺は次々に与えている最中だ。

 「多分、中学校に上がる頃には線形数学をやってますよ」
 「ポアンカレ予想でも挑むのか?」
 「やっちゃうかもしれませんねぇ」

 院長は腕を組んで考え込んだ。
 ちょっと気持ち悪い。
 写真を撮った。


 静子さんは一生懸命勉強する二人に、ジュースを置いた。
 「「ありがとうございます!」」
 嬉しそうに静子さんは微笑む。


 静子さんも加わり、俺はルーの塑像の写真と、ハーの因子分析の論文を見せた。
 静子さんは塑像に驚き、院長は論文を真剣に読む。
 
 「これはお前が病院で配ってたアンケートか」
 「そうです。まあ項目数が少ないので論文としては無理がありますが、ちゃんと有意差が出ましたよ」
 「そうだなぁ。因子分析なんて、どうやって勉強したんだ?」
 「一応基礎から俺が教えましたが、三日もかかりませんでしたね」
 
 「このブロンズって、本当にルーちゃんが作ったの?」
 「はい。顔の造形だけはちょっと手伝いましたが、あとはすべて本人ですねぇ」

 俺は元の彫刻を参考に、ジャコメッティの塑像を見せてイメージだけ伝えたことを言う。

 「すごい才能ね」
 「これって、多分二人を逆にしても同じだったと思いますよ」
 「「……」」

 俺たちは真剣に話し合ったが、度々静子さんが横を向いて噴いていた。




 双子の勉強が終わり、院長が庭や家の中を案内することになった。
 俺はお任せして、リヴィングに残る。


 
 静子さんが俺に言った。

 「夕飯はカレーにするつもりなんだけど」
 その言葉に俺は驚いた。

 「絶対ダメとは言いませんが、とにかく量が必要です」
 「大きなお鍋で作ろうと思うんだけど」
 俺は鍋を見せてもらい、全然足りませんと言った。

 「困ったわねぇ」
 「じゃあ、俺が家から持ってきますよ」
 「そんな、悪いわよ」
 「いいえ、静子さんのカレーは絶品ですから、是非お願いします。ああ、材料も買ってきますから」

 俺は急いでハマーで家に帰り、一升炊きの炊飯ジャーと寸胴を車に積んだ。
 途中でスーパーに寄り、静子さんの言う材料を買い足した。

 戻ると、二人は廊下で遊んでいた。

 「殿! 瑠璃侍、入らせていただきます!」
 ルーが座ったまま障子を開ける。
 「よく来た、瑠璃侍! ちこう寄れ!」
 ゴリラがなんか言ってる。

 俺が教えた日本家屋の扱いを自慢しているのだろう。
 まかせたぞ。


 俺は急いで静子さんを手伝い、カレーの準備をする。

 「あら、石神くんずいぶんお料理が上手くなったのねぇ」
 「はい、あいつらにもずい分と鍛えられました」
 「うふふ、そうなのねぇ」





 予想通りの暴れん坊たちの夕食になった。 
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