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亜紀、温泉へ。

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 ゴールデンウィークも、残り三日。
 何の予定もない。
 のんびりと、家で寛いでいた。

 「あー、今日は何するかなー」
 俺は朝食を食べ終え、コーヒーを飲みながら呟いた。
 子どもたちは勉強を始めている。

 「響子の顔でも見に行くかな」
 「あれ、響子ちゃんは今日は六花さんのマンションに泊まりに行くんじゃ?」
 亜紀ちゃんが教えてくれた。

 「あー、そうだった!」
 「六花さんの所へ行けばいいじゃないですか」
 「いや、あいつのマンションは蟻地獄と言うか、トラップ・ダンジョンと言うか」
 「?」

 絶対に捕まるに決まってる。
 俺は学習してるんだ。

 「じゃあ、栞さんと出掛けては?」
 「うーん、悪くはないけど、そうじゃないんだよなぁ」
 「じゃあ、峰岸さんとお食事に行くとか」
 「うーん、まあ悪くはないなぁ」

 「いっそ、作ってもらうとか」
 「そうだなぁ。でも、ちょっと違う気が」
 昨日まで一緒にいたからなぁ。

 「いっそ御堂さんの家に遊びに行くとか」
 「それは行きたいけど、やっぱ遠いよなぁ」

 「取り敢えず、映画でも観るかな」
 「あ、いいですね!」
 「ドライブとかもいいな」
 「あ、いいですね!」
 「温泉にでも行こうかな」
 「あ、ステキにいいですね!」

 「?」

 亜紀ちゃんがニコニコしている。

 「どうしたんだよ」
 「どれにします?」
 「ん?」
 「私、どれでもいいですよ!」
 「なんだと?」
 「だって、他の方々がダメなら、いよいよ私の出番かと」

 「……」

 どういうことだか、分からなかった。

 「取り敢えず、温泉、いっときますか!」
 「うん」
 思わず、返事をしてしまった。

 「いや、待て! 俺はお前たちを連れての温泉なんて行きたくねぇぞ」
 「はい。私だけでいいですけど」

 「「「え!」」」
 ニコニコと聞いていた皇紀と双子が驚く。
 亜紀ちゃんは、素早くノートに走り書きをし、破いて皇紀たちに見せた。

 三人の目が輝いた。

 「お姉ちゃん、行ってらっしゃい!」
 「楽しんできてね!」
 「留守番は任せてね!」

 「どういうことだ?」
 「じゃあ、決まりですね!」
 「何も決まってねぇ!」

 亜紀ちゃんがニタリと笑った。

 「いいじゃないですか。一緒にお風呂に入るわけじゃあるまいし」
 「なに?」
 「私とタカさんは、一緒にお風呂には入らないです!」
 「おい」
 「一緒にお風呂に」

 「どこの温泉にしようか?」
 いつの間に、こんな交渉術を。
 星野温泉へ行くことにした。




 まさか、ゴールデンウィークも終わりかけてからの当日予約ができるとは思わなかった。
 軽井沢のアンシェントホテルだ。
 亜紀ちゃんはネットで画像を見て、大喜びだった。
 フェラーリに乗りながら、満面の笑顔で言う。

 「これは、温泉の神が来てますね!」
 俺は笑うしかなかった。

 「ところで、皇紀や双子に何を見せたんだ?」
 あいつらが、遊びに行くのに遠慮するはずがない。

 「ああ、夕飯の献立で可能な食材を書きました」
 亜紀ちゃんはうちの食糧大臣だ。
 亜紀ちゃんが全食材を管理している。

 「和牛肉二十キロ。これで手を打ちました」
 「な、なるほど」

 軽井沢は近い。
 昼食を食べてから出発したが、三時過ぎにはホテルに着いた。
 素晴らしく美しい吹き抜けのロビーが俺たちを迎える。
 チェックインし、「月長石の間」に案内される。
 壁は黒い木材で、ダブルベッドが二つ並んでいる。
 小さなベランダがついており、イスとテーブルが置いてある。
 出てみると、素晴らしい景色だった。

 「素敵なお部屋ですね」
 「そうだなぁ。まあ、将来彼氏と来いよ」
 「今来てます」

 「……」

 亜紀ちゃんがポットで湯を沸かし、紅茶を入れた。
 家から、様々なティーバッグを持って来ている。
 「何もない」ということをコンセプトにしていることを調べていたからだ。
 テレビも無い。
 素晴らしいリゾートホテルだ。

 二人でベランダに出て飲んだ。

 「はぁー、いいですね」
 「そうだな」

 しばし、無言で緑の景色を眺めた。

 「夜になったら、またいいでしょうね」
 「ああ、楽しみだなぁ」
 「タカさん」
 「なんだ?」

 「段々、乗ってきましたね!」
 「ああ、そうだな!」





 二人で散歩しようということになった。
 部屋から出て、亜紀ちゃんはフロントに寄って来ると言った。
 玄関で待っていると、走ってきた。

 「ゆっくり歩けよ。もったいないだろう」
 「そうですね」

 亜紀ちゃんは、嬉しそうに笑い、俺に腕を絡めてきた。
 ホテルは森に囲まれている。
 森の香りを楽しみつつ、散策した。

 ホテルに戻り、バルコニーのテーブルに座り、また景色を楽しんだ。

 「来て良かったですね!」
 「本当だなぁ」
 俺は癒しの空間、とかは大嫌いだった。
 でも、ここはいい。
 慌ただしかった昨日までが、嘘のように感じる。
 数日前に、命の遣り取りをしたことすら、忘れてしまいそうだ。

 早目の夕食を摂った。

 「本当に、こちらの女性に三人前をお出ししてよろしいでしょうか」
 「はい。食べ盛りなもので」
 「アハハハ」
 「……かしこまりました」





 亜紀ちゃんは、いつも通り、溌溂と食事を楽しんだ。
 俺は、ちょっとだけ恥ずかしかった。
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