富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
365 / 3,202

羽田空港:思い出

しおりを挟む
 月曜日。
 顕さんの検査の結果が出た。
 何の異常もない。
 非常に良い経過だった。
 顕さんの病室に行き、そのことを伝えた。

 「そうか。全部石神くんのお陰だ。ありがとう」
 「そんなことありませんよ。顕さんには奈津江がついてるんです。そりゃ順調に行くに決まってますよ」
 「そうか。そうだったな。うん、そうだった」
 顕さんが嬉しそうに笑った。
 
 「こないだ、奈津江の墓参りに行ってきました」
 「そうか! ありがとうな」
 「それでですねぇ。事情があってフェラーリは手放しまして。代わりに新しい車になったんですよ。奈津江にはその報告もあって」
 「そうなのか」

 「顕さん、ちょっとだけドライブに行きましょうよ」
 「え、いいのか?」
 「はい。これだけ順調なんですから。遠くには行けませんが」
 「そりゃ嬉しいけど」
 「顕さんに新しい車を見てもらいたいんですよ、それが本音です」
 「ありがとう。じゃあ宜しく頼む」

 その夜。
 俺は一旦家に帰り、アヴェンタドールで病院に戻った。
 顕さんは寝間着を着替えて病室で待っていた。

 「じゃあ行きましょうか」
 駐車場に行くと、丁度シフトを交代するナースたちが俺の車を囲んで騒いでいた。

 「おい、お前ら!」
 「石神せんせー!」
 みんなが振り向く。

 「何やってんだよ」
 「私たち、紺野さんファンクラブですから。お待ちしてました」
 「なんだとー! おいみんな集まれ、写真を一緒に撮ろう!」
 『はーい!』

 写真を撮り終わり、みんな離れろと言った。
 顕さんを乗せ、出発する。
 シザードアを開けると、嬌声が沸いた。

 「あれは石神くんのファンだろ?」
 「それはどうだか。でも、顕さんの名前を出されたらサービスしますよ」
 「なんだかなぁ」
 顕さんは笑った。



 羽田空港へ向かった。

 「本当に近くてすみません」
 「いや、そんなことはないよ。僕なんかを連れ出してくれてありがたいよ」
 「もっと連れ出したいんですけどね。どうしても数値で出ないと出来ないもんで」
 「そりゃそうだろう」
 俺は仕事の具合を尋ねた。

 「うん、なかなかいいよ。インターネットがこんなに発達したお陰で、職場に行かなくてもできることが多くなった」
 「そうですね。顕さんみたいなホワイトカラーは、これからどんどんそうなっていくかもしれませんね」
 「君だってそうだろう」
 「いや、俺なんかは建築現場の人間と同じですよ。その場にいないと何もできない。まあ俺は現場が大好きですけどね」
 「そうだよな。実際に何かが出来ていくのを見るのはいいもんだ」

 顕さんは話しながら、窓の外をずっと見ていた。
 特に夜景は久しぶりだろう。




 羽田空港の第一ターミナルに向かった。
 エレベーターで展望デッキに上がる。
 顕さんをベンチに腰掛けさせ、コーヒーを買って来た。

 「綺麗だなぁ」
 「俺の一番好きな場所です」
 しばらく二人で眺めた。

 「ここは、奈津江と最初に来たんです」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 四月の、桜が散り終わった頃だったと思う。

 「ねぇ、どこか連れてってよ」
 学食で食べながら、奈津江が言った。
 二人で行きたいのはもちろんだが、レポートが大変で、おまけに金がなかった。
 金はあるのだが、毎月使う金額を決めていた。
 大きな出費は奈津江との京都旅行だ。
 見栄を張っていい旅館に泊まったので、数か月先にまで小遣いに響いていた。

 奈津江が半分出すと言ったのだが、勝手にあんな宿を取ったのは俺だ。
 任せろ、と言ってしまった。

 「白山神社に行こうか?」
 「ダメ彼氏!」

 根本的にもっと大きな原因は、俺がデートをよく知らない、ということだった。
 他の人間であれば、金が無いなりに上手いこと彼女を楽しませるのだろう。
 遊ぶことを知らな過ぎた。
 それと、俺が奈津江と一緒にいるだけで満足してしまっていたのが、一番いけなかった。
 本当に愛おしかった。

 御堂に相談した。

 「そうだね。僕もあまり知らないけど」
 「いや、俺の百倍マシだ!」
 御堂は笑った。

 「そういえば、前に北海道の親戚の家に行く時にね、羽田空港に夜に行ったんだ。遅い便しかなくてね」
 「おう!」
 「綺麗だったんだよ。発着ロビーからもそうだったけど、展望台に上ったんだ。あそこは確か自由に出入りでき」
 「やっぱりお前は親友だぁ!」

 俺は御堂の手を握り、感謝した。
 御堂はまた笑ってくれた。

 翌日、すぐに空港に電話し、利用時間や店舗などを聞いた。
 非常に丁寧に教えてもらった。

 「彼女がいるんですが、俺に金がないんです!」
 電話で教えてくれた人が笑っていた。
 その人も、夜の空港が綺麗で好きだと言っていた。
 何度も礼を言い、電話を切った。

 一応山中にも聞いてみた。

 「なんでモテモテのお前にそんなこと教えなきゃいけないんだよ!」
 山中は先週、また学食で女の子に邪魔だと殴られた。
 目の周りがまだ青かった。
 俺が大丈夫かと触ると、「いてぇ!」と言った。


 
 奈津江とJRで浜松町に行き、そこからモノレールに乗り換えた。
 夕方だった。
 モノレールに乗ると、奈津江が興奮してきた。

 「ね、これスゴイよね!」
 「おう、そうだよな!」

 懸架式の電車は、二人とも初めてだった。
 空港に着き、俺たちはまっすぐに第一ターミナルの展望台に向かった。
 ちょっと入り口が分からずに迷い、奈津江に怒られた。

 展望台に上った。

 夕暮れの景色が本当に美しかった。
 徐々にそれは薄暗くなり、空港全体が青く染まって行く。

 「綺麗……」
 奈津江がそう言ってくれ、俺は最高に嬉しかった。
 俺はここにいてくれと奈津江に言い、離れた。
 空港の人らしい方に、〇〇部の秋本さんの名前を告げた。

 奈津江とまた一緒に景色を眺めていると、小柄な女性がやってきた。

 「石神さんですか?」
 「はい! 秋本さんですね!」
 「?」

 俺は奈津江に説明した。
 電話で空港のことをいろいろと聞いている中で、日時を教えて欲しいと言われたのだ。
 少し案内をして下さると言ってくれた。

 「石神さんが、あまりにもあなたのことを思っていろいろ聞いて来るんで。あとあなたがどれだけ美人でカワイイかって。もう私まで楽しくなっちゃって、是非お会いしたかったんです」
 「いや、そんな」
 俺は照れたが、奈津江は嬉しそうだった。
 奈津江は自己紹介をし、わざわざ来て下さったことに礼を言った。

 「石神さん、お金あんまり無いんですよね? 私もあまりないけど、コーヒーくらいご馳走させてください」
 「ダメ彼氏! 恥ずかしいよ!」
 奈津江が俺の腕を叩く。
 俺と秋本さんは笑った。

 俺たちは恐縮しながらコーヒーをいただき、空港についていろいろ教えていただいた。
 その後で本当に施設を案内してもらい、普段は入れない整備の施設まで見せてもらう。
 最後に第一ターミナルの展望台に戻った。

 「じゃあ、記念に写真を撮りましょう!」
 「え、ほんとうですか!」
 奈津江が喜んだ。
 俺が写真をあまり好きでないので、これまで二人の写真はほとんどない。

 「あそこに二人で立って。はい、いいですよ。あ、石神さん、もっと彼女とくっついて!」
 二枚の写真を撮ってくださった。
 最後に空港のスタッフの人が、三人での写真を撮ってくれた。
 俺の住所を教え、後日写真を送ると言って、秋本さんは帰って行かれた。

 二人でベンチでまた景色を眺めていると、空港の方がソフトクリームを二つ持って来てくれた。
 秋本さんが、今日は本当に楽しかったから、と頼まれたそうだ。

 「なんかいろいろしてもらちゃって、申し訳ないな」
 「ダメ彼氏のダメっぷりを堪能したわ」
 「そう言うなよー」
 奈津江は微笑んで俺の頬にキスをしてくれた。

 「ウソウソ。今日は高虎のお陰で楽しかった。いろいろ私のために頑張ってくれたんでしょ?」
 「そんなことはないよ」
 「大好き」
 「うん、俺も」

 手を握り、またしばらく空港の美しい景色を眺めた。







 「そろそろ帰ろうか!」
 奈津江が幸せそうな顔をして言った。

 「ああ。じゃあそろそろ予約した銀座の寿司屋に行くかぁ!」
 「え、そうなの?」

 「今日は、そういう夢を見てください」
 「この、ダメ彼氏!」
 奈津江に蹴られた。

 俺たちは笑いながら帰った。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...