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二章 ムーダン王国編
28 消滅
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「大体ねぇ!その天秤は元々は正邪をはかるものだったのよ?私も今でこそ、司法やら勝敗やら、何やら、司るものが増えちゃったけどね!?何でもかんでも願いを叶える力じゃないのよ!道を指し示すくらいなの!どっちが正道?こっちはいい道?ってね!肉屋にキャベツを買いに行くような事をしないでくれる!?」
うん、アストレアさんや。言いたいことはわかるけど、例えがおかしくない!?
「なによ!出来る力があるなら、やったっていいでしょ!?ケチ臭いわね!可哀想だって思わないの?」
「ケチですってぇ!!この小娘!いいこと?鼻の穴をかっぽじってよく聞きなさい!神の力はね、やれる事全部やって、人智を尽くして、つくして、尽くしまくって、もう後が無い、神に祈る事しか出来ない、命を燃やす程、己の総てを掛けて神に願う。そこで初めて声が届くの。それでも叶えてもらえた人間なんて、僅かなのよ」
まぁ、例外も存在はするけど、かなり特殊事例だ。
人は産まれたその時から、運命の輪に組み込まれる。
いく筋もの道を選択し、また枝分かれする運命の糸を手繰り、出逢い、紡いでいく。
人々は、歩んだその道を、歴史と呼んでいるけど、それは今を通して、未来へと繋がる。
神の力で、それを無理やり歪めればーーー
「確かに私の力でも、ある程度の願いは叶えられるけどね、ここで死ぬはずの人間が生きている。ならば、どこかで生きる筈の人間が死ぬわ」
出会う筈の無い運命の糸を繋ぎ、出逢う筈だった運命を切る。
運命にも強弱がある。強い運を持つ人間の道は、その歪みを修正しようとする。
人智を尽くして、と言うのは自らの望む道を辿る為に、あがらい抵抗し、途方も無く続けたーーーーその先に、例え無理やりにでも、新たなる道を引き寄せる。
神に声を届かせる人間は、そうやって道を造ってしまう者なのだ。
「だからこそ人は奇跡と呼ぶんでしょ?」
人が織りなす運命を切り開く、奇跡。
だから、神は祝福を与える。
アストレアの言うとおり、人の世は人が治める。運命も然り。人の手で動かすものだ。
泉のほとりで微笑んだ、寂しい顔を思い出す。
『人はーーーもう神の手を離れたんだよ』
「わかった?生意気な小娘。あなたがやっているのは神の力を使って、人間が欲望のままに、歪ませているだけなのよ」
「じゃぁ、じゃぁ、母ちゃんにシネって言うのかよ!」
怨みの篭った視線をアストレアに突き刺す少年は、溢れる涙を拭う事もせずに、叫んだ。
「それは違うよ!誰もそんな事を望んでない。神様だって。でもね、人間が助かる為には、人間が動かないといけないんだよ。何故って思う?この地上で【生きている】のは神様じゃないからだよ。それにね、君のお母さんは、下山して、キチンと治療すれば治る病だ。他の村人達もね」
「う、嘘だ。村長、が、言ってた」
「嘘じゃないよ。ここにずっといる方が身体に悪い」
「だって、ドワーフがこの村をめちゃくちゃにする、って」
「此処にはね、魔鉱石って言う鉱物が有ってね、それは人々が生活するのに必要な物を作る為の素材になるんだ。例えば、コレ、何だかわかるかな?」
「ーーーーナイフ」
「うん、そうだね、ナイフだ。魔鉱石を使っているんだよ。鉄よりも丈夫で、硬い。そして魔力を通しやすいのが特徴なんだ。ミスリルやオリハルコンには敵わないけどね。この鉱石があるから、騎士たちは魔獣の討伐が楽になったって聞くよ。それにね、魔導具にも使われているんだ」
シャークは穏やかに話すから、少年もいつの間にか泣きやんで、話しを聞いている。
シャークは威厳が必要な殿下をやっているよりも、先生とか似合うのかも。
「魔鉱石と言うのはね、魔毒を含んでいて、生き物ーーー植物も、動物も、人間にとっても良くないモノを出すんだ。君のお母さんや村人も、この魔毒が原因の病気だ。身体が弱っている人から倒れていく。ドワーフはこの魔毒を無くしながら、製••••加工出来る技術を持っているんだよ」
「村長が昔は、凄い森だったって。畑だって良く取れたって」
「うん。火山が噴火する前はそうだったんだ。ここからも見える、そう、あの山。今も時々少しだけ、煙を出しているでしょう?あの山が、噴火ーー爆発っていうのかな。した時に、この村にも沢山被害が出たんだ。森も、畑も。沢山、地面が動いて、魔鉱石が見える寸前まで、出てきてしまった。だから、木も、畑も、魔毒で育たなくなってしまったんだ」
試行錯誤して、何とか木々を育て、畑を耕しても、蓄積されていく魔毒に負けてしまう。
国としては、限界だった村を放棄してドワーフに任せ、優先的に魔鉱石から精製した魔鉄を仕入れる。
そして、麓の村での産業になれば、貧しい村の底上げが期待出来ると。
「誰が悪いわけじゃないんだよ。自然も、この地上で生きているのだから。人間と一緒に」
君は、お母さんを助けて今まで良く頑張ったね。
そう言ってシャークは少年の頭を撫でる。
わんわんと声を上げる子供からは、棘が抜けたみたいに攻撃性がなくなっていた。
「ふーん?じゃ、魔毒が無くなればいいんじゃない。『天秤よ、魔毒を消して!』何よ、ゴタクならべちゃって、難癖付けて、勿体ぶって。アタシが無くしてあげるんだから、泣くんじゃないわよ!」
ーーーーえ?今のって。
うっかり、サラリと流しそうになったけど。
「「「話しを聞いてたよね!?」」」
フィリアナの持っている天秤が輝く。
アストレアの神力が発動する。
ズズンっと地面が鳴り、山肌に亀裂が走った。
「ちょっと、今私を使った!?いやぁァァ!!何してくれちゃったのよ!馬鹿なの?ああ、馬鹿だったわね!」
「え、え、何が起こったんですか!?」
「肉屋にバナナを買いに行った現象よ!お門違いに溜まった凝りで、場が崩れるわ」
「姫様、言いたいことはわかるけど、何か違うーー!」
このままじゃ、村ごと土の中だわ!
どうするーーーー?どうすればいい?
考えて、ふとラインハルトの声が蘇る。
『ーーーー持っていけ』
熱をもった天秤を、持っていられなくなったフィリアナが、放った。
アストレアが、ギャーギャー文句を言いながら、土の上に鈍い音をさせて転がった天秤を拾う。
スローモーションのようにそれが見えてーーーードクン、と心臓が跳ねる。
「シャークを死なせたりはしないわ。絶対に」
大きく溜息をついたアストレアが、儚く思える笑みを見せた。
「仕方がないわよね。アレって私の力だもの。これ以上、変に地上に影響を与える訳にはいかないでしょ?」
でも、その瞳は強く、揺るぎない。
「小娘、良く見てなさい!女神の力を」
深くなっていく亀裂に腰を抜かしたフィリアナが、呆然とアストレアを見上げている。
パラパラと、細かく乾いた岩が降ってきた。
人によって放たれてしまった、歪な神の力を相殺させる為に、アストレアは力を開放した。
私に天秤を託して。
ああ、だからラインハルトは私に持たせたのだ。
神をも屠れる、神剣を。
アストレアが、権能を越えるーーーー開放される力で押さえ込む。
歪んで曲がった神力を捻じ伏せて、怒れる火山を宥め、緩やかに力を浸透させていく。
アストレアの神格よりも高い、大地の兄様の領域を侵す行為。
そして、これだけ広範囲に渡る力の行使は、誤魔化せない。地上における制約も。
もうアストレアも、ただでは済まない。
サジルはフィリアナに注意をしていた筈だ。範囲を狭く、限定的に使うようにと。
オーロラが降りて来た様な幻想的な光景に、息を呑む。
キラキラと煌めく霧がアストレアにまとわりつく。
「アストレア、貴女もバカね」
姿は透けて、薄くなる。
肩を竦めて、仕方がないでしょ?って唇が動く。
消滅の文字が脳内で点滅する。
「ア、アストレア?どうしてそんな姿にーー」
シャークな殿下は、やっぱりな殿下で、泣き出す寸前だ。
恋をするのに時間は必要無かったのか、アストレアとはこの数日で、かなり距離が縮まったのだろう。激しく動揺している。
天秤を地面に置いて、ラインハルトから預かった神剣を顕現させた私を見て驚愕するけど、私が今からやろうとしている事を察して、目に溜めた涙は決壊した。
「シャーク、錘の林檎を渡して」
「や、やめーー、待って、お願い、止めてー!」
必死に首を横に振るシャークの懐から、小さな姫林檎がフワリと出てくる。
私はそれを、掌で暖めるように包む。
「アストレア覚悟はいい?ーーーーアストレア、返事をなさい!」
『は、はいぃー!』
掌の中でトクン、と林檎が返事をした。
その鼓動を確認すると、くしゃくしゃの顔で叫ぶシャークを無視して、私は神剣を天秤に突き刺した。
うん、アストレアさんや。言いたいことはわかるけど、例えがおかしくない!?
「なによ!出来る力があるなら、やったっていいでしょ!?ケチ臭いわね!可哀想だって思わないの?」
「ケチですってぇ!!この小娘!いいこと?鼻の穴をかっぽじってよく聞きなさい!神の力はね、やれる事全部やって、人智を尽くして、つくして、尽くしまくって、もう後が無い、神に祈る事しか出来ない、命を燃やす程、己の総てを掛けて神に願う。そこで初めて声が届くの。それでも叶えてもらえた人間なんて、僅かなのよ」
まぁ、例外も存在はするけど、かなり特殊事例だ。
人は産まれたその時から、運命の輪に組み込まれる。
いく筋もの道を選択し、また枝分かれする運命の糸を手繰り、出逢い、紡いでいく。
人々は、歩んだその道を、歴史と呼んでいるけど、それは今を通して、未来へと繋がる。
神の力で、それを無理やり歪めればーーー
「確かに私の力でも、ある程度の願いは叶えられるけどね、ここで死ぬはずの人間が生きている。ならば、どこかで生きる筈の人間が死ぬわ」
出会う筈の無い運命の糸を繋ぎ、出逢う筈だった運命を切る。
運命にも強弱がある。強い運を持つ人間の道は、その歪みを修正しようとする。
人智を尽くして、と言うのは自らの望む道を辿る為に、あがらい抵抗し、途方も無く続けたーーーーその先に、例え無理やりにでも、新たなる道を引き寄せる。
神に声を届かせる人間は、そうやって道を造ってしまう者なのだ。
「だからこそ人は奇跡と呼ぶんでしょ?」
人が織りなす運命を切り開く、奇跡。
だから、神は祝福を与える。
アストレアの言うとおり、人の世は人が治める。運命も然り。人の手で動かすものだ。
泉のほとりで微笑んだ、寂しい顔を思い出す。
『人はーーーもう神の手を離れたんだよ』
「わかった?生意気な小娘。あなたがやっているのは神の力を使って、人間が欲望のままに、歪ませているだけなのよ」
「じゃぁ、じゃぁ、母ちゃんにシネって言うのかよ!」
怨みの篭った視線をアストレアに突き刺す少年は、溢れる涙を拭う事もせずに、叫んだ。
「それは違うよ!誰もそんな事を望んでない。神様だって。でもね、人間が助かる為には、人間が動かないといけないんだよ。何故って思う?この地上で【生きている】のは神様じゃないからだよ。それにね、君のお母さんは、下山して、キチンと治療すれば治る病だ。他の村人達もね」
「う、嘘だ。村長、が、言ってた」
「嘘じゃないよ。ここにずっといる方が身体に悪い」
「だって、ドワーフがこの村をめちゃくちゃにする、って」
「此処にはね、魔鉱石って言う鉱物が有ってね、それは人々が生活するのに必要な物を作る為の素材になるんだ。例えば、コレ、何だかわかるかな?」
「ーーーーナイフ」
「うん、そうだね、ナイフだ。魔鉱石を使っているんだよ。鉄よりも丈夫で、硬い。そして魔力を通しやすいのが特徴なんだ。ミスリルやオリハルコンには敵わないけどね。この鉱石があるから、騎士たちは魔獣の討伐が楽になったって聞くよ。それにね、魔導具にも使われているんだ」
シャークは穏やかに話すから、少年もいつの間にか泣きやんで、話しを聞いている。
シャークは威厳が必要な殿下をやっているよりも、先生とか似合うのかも。
「魔鉱石と言うのはね、魔毒を含んでいて、生き物ーーー植物も、動物も、人間にとっても良くないモノを出すんだ。君のお母さんや村人も、この魔毒が原因の病気だ。身体が弱っている人から倒れていく。ドワーフはこの魔毒を無くしながら、製••••加工出来る技術を持っているんだよ」
「村長が昔は、凄い森だったって。畑だって良く取れたって」
「うん。火山が噴火する前はそうだったんだ。ここからも見える、そう、あの山。今も時々少しだけ、煙を出しているでしょう?あの山が、噴火ーー爆発っていうのかな。した時に、この村にも沢山被害が出たんだ。森も、畑も。沢山、地面が動いて、魔鉱石が見える寸前まで、出てきてしまった。だから、木も、畑も、魔毒で育たなくなってしまったんだ」
試行錯誤して、何とか木々を育て、畑を耕しても、蓄積されていく魔毒に負けてしまう。
国としては、限界だった村を放棄してドワーフに任せ、優先的に魔鉱石から精製した魔鉄を仕入れる。
そして、麓の村での産業になれば、貧しい村の底上げが期待出来ると。
「誰が悪いわけじゃないんだよ。自然も、この地上で生きているのだから。人間と一緒に」
君は、お母さんを助けて今まで良く頑張ったね。
そう言ってシャークは少年の頭を撫でる。
わんわんと声を上げる子供からは、棘が抜けたみたいに攻撃性がなくなっていた。
「ふーん?じゃ、魔毒が無くなればいいんじゃない。『天秤よ、魔毒を消して!』何よ、ゴタクならべちゃって、難癖付けて、勿体ぶって。アタシが無くしてあげるんだから、泣くんじゃないわよ!」
ーーーーえ?今のって。
うっかり、サラリと流しそうになったけど。
「「「話しを聞いてたよね!?」」」
フィリアナの持っている天秤が輝く。
アストレアの神力が発動する。
ズズンっと地面が鳴り、山肌に亀裂が走った。
「ちょっと、今私を使った!?いやぁァァ!!何してくれちゃったのよ!馬鹿なの?ああ、馬鹿だったわね!」
「え、え、何が起こったんですか!?」
「肉屋にバナナを買いに行った現象よ!お門違いに溜まった凝りで、場が崩れるわ」
「姫様、言いたいことはわかるけど、何か違うーー!」
このままじゃ、村ごと土の中だわ!
どうするーーーー?どうすればいい?
考えて、ふとラインハルトの声が蘇る。
『ーーーー持っていけ』
熱をもった天秤を、持っていられなくなったフィリアナが、放った。
アストレアが、ギャーギャー文句を言いながら、土の上に鈍い音をさせて転がった天秤を拾う。
スローモーションのようにそれが見えてーーーードクン、と心臓が跳ねる。
「シャークを死なせたりはしないわ。絶対に」
大きく溜息をついたアストレアが、儚く思える笑みを見せた。
「仕方がないわよね。アレって私の力だもの。これ以上、変に地上に影響を与える訳にはいかないでしょ?」
でも、その瞳は強く、揺るぎない。
「小娘、良く見てなさい!女神の力を」
深くなっていく亀裂に腰を抜かしたフィリアナが、呆然とアストレアを見上げている。
パラパラと、細かく乾いた岩が降ってきた。
人によって放たれてしまった、歪な神の力を相殺させる為に、アストレアは力を開放した。
私に天秤を託して。
ああ、だからラインハルトは私に持たせたのだ。
神をも屠れる、神剣を。
アストレアが、権能を越えるーーーー開放される力で押さえ込む。
歪んで曲がった神力を捻じ伏せて、怒れる火山を宥め、緩やかに力を浸透させていく。
アストレアの神格よりも高い、大地の兄様の領域を侵す行為。
そして、これだけ広範囲に渡る力の行使は、誤魔化せない。地上における制約も。
もうアストレアも、ただでは済まない。
サジルはフィリアナに注意をしていた筈だ。範囲を狭く、限定的に使うようにと。
オーロラが降りて来た様な幻想的な光景に、息を呑む。
キラキラと煌めく霧がアストレアにまとわりつく。
「アストレア、貴女もバカね」
姿は透けて、薄くなる。
肩を竦めて、仕方がないでしょ?って唇が動く。
消滅の文字が脳内で点滅する。
「ア、アストレア?どうしてそんな姿にーー」
シャークな殿下は、やっぱりな殿下で、泣き出す寸前だ。
恋をするのに時間は必要無かったのか、アストレアとはこの数日で、かなり距離が縮まったのだろう。激しく動揺している。
天秤を地面に置いて、ラインハルトから預かった神剣を顕現させた私を見て驚愕するけど、私が今からやろうとしている事を察して、目に溜めた涙は決壊した。
「シャーク、錘の林檎を渡して」
「や、やめーー、待って、お願い、止めてー!」
必死に首を横に振るシャークの懐から、小さな姫林檎がフワリと出てくる。
私はそれを、掌で暖めるように包む。
「アストレア覚悟はいい?ーーーーアストレア、返事をなさい!」
『は、はいぃー!』
掌の中でトクン、と林檎が返事をした。
その鼓動を確認すると、くしゃくしゃの顔で叫ぶシャークを無視して、私は神剣を天秤に突き刺した。
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