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三章 忌み地と名も無き神

5 神獣の消えた先には

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ーーーーお姫様はツメが甘いからね。気をつけなよ。

サジルにドヤ顔で言われて腹が立つが、本当の事なので言い返せなかった。
私はムスっとしながら大牢獄を後にして、長く白い一色の廊下を浸すら歩く。

三叉路を右に曲がろうとして、大きな手にクイっと引かれる。

「フィア、そっちじゃない」

「ーーーー••••」

繋いでいる事すら忘れているくらいに、自然と重なっていた手の平へ、力を込められる。
ラインハルトは、迷わず左に足を向けた。
ちょっと間違えてしまった原因は、この白い廊下の所為だと思う。
以前、舞殿までの道を身体に叩き込んだけど、あの時はまだ外が見えていたが、ここは全く外の空気に触れる事がないのだ。

最早、方向感覚を狂わせる為の造りにしか見えない。
辻で、違うとまた手を引かれる。
あ、アレ!?

牢獄の見取り図をロウに見せてもらったし、書け、と言われたら書ける筈なのに。
自分達が今何処にいるのかが解らなくなっている。

ーーーー大牢獄とは恐ろしい場所だ。
最早、独りでコッソリ訪れるのは無理だろう。

「ーーーーフィア」

私に合わせて隣を歩いていたラインハルトが、ヒョイっと私を抱き上げる。
丁度、腕に腰を掛ける感じでの抱っこだ。

わかります、一々間違える私を面倒になりましたね、ラインハルトさん。
と言うか、何故迷わないのかが不思議ですよ。

不満顔しているであろう私とは対象的に、ラインハルトはクスクス笑う。

「ご機嫌ね、ラインハルト」

「そうかもな。もう、待たなくていいから」

何を、と私は聞かなかった。
ずっと、母様達に止められていたのは知っている。
私の身体が、人で言う乙女と言われる位まで成長しない内は、妻問は許さん!って大地の母様は言ってたし。
そもそも、私の成長は特殊な挙句、かなりゆっくりで、何というか、兄様に対するアレな感情が育たないと大きくならない。
だから待たないって言うのは、今の私の姿はーーーーんん!?

ーーーーあれ。

天界から姿を消す前に、ムーダンへ行く前よりも成長して、乙女の姿になっている訳で。

(これって、もろバレじゃない!?まずくない!?)

もう良いですよ、って宣言しちゃってるに等しいよね?なんだか居た堪れないんですけど!?

カァッと、顔が熱くなって、ムズムズと恥ずかしさがこみ上げ、速攻で逃げたくなるけど、抱えられてしまってはどうにも逃げなれない。

ラインハルトに、下ろして欲しいと頼んでみたけど、速攻で却下されてしまう。
一旦意識してしまうと、心臓が早鐘の如く煩くなる。
ワタワタと慌てる私をラインハルトは凄く楽しそうに見てくるのも、居た堪れない。

「なんなら、このままお前の天空の宮に行っても良いが?前回ーーーー当日にお預けを食らって、そのまま消えたからな、フィアが」

立ち止まったラインハルトが、熱の篭った眼差しで私を射抜く。
金縛りに会うとこんな感じで動けなくなるのかな。呼吸すら苦しい。
ツーッとラインハルトの長い人差し指が、私の唇をなぞる。
キュウと引き絞られる痛みと、切なさと愛しさとが混ざって溢れだす。

口を衣で抑えなければ、溢れてしまう感情をなんと言うのだろう。

切に動く心の様を、感情を示す言葉。
そう言えば、哀しいも愛しいも、同じ読みをするなと、前世の記憶が思い出す。

「貴方が、大好きよ」

思わず、溢れた想いがポロリとこぼれた。

目を大きく開いて驚くラインハルトに、少し気を良くする。私ばかりがドキドキするのも不公平だしね。

ふっと甘く疼く記憶が、今に繋がりかけた
その時、破裂するんじゃないかと思う位に、一際大きく心臓が跳ねた。


これは、違う。泣きたくなる痛みだ。

「ーーーーっ」

何かが急激に遠ざかり、薄くなっている。
様子のおかしい私に、ラインハルトは直ぐに気が付く。
唇にあった指先が、気遣わしげに、頬を下目蓋を撫でた。

「フィア、どうした?」

嫌な、とても嫌な感じがしている。
ギュウっとラインハルトの首に手を回して、早く皆のいる室へ戻ろうと促した。

力加減の難しい転移も、ラインハルトは簡単にやってのける。
私も出来るけど、こうも鮮やかに、かつ速やかには出来ない。どうも転移位置がややズレてしまうのだ。

記憶を失う前は、そんな事は無かったんだけどな。ちょっとだけ、まだ馴染んでいないのかも知れない。

一瞬で戻った居間代わりの室には、強張った表情の面々がいて、何かがあったのだと、直ぐに分かった。

グルリと見回し、その中にいない存在があって、予感を押し込むように問う。

「ね、チュウ吉先生は?ポポも」

ここに居ない、それが答えだろうけど、聞かずにはいられなかった。

薄くなった繋がりに、焦りが生じる。

「さっきまでは居たんだ。でもーーーー」

フロースの言葉にゴクリと息をのむ。
聞きたくないけど、無視は出来ない。

「ポポの正体と、チュウ吉先生の過去を聞いていたんだけどーーーレガシアの報告を受けていたらさ、消えていたんだ」

カリンの説明を上手く処理出来ずにいると、ラインハルトが私をソファーに座らせて、メルガルドに熱い東のお茶を用意させた。

冷たくなった指先を温める様に、茶碗を持つと、薫る茶葉に少しは落ち着く。

「ーーーー大丈夫。繋がりは切れていないもの」

とても、薄いけど。
レガシアの報告から、きっと、忌み地に封じられた神が力を付け、動いたのだろうと考える。
消えた村とかも、そうだろう。
本当、アホなサジルが余計な事をしてくれたし。

ただ、この神殿に干渉出来る程、力を付けたとは思えない。
コチラが応えない限りは、だけど。
私は、そこまで考えて思いつく。

「あ、応えた、のかも知れない」

「「「「ーーーー。」」」」

有り得ないどころか、あり得まくる。
皆どこか神妙な顔つきから、ちょっと酸っぱい顔つきになってるよ?なんでさ!

あ嗚呼、やっぱりと頭を抱えるのは数人。

「いえ、つくづく主に似るものだと思いまして。そんな事は無いと、思いたかったのですがねぇ」

「まさか、長い年月を生きている神獣が、軽率な行動を取るなんてさ。思いもしなかったし」

神獣が主ーーーー私よりも先に、突っ走るとは思わなかったと、そう口々に言われたのである。

ーーーーぐぬぬ。

「フィア様、して••••チュウ吉先生は、どちらへ誘われたのかのかはーーーーやはり?」

「うん、忌み地、だと思う」

話すうちに冷静さが戻り、繋がりが薄くても、切れてないならば追跡すれば良いと、不安を無理やりでも拭う。
どちらにせよ、忌み地はなんとかしなければならない案件だったし。

これ以上の放置はまずいのだ。
決着を付け時なんだろうと思う。

「こちらの用事もあるし、ちょっと行こうと思ってるんだ」


私が直接行くことに、難色を示すかと思われたけど、結局忌み地へは、全員が行くことになった。

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