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焦がれた色の傍に
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倒れ込み意識を失う直前に、世界が一瞬揺らぐ。
頬に触れるのは慣れたざらりとした感触ではなく冷たくかたいけれどなめらかな質感。
暗くなる目の前を無理矢理こじ開けて上半身を起こす。
目の前に見えるのはすべらかに削られた石畳の上に描かれたどこか見覚えのある幾何学模様とこれまで見覚えのない法則性のある文字らしき記号。
何かの儀式で引っ張り出されて据え付けられたのだと分かった。
「よ、ようこそお越し下さいました、異界の聖女様」
周りに居た跪き頭を下げられたままの人達の一人に声だけをかけられた。
少なくとも今のところ態度だけは丁寧に扱うつもりらしい。
言葉が通じるのは儀式による何かの力が働いたか、それとも既に違う世界のものを幾度も喚んでおり学習したのかどちらだろう?
推測するに私は違う世界に聖女として召喚されたらしい。
「あの、私にどうしろと……?」
尋ねると、一瞬相手の肩がびくりと震えた。なにゆえその反応なのかはそれだけでは読めない。
「い、一方的に喚んでおいて申し訳ないとは思いますが、この世界に滞在し、瘴気を浄化していただきたいと思っておりますっ」
あまりの慌てように、説明係を押しつけられた下っ端なのかなと失礼なことを思う。
そんなに怖がるほど強大な力を持った存在を召喚したつもりなんだろうか?
「期待に応えられなかった場合は?」
「はい?」
想定外の質問だったのかもしれない。
今まで下げられたままだった頭が上がる。
合った目は遠い空の色をしていた。
「私がたまたま来てしまっただけの何も出来ない存在だとしたら?」
さすがに害をもたらす存在だとしたら? とは訊かない。余計な疑心を持たせたくない。
「そ…………れは、こちらの不手際なので、犯罪以外ならご自由に。何不自由ないとは言いきれませんが最低限の生活の保障はしばらくさせていただきたいと思っておりますっ」
横にいた男が咎めるような視線を向けたのでその言葉は恐らく独断だろう。それでもしばらくな辺り正直だと思う。
「もし期待通りになった場合はどうなるのかしら?」
普通はそれを先に聞くべきかもしれないけれど。
「そうなったら自由を奪われ瘴気を浄化する道具にされるのかしら?」
「いえ、基本いて下さるだけで浄化されますから、ある程度安全なところで生活していただければそれで」
澱みがなかった、練習したのかもしれない。疑うべきなのかどうか悩む。
「……戻れない?」
「申し訳ございませんっ」
また頭を下げられ、空色が見えなくなる。
「こちらからではお戻しできません」
これは予想が付いた。還せるなら只人だった場合の生活なんて想定しない。
そんなことでと思う。
その程度の事で謝るのかと。
私は前の世界でも聖女と呼ばれていた。
呼ばれ方は何かしらあがめ立てられているようだけれど、実際は力を吸い取るための物体扱いだった。
聖女が我々のために祈る? 私を利用する人たちの幸せを望んだことなど一度もないのに?
高潔なお心によって? 私に心があるなんて認めていなかったのに?
自分たちの印象が良くなるように、そして実体がばれ今後同じような力を持つ人が逃げないようにとしか考えていないくせに。
私に意思を認めなかった人達は周りでなにも気にせず何もかもを喋っていた。
何に使っているかはそれでも分からない。
けれど今、あるらしい力は私からしかとれないことは聞いている。
なのでただ生かさず殺さずどれだけ力を搾り取れるかだけを気にしていた。
私が高い小窓から見える小さな空が好きだったことも。
逃げるまでは無理でも自殺できるだけの力を溜めていたことも。
何も知らなかっただろう。
その反動だとは分かっている。
たとえこれが何らかの理由で言質を取る必要があり、それまでの茶番だったとしても。
結局は自分を利用したいということだと分かっていてもなお。
尊重されたことに幸せを感じる。
何よりも。
「……頭を上げて下さい」
あんなに焦がれた空の色をこんな近くで見えるだなんて思ってもいなかった。
頬に触れるのは慣れたざらりとした感触ではなく冷たくかたいけれどなめらかな質感。
暗くなる目の前を無理矢理こじ開けて上半身を起こす。
目の前に見えるのはすべらかに削られた石畳の上に描かれたどこか見覚えのある幾何学模様とこれまで見覚えのない法則性のある文字らしき記号。
何かの儀式で引っ張り出されて据え付けられたのだと分かった。
「よ、ようこそお越し下さいました、異界の聖女様」
周りに居た跪き頭を下げられたままの人達の一人に声だけをかけられた。
少なくとも今のところ態度だけは丁寧に扱うつもりらしい。
言葉が通じるのは儀式による何かの力が働いたか、それとも既に違う世界のものを幾度も喚んでおり学習したのかどちらだろう?
推測するに私は違う世界に聖女として召喚されたらしい。
「あの、私にどうしろと……?」
尋ねると、一瞬相手の肩がびくりと震えた。なにゆえその反応なのかはそれだけでは読めない。
「い、一方的に喚んでおいて申し訳ないとは思いますが、この世界に滞在し、瘴気を浄化していただきたいと思っておりますっ」
あまりの慌てように、説明係を押しつけられた下っ端なのかなと失礼なことを思う。
そんなに怖がるほど強大な力を持った存在を召喚したつもりなんだろうか?
「期待に応えられなかった場合は?」
「はい?」
想定外の質問だったのかもしれない。
今まで下げられたままだった頭が上がる。
合った目は遠い空の色をしていた。
「私がたまたま来てしまっただけの何も出来ない存在だとしたら?」
さすがに害をもたらす存在だとしたら? とは訊かない。余計な疑心を持たせたくない。
「そ…………れは、こちらの不手際なので、犯罪以外ならご自由に。何不自由ないとは言いきれませんが最低限の生活の保障はしばらくさせていただきたいと思っておりますっ」
横にいた男が咎めるような視線を向けたのでその言葉は恐らく独断だろう。それでもしばらくな辺り正直だと思う。
「もし期待通りになった場合はどうなるのかしら?」
普通はそれを先に聞くべきかもしれないけれど。
「そうなったら自由を奪われ瘴気を浄化する道具にされるのかしら?」
「いえ、基本いて下さるだけで浄化されますから、ある程度安全なところで生活していただければそれで」
澱みがなかった、練習したのかもしれない。疑うべきなのかどうか悩む。
「……戻れない?」
「申し訳ございませんっ」
また頭を下げられ、空色が見えなくなる。
「こちらからではお戻しできません」
これは予想が付いた。還せるなら只人だった場合の生活なんて想定しない。
そんなことでと思う。
その程度の事で謝るのかと。
私は前の世界でも聖女と呼ばれていた。
呼ばれ方は何かしらあがめ立てられているようだけれど、実際は力を吸い取るための物体扱いだった。
聖女が我々のために祈る? 私を利用する人たちの幸せを望んだことなど一度もないのに?
高潔なお心によって? 私に心があるなんて認めていなかったのに?
自分たちの印象が良くなるように、そして実体がばれ今後同じような力を持つ人が逃げないようにとしか考えていないくせに。
私に意思を認めなかった人達は周りでなにも気にせず何もかもを喋っていた。
何に使っているかはそれでも分からない。
けれど今、あるらしい力は私からしかとれないことは聞いている。
なのでただ生かさず殺さずどれだけ力を搾り取れるかだけを気にしていた。
私が高い小窓から見える小さな空が好きだったことも。
逃げるまでは無理でも自殺できるだけの力を溜めていたことも。
何も知らなかっただろう。
その反動だとは分かっている。
たとえこれが何らかの理由で言質を取る必要があり、それまでの茶番だったとしても。
結局は自分を利用したいということだと分かっていてもなお。
尊重されたことに幸せを感じる。
何よりも。
「……頭を上げて下さい」
あんなに焦がれた空の色をこんな近くで見えるだなんて思ってもいなかった。
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