2 / 2
後編
しおりを挟む
「……本当に忘れてしまえているのね」
屋上に上がってこれるくらいだもの、とため息のように呟いたときの表情は大人びていて、少なくとも中学生には見えない。
「あたし、バレンタインにあなたに告白したのよ?」
「はぁ?」
突然飛んだ話と、心当たりのない状況につい奇妙な声が漏れる。
今年のバレンタインは特に何事もなくすんだ。
学校にチョコは持ち込み禁止だし、当然生徒からは一つももらってねぇ。こっそり持ち込んでたヤツを見て見ぬ振りくらいはするが例え告白でも堂々と目の前に出してきたら説教なのだからそうとしかならない。
「あなたはあたしの友達が好きだからって振ったのよ」
いやだからそんな記憶はない。もしそうだとしたらわりともったいないことしてるぞ俺。今は確かにガキだが、将来は間違いなく好みの見た目だ。……まぁ、性格に難がありそうだが。
――そんな事を思うのは逃避だと知っている。
ここへ赴任しても思い出さなかった、屋上に来ても思い出さなかった、誰もそのことには触れなかった。
なのに今何かを思い出そうとしている?
「子供だったのね。その子がとても憎くて憎くて……殺す事にしたの」
そう、女生徒が屋上から転落死したのはあの冬の終わりだった。
「数日前からコートを縁に掛けておいてね、ただコートが飛んで引っかかっているだけだと周りに認識させたの。本番の時気にされないように」
確かに最初騒ぎになるかもしれないが、そのうち気に留めなくなるだろう。学校に学校指定のコートがあるだけなのだから。一度重要な事ではないと認識してしまえば改めて見返したりはしない。
「あの日の放課後、勝手に作った合鍵で開けた屋上に連れ出してね」
生徒が鍵を借りることは難しいとはいえ、俺が作れたのだから出来なくはないのだろう。
「あの子が巻いてたマフラーで首を絞めて気絶させたの」
柔らかい布ならさほど跡が残らないと聞いた事がある。それでなくとも殺すまでは絞めなかったのなら跡は少ないだろう。そんな痕跡が分かるとは限らないだろうし。
「そうしてね、あの子を縁の上に運んだの。今のフェンスほどの高さはないとはいえそれでも乗せなければならないんだもの苦労したわ」
確かにあの頃はフェンスなく、その向こうにある座るのにちょうど良さそうなくらいの厚みのある縁だけだった。落ちればそれで終わりだろうのに柵というには少々低かった。
フェンスがついたのはそれが理由か?
「頑張ってその上に寝かせてね。あの子の鞄を頭の下に敷いて顔が外側に向くようにしたの」
寝返りは打ちやすい方向に打つだろう。確実とはいえないが外側に落ちる確率は上がる気がする。
「それから屋上の鍵を閉めて、ちょうど真下辺りの窓からその鍵を軽く放り投げて落として学校から出て行ったの」
一緒に落ちていた鍵からは指紋は検出されなかった。冬なので手袋をしていたのだろうとさほど重要視されなかったと噂で聞いた。
「そしてあの子の鞄の中にあるケータイに電話を掛けた。目立たない場所の公衆電話でね」
公に持ち込みは許可されてなかったが、何らかの理由で学校でも持っていた生徒は当時もいた。恐らくマナーモードになっていただろう。
鞄の中の微かな、けれど確実に存在するその振動によって身じろぎでもすればそれだけで落ちるだろう。
「賭には勝ったわ」
勝ったといいながら少しも嬉しいそうには見えない。
「あの子はちゃんと落ちて、死んで、あたしに疑いは掛からなかったけれど」
事故なのか自殺なのか分からないとはいっていたが、殺人とは誰も言っていなかった覚えがある。
「望んだ結末を手にしたはずなのに、怖くなった」
まっすぐに視線を向けられる。
そういえばこちらに視線を向けなくなった同級生がいたなと思い出す。
「あなたは記憶を深く深く沈めたけれど、あたしは記憶をここに置いていった。出て行った方のあたしは友達を亡くした可哀想な少女、自分の手で殺した事なんて覚えていない」
「……その、友達の姿でか?」
けれど目の前に立っているのは死んだはずの同級生の姿をしていた。
「これはね、あの子がうらやましい、あの子になりたいって気持ちも一緒に置いていったから」
そう言って寂しげに嗤う表情も本来のものではないのかもしれない。
「そうやって、あたしは罪の姿をしたまま、ここに閉じ込められた」
屋上は密室というには隙間が多すぎると言っていたのに。
「飛び降りて死ぬことすら出来ない」
どんよりとした空と足下のコンクリートの色は今にも混じり合いそうで、俺まで閉じ込められているような気分になってくる。
ならば出口はドアしかない。
ドアに向き直り鍵を開ける。
ノブを回して開けながら、振り返りもう一方の手を伸ばす。
けれどそれはどこにも届かず、溶けるように薄くなる姿を掠っただけだった。
何となく力が抜けしゃがみ込む。
いなくなった訳ではなくレイヤーとやらが外れてしまったのだろう。閉じ込められていると言っていたのだから。
彼女は本当に残された罪悪感だったのかもしれない。
それともここで死んでいった魂の方なのかもしれない。
あるいは不意に思い出した過去に白昼夢を見たのかもしれない。
そう思うくらいには納得も出来るのに非現実的だ。
ただ一つ分かるのは、忘れていた初恋が終わったのは今この瞬間だということだけだった。
たとえどれだったとしても、ここから連れ出してしまいたかった。
屋上に上がってこれるくらいだもの、とため息のように呟いたときの表情は大人びていて、少なくとも中学生には見えない。
「あたし、バレンタインにあなたに告白したのよ?」
「はぁ?」
突然飛んだ話と、心当たりのない状況につい奇妙な声が漏れる。
今年のバレンタインは特に何事もなくすんだ。
学校にチョコは持ち込み禁止だし、当然生徒からは一つももらってねぇ。こっそり持ち込んでたヤツを見て見ぬ振りくらいはするが例え告白でも堂々と目の前に出してきたら説教なのだからそうとしかならない。
「あなたはあたしの友達が好きだからって振ったのよ」
いやだからそんな記憶はない。もしそうだとしたらわりともったいないことしてるぞ俺。今は確かにガキだが、将来は間違いなく好みの見た目だ。……まぁ、性格に難がありそうだが。
――そんな事を思うのは逃避だと知っている。
ここへ赴任しても思い出さなかった、屋上に来ても思い出さなかった、誰もそのことには触れなかった。
なのに今何かを思い出そうとしている?
「子供だったのね。その子がとても憎くて憎くて……殺す事にしたの」
そう、女生徒が屋上から転落死したのはあの冬の終わりだった。
「数日前からコートを縁に掛けておいてね、ただコートが飛んで引っかかっているだけだと周りに認識させたの。本番の時気にされないように」
確かに最初騒ぎになるかもしれないが、そのうち気に留めなくなるだろう。学校に学校指定のコートがあるだけなのだから。一度重要な事ではないと認識してしまえば改めて見返したりはしない。
「あの日の放課後、勝手に作った合鍵で開けた屋上に連れ出してね」
生徒が鍵を借りることは難しいとはいえ、俺が作れたのだから出来なくはないのだろう。
「あの子が巻いてたマフラーで首を絞めて気絶させたの」
柔らかい布ならさほど跡が残らないと聞いた事がある。それでなくとも殺すまでは絞めなかったのなら跡は少ないだろう。そんな痕跡が分かるとは限らないだろうし。
「そうしてね、あの子を縁の上に運んだの。今のフェンスほどの高さはないとはいえそれでも乗せなければならないんだもの苦労したわ」
確かにあの頃はフェンスなく、その向こうにある座るのにちょうど良さそうなくらいの厚みのある縁だけだった。落ちればそれで終わりだろうのに柵というには少々低かった。
フェンスがついたのはそれが理由か?
「頑張ってその上に寝かせてね。あの子の鞄を頭の下に敷いて顔が外側に向くようにしたの」
寝返りは打ちやすい方向に打つだろう。確実とはいえないが外側に落ちる確率は上がる気がする。
「それから屋上の鍵を閉めて、ちょうど真下辺りの窓からその鍵を軽く放り投げて落として学校から出て行ったの」
一緒に落ちていた鍵からは指紋は検出されなかった。冬なので手袋をしていたのだろうとさほど重要視されなかったと噂で聞いた。
「そしてあの子の鞄の中にあるケータイに電話を掛けた。目立たない場所の公衆電話でね」
公に持ち込みは許可されてなかったが、何らかの理由で学校でも持っていた生徒は当時もいた。恐らくマナーモードになっていただろう。
鞄の中の微かな、けれど確実に存在するその振動によって身じろぎでもすればそれだけで落ちるだろう。
「賭には勝ったわ」
勝ったといいながら少しも嬉しいそうには見えない。
「あの子はちゃんと落ちて、死んで、あたしに疑いは掛からなかったけれど」
事故なのか自殺なのか分からないとはいっていたが、殺人とは誰も言っていなかった覚えがある。
「望んだ結末を手にしたはずなのに、怖くなった」
まっすぐに視線を向けられる。
そういえばこちらに視線を向けなくなった同級生がいたなと思い出す。
「あなたは記憶を深く深く沈めたけれど、あたしは記憶をここに置いていった。出て行った方のあたしは友達を亡くした可哀想な少女、自分の手で殺した事なんて覚えていない」
「……その、友達の姿でか?」
けれど目の前に立っているのは死んだはずの同級生の姿をしていた。
「これはね、あの子がうらやましい、あの子になりたいって気持ちも一緒に置いていったから」
そう言って寂しげに嗤う表情も本来のものではないのかもしれない。
「そうやって、あたしは罪の姿をしたまま、ここに閉じ込められた」
屋上は密室というには隙間が多すぎると言っていたのに。
「飛び降りて死ぬことすら出来ない」
どんよりとした空と足下のコンクリートの色は今にも混じり合いそうで、俺まで閉じ込められているような気分になってくる。
ならば出口はドアしかない。
ドアに向き直り鍵を開ける。
ノブを回して開けながら、振り返りもう一方の手を伸ばす。
けれどそれはどこにも届かず、溶けるように薄くなる姿を掠っただけだった。
何となく力が抜けしゃがみ込む。
いなくなった訳ではなくレイヤーとやらが外れてしまったのだろう。閉じ込められていると言っていたのだから。
彼女は本当に残された罪悪感だったのかもしれない。
それともここで死んでいった魂の方なのかもしれない。
あるいは不意に思い出した過去に白昼夢を見たのかもしれない。
そう思うくらいには納得も出来るのに非現実的だ。
ただ一つ分かるのは、忘れていた初恋が終わったのは今この瞬間だということだけだった。
たとえどれだったとしても、ここから連れ出してしまいたかった。
10
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる