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後編
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ならば純粋に彼女を好きになったのかと思えるかというとそれも正直疑わしい。
彼女には大人しいといわれている性格にも拘わらず人を惹きつけるものが確かにある。特に見た目に関してはそれを否定する人は少ないだろう。
だが、貴族ならば私の身内かつ婚約者だと知らない人も少ないだろう。
気持ちが動いたとしてもそれでもうかつに近づくものはそうはいないはず。
そのせいでここまで免疫なく育ったのかと思うとよかったのか悪かったのか分からないが。
ならば私の婚約者という立場の彼女のおこぼれを狙ってまとわりついている可能性の方がよほど高く思える。
もしそうならどれだけ愛を囁いていたとしても、彼女が今の立場をしかも破棄されたという形で失ってしまったときにどんな反応を取るかが分からない。
それでも彼女に価値はいくらでもあるが、もっと条件のよく見える相手がいればそちらを選びかねない質だろう。
「それであの、侍女の落とした新しい扇を拾って手渡してくださいまして……」
いつの間にか彼女の話は続いている。
話し続けているのだからさぞ喉が渇いているだろうのに、彼女お気に入りの紅茶は口をつけられないまま冷めてゆく。
どこが素晴らしいかではなく出会った切っ掛けに移っていた。実は話したくてたまらなかったのだろう。確かにうかつに口に出る話題ではない。
しかし落とした扇とは……小説の一節にでも出来そうだ。派手で運命的な出会いとは言えないがどう考えてもあり得ないとは思われにくい。けれど個人的意見としては古い。今そんな小説があったなら読者は感情移入するより醒めるのではなかろうか。
そして正直わざとらしい。
だいたい侍女が落としたのなら仮に彼女が預けたものだったとしても落とした人に渡せばいいだろう? というかたとえ一緒にいたうちの誰が落としたか分からなかったとしても付き人に渡すのが礼儀だろう? 普通にしているのに侍女との区別がつかなかったと言うなら今すぐ貴族をやめろ。
それに新しい扇とは……新しいからこそ捨てたと考えるには不自然なので拾われたと考えることも出来るが、落とすためにわざわざ入手したとも考えられる。
これはたまたまではないだろう。
侍女の方も調べた方がいいかもしれない。譲って扇落としたのは偶然だったとしても、多少美化されている可能性があるとはいえ、他人の婚約者に告白まがいの言葉をかけていた男を放置は職務上しないだろう。身分的な関係で止められない相手だったとしても報告は出来るし、彼女はその辺の異性と二人きりになるほど不用心ではないはずだから知らない可能性も少ない。
それに仮に純粋に彼女が好きだったとしても……。
「けれどきちんと根回しをしておかないと、私との婚約が破棄されても、意中の相手と結婚できるとは限らないよ」
そう口を挟む。少なくとも嘘ではない。
「そ、そうかしら?」
今まで紅潮していた彼女の顔がさっと青ざめる。
「だから時期を待った方がいい。それとも相手はそこまで君を急かしているのかい?」
だとすれば何か企んでいる可能性がさらに高まる。
「いえ、わたくしがつい焦ってしまって……」
直接的ではなくとも正常な判断が出来ないようある程度は意図的に焦るように仕向けてはいるのかもしれない……出来なさすぎて取った行動は恐らく予想外だろうが。
本当は婚約者がいるのにという罪悪感につけ込んで利用するつもり辺りだったのではなかろうか。
誰にもいえず内に閉じこもり、そこに自分だけが味方だと吹き込んで依存させギリギリまで利用するつもりだったのかもしれない。
即座に破棄されるどころか解消しようとする可能性も考えなかったに違いない。
……まぁ、この性格は身内しか知らないからな。ここまで暴露するとは思わないだろう。
「だったらいろいろな意味でもう少しゆっくり考えた方がいい。本当に好きなら待っていてくれるだろうし、もっといい方法が見つかるかもしれないだろう?」
いかにももっともらしい表情を作っていう。
「……そうですわね」
ようやく彼女は少し落ち着いたらしい
思い出したように紅茶を飲み、喉を潤すのにちょうどよい温度だったのか表情が緩む。
「ありがとうお兄さま」
そしていつもの笑顔でそう言われる。
そう、彼女は私を婚約者だと認識しているにも拘わらず自分たちを兄妹のようなものだと思っている。
幼い頃から聡明で年齢の割には大人びている――要するに生意気だと言われていて。
こんな醒めた子供は将来的に政略でも夫婦関係が築けないのではないかと心配した両親が当時から私を兄のように慕っていた幼い彼女を巻き込んだ。
だから距離を測り直せなかった彼女はその時の感覚が抜けていないのだろう。
恋愛相談をしても大丈夫と思う程度には。
けれど私は彼女が思うほど大人ではなかった。
二つしか年は違わないし、背だってあれからも伸びたし、考え方も変わる。
もちろん彼女に対する気持ちも。
幼い頃は確かに彼女を妹のようだと思っていたけれど。
今もそのままだと思っているのかい?
君を恋愛対象として見ることはないと?
すでに安心しきっていつものような笑顔で他愛のないことをしゃべっている婚約者殿を見つめる。
それでも恋を知ったせいかいつもより大人びて見える。
君の願いはどんなことでもすべて叶えてあげたかったけれど。
こればかりは難しいかもしれない。
……まぁどのみちまずは相手を調べるところからだな。万一後ろにもっと深い陰謀でもあったら面倒だ。
彼女には大人しいといわれている性格にも拘わらず人を惹きつけるものが確かにある。特に見た目に関してはそれを否定する人は少ないだろう。
だが、貴族ならば私の身内かつ婚約者だと知らない人も少ないだろう。
気持ちが動いたとしてもそれでもうかつに近づくものはそうはいないはず。
そのせいでここまで免疫なく育ったのかと思うとよかったのか悪かったのか分からないが。
ならば私の婚約者という立場の彼女のおこぼれを狙ってまとわりついている可能性の方がよほど高く思える。
もしそうならどれだけ愛を囁いていたとしても、彼女が今の立場をしかも破棄されたという形で失ってしまったときにどんな反応を取るかが分からない。
それでも彼女に価値はいくらでもあるが、もっと条件のよく見える相手がいればそちらを選びかねない質だろう。
「それであの、侍女の落とした新しい扇を拾って手渡してくださいまして……」
いつの間にか彼女の話は続いている。
話し続けているのだからさぞ喉が渇いているだろうのに、彼女お気に入りの紅茶は口をつけられないまま冷めてゆく。
どこが素晴らしいかではなく出会った切っ掛けに移っていた。実は話したくてたまらなかったのだろう。確かにうかつに口に出る話題ではない。
しかし落とした扇とは……小説の一節にでも出来そうだ。派手で運命的な出会いとは言えないがどう考えてもあり得ないとは思われにくい。けれど個人的意見としては古い。今そんな小説があったなら読者は感情移入するより醒めるのではなかろうか。
そして正直わざとらしい。
だいたい侍女が落としたのなら仮に彼女が預けたものだったとしても落とした人に渡せばいいだろう? というかたとえ一緒にいたうちの誰が落としたか分からなかったとしても付き人に渡すのが礼儀だろう? 普通にしているのに侍女との区別がつかなかったと言うなら今すぐ貴族をやめろ。
それに新しい扇とは……新しいからこそ捨てたと考えるには不自然なので拾われたと考えることも出来るが、落とすためにわざわざ入手したとも考えられる。
これはたまたまではないだろう。
侍女の方も調べた方がいいかもしれない。譲って扇落としたのは偶然だったとしても、多少美化されている可能性があるとはいえ、他人の婚約者に告白まがいの言葉をかけていた男を放置は職務上しないだろう。身分的な関係で止められない相手だったとしても報告は出来るし、彼女はその辺の異性と二人きりになるほど不用心ではないはずだから知らない可能性も少ない。
それに仮に純粋に彼女が好きだったとしても……。
「けれどきちんと根回しをしておかないと、私との婚約が破棄されても、意中の相手と結婚できるとは限らないよ」
そう口を挟む。少なくとも嘘ではない。
「そ、そうかしら?」
今まで紅潮していた彼女の顔がさっと青ざめる。
「だから時期を待った方がいい。それとも相手はそこまで君を急かしているのかい?」
だとすれば何か企んでいる可能性がさらに高まる。
「いえ、わたくしがつい焦ってしまって……」
直接的ではなくとも正常な判断が出来ないようある程度は意図的に焦るように仕向けてはいるのかもしれない……出来なさすぎて取った行動は恐らく予想外だろうが。
本当は婚約者がいるのにという罪悪感につけ込んで利用するつもり辺りだったのではなかろうか。
誰にもいえず内に閉じこもり、そこに自分だけが味方だと吹き込んで依存させギリギリまで利用するつもりだったのかもしれない。
即座に破棄されるどころか解消しようとする可能性も考えなかったに違いない。
……まぁ、この性格は身内しか知らないからな。ここまで暴露するとは思わないだろう。
「だったらいろいろな意味でもう少しゆっくり考えた方がいい。本当に好きなら待っていてくれるだろうし、もっといい方法が見つかるかもしれないだろう?」
いかにももっともらしい表情を作っていう。
「……そうですわね」
ようやく彼女は少し落ち着いたらしい
思い出したように紅茶を飲み、喉を潤すのにちょうどよい温度だったのか表情が緩む。
「ありがとうお兄さま」
そしていつもの笑顔でそう言われる。
そう、彼女は私を婚約者だと認識しているにも拘わらず自分たちを兄妹のようなものだと思っている。
幼い頃から聡明で年齢の割には大人びている――要するに生意気だと言われていて。
こんな醒めた子供は将来的に政略でも夫婦関係が築けないのではないかと心配した両親が当時から私を兄のように慕っていた幼い彼女を巻き込んだ。
だから距離を測り直せなかった彼女はその時の感覚が抜けていないのだろう。
恋愛相談をしても大丈夫と思う程度には。
けれど私は彼女が思うほど大人ではなかった。
二つしか年は違わないし、背だってあれからも伸びたし、考え方も変わる。
もちろん彼女に対する気持ちも。
幼い頃は確かに彼女を妹のようだと思っていたけれど。
今もそのままだと思っているのかい?
君を恋愛対象として見ることはないと?
すでに安心しきっていつものような笑顔で他愛のないことをしゃべっている婚約者殿を見つめる。
それでも恋を知ったせいかいつもより大人びて見える。
君の願いはどんなことでもすべて叶えてあげたかったけれど。
こればかりは難しいかもしれない。
……まぁどのみちまずは相手を調べるところからだな。万一後ろにもっと深い陰謀でもあったら面倒だ。
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