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彼女が天使になった夜
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「これからもずっと一緒にいてくれないか?」
そう芸のないことしか言えないまま差し出した指輪を。
彼女は首を振って拒絶した。
クリスマスイヴに夜景のきれいなホテルのレストランで食事だなんて正直ベタすぎてダサいと思っていた。もちろん今までもしたことはない。彼女も気を使ってくれているのか行きたいとは言わなかった。
今年はそれをしようと誘ったのだから、彼女もなにかしら察することはあっただろう。
社会人三年目、彼女か仕事に行き詰まっていることにつけこむ気持ちがないと言ったら嘘になるだろう。
けれど同じくらい、いざとなれば自分がそこからの逃げ場になると伝えたかった。
なので、プロポーズすることにした。
結婚自体はすぐでなくてもいい。
ただ言っておきたかった。
緊張を悟られれば、高い料理を食べ慣れていないせいにして。
タイミングを図るために、夜景を見ているふりをして様子を伺う。
なるほど案外と合理的なんだなと間違いなく見当違いなことを思う。
向こうは気づいているだろうが、それでも格好をつけたい。
イヴの夜の二人きりという食事に来てくれた時点で脈はあると思う。
長い付き合いなのに今さらそんなことを考えるのは告白や約束をしたわけではなく、何となく付き合い始めたからだろう。
考えたら直接的な言葉は最中以外ほとんど言ったことはない気がする。緊張するのも当たり前かもしれない。
大した事もない理由で会って、何となく一緒にいて、どこかに出掛けたり、食事をしたり、まったりしたり、セックスしたり、抱き合って眠ったりした。
そんな日々をこれからも送りたいと思っていた。
けれどそれはこちらだけだったようだ。
本当にこの場所は合理的だと思う、やけ食いできるだけの分量の料理がある。
そう、手をつけられなかったままの彼女の分のメインディッシュを食べながら思う。
こんな状況なのにおいしい。
このままだと料理の味が分からないからとメインの前に言ってしまったのがいけなかった。
こんなにおいしいのなら彼女にも食べさせてあげたかった。
……未練がましい。
彼女はあの後謝罪して居なくなってしまった。帰ったのか別の誰かのところに行ったのかは分からない。
スタッフがその後の料理をどうするか尋ねてきたが、続けるし彼女の分も持ってきてもらうことにした。
どうせ支払いは変わらないだろうし、やけ食いくらいしてもいいだろう? 家に帰ってもやることはないし。
そうやって食べられる限り食べて支払いまできちんとした。
そのはずだった。
――なのに目が覚めると病院のベットの上だった。
食べ過ぎて倒れでもしたかと思ったが、身体のあちこちが痛むし、包帯や何か分からないが恐らく医療器具が覆っている。
途中で転びでもしたかと思ったが、飲み過ぎた記憶もない。確かにやけ酒も飲みたい状況ではあったが、さすがに追加できるような価格の店じゃない。
なので記憶が飛んでいることもないはず。
結局事情の分かりそうな人をボタンを押して呼んでみたところ、最終的には彼女とレストランに向かう途中で車にぶつかられ、彼女はまもなく亡くなり、俺はついさっき目を覚ましたということが判明した。
彼女が既にいない事に呆然とする。
いや、それは知っていた。レストランで振られるたんだから。
ただ意識不明の最中に夢に見るほどなのに振られてしまったことに乾いた嗤いしか漏れない。
夢とはいえ最後に見たのが謝る姿だなんて。振られてしまうだなんて。
……現実に気づいていたせいでそんな夢になったのだろうか?
彼女がいなくなった悲しみでそれどころではないはずなのだが、夢で見たせいかあのレストランをドタキャンしたことがやけに気になった。
夢のことがなくてもある意味彼女との最後の想い出の場所なので、迷惑をかけたことを同時に思い出したくはない。
それで今更ながら家族に頼んでドタキャンに対する謝罪と食事代の支払いをして来てもらうことにした。
その家族は首を傾げながら戻って来た訳だが。
何でも店にはちゃんと彼女と行っていたし、料理も出したし、代金も払っていたらしい。
途中で彼女が席を立って、見送っているとエレベーターで上であがったのでこれは二股をかけられてたんだなと思ったそうだ。
……そんな客の事情をしゃべる店なのかと言いたいところだが、恐らく行っているはずがないといわれたので反論するときに余計な事まで言ってしまったのだろう。
ああ、あの場所に本当に彼女といたのか。
もしあの時彼女が受け入れてくれたら、一緒に死んでいたのだろうか?
その方が良かったとはそれでも言ってはいけないのだろう。
あそこでプロポーズなんてしなければ、食事くらいは――話ぐらいは最後までできたのだろうか?
エレベーターが昇ったのならきっと天国にいけたに違いない。
それは唯一救いだと思った。
そう芸のないことしか言えないまま差し出した指輪を。
彼女は首を振って拒絶した。
クリスマスイヴに夜景のきれいなホテルのレストランで食事だなんて正直ベタすぎてダサいと思っていた。もちろん今までもしたことはない。彼女も気を使ってくれているのか行きたいとは言わなかった。
今年はそれをしようと誘ったのだから、彼女もなにかしら察することはあっただろう。
社会人三年目、彼女か仕事に行き詰まっていることにつけこむ気持ちがないと言ったら嘘になるだろう。
けれど同じくらい、いざとなれば自分がそこからの逃げ場になると伝えたかった。
なので、プロポーズすることにした。
結婚自体はすぐでなくてもいい。
ただ言っておきたかった。
緊張を悟られれば、高い料理を食べ慣れていないせいにして。
タイミングを図るために、夜景を見ているふりをして様子を伺う。
なるほど案外と合理的なんだなと間違いなく見当違いなことを思う。
向こうは気づいているだろうが、それでも格好をつけたい。
イヴの夜の二人きりという食事に来てくれた時点で脈はあると思う。
長い付き合いなのに今さらそんなことを考えるのは告白や約束をしたわけではなく、何となく付き合い始めたからだろう。
考えたら直接的な言葉は最中以外ほとんど言ったことはない気がする。緊張するのも当たり前かもしれない。
大した事もない理由で会って、何となく一緒にいて、どこかに出掛けたり、食事をしたり、まったりしたり、セックスしたり、抱き合って眠ったりした。
そんな日々をこれからも送りたいと思っていた。
けれどそれはこちらだけだったようだ。
本当にこの場所は合理的だと思う、やけ食いできるだけの分量の料理がある。
そう、手をつけられなかったままの彼女の分のメインディッシュを食べながら思う。
こんな状況なのにおいしい。
このままだと料理の味が分からないからとメインの前に言ってしまったのがいけなかった。
こんなにおいしいのなら彼女にも食べさせてあげたかった。
……未練がましい。
彼女はあの後謝罪して居なくなってしまった。帰ったのか別の誰かのところに行ったのかは分からない。
スタッフがその後の料理をどうするか尋ねてきたが、続けるし彼女の分も持ってきてもらうことにした。
どうせ支払いは変わらないだろうし、やけ食いくらいしてもいいだろう? 家に帰ってもやることはないし。
そうやって食べられる限り食べて支払いまできちんとした。
そのはずだった。
――なのに目が覚めると病院のベットの上だった。
食べ過ぎて倒れでもしたかと思ったが、身体のあちこちが痛むし、包帯や何か分からないが恐らく医療器具が覆っている。
途中で転びでもしたかと思ったが、飲み過ぎた記憶もない。確かにやけ酒も飲みたい状況ではあったが、さすがに追加できるような価格の店じゃない。
なので記憶が飛んでいることもないはず。
結局事情の分かりそうな人をボタンを押して呼んでみたところ、最終的には彼女とレストランに向かう途中で車にぶつかられ、彼女はまもなく亡くなり、俺はついさっき目を覚ましたということが判明した。
彼女が既にいない事に呆然とする。
いや、それは知っていた。レストランで振られるたんだから。
ただ意識不明の最中に夢に見るほどなのに振られてしまったことに乾いた嗤いしか漏れない。
夢とはいえ最後に見たのが謝る姿だなんて。振られてしまうだなんて。
……現実に気づいていたせいでそんな夢になったのだろうか?
彼女がいなくなった悲しみでそれどころではないはずなのだが、夢で見たせいかあのレストランをドタキャンしたことがやけに気になった。
夢のことがなくてもある意味彼女との最後の想い出の場所なので、迷惑をかけたことを同時に思い出したくはない。
それで今更ながら家族に頼んでドタキャンに対する謝罪と食事代の支払いをして来てもらうことにした。
その家族は首を傾げながら戻って来た訳だが。
何でも店にはちゃんと彼女と行っていたし、料理も出したし、代金も払っていたらしい。
途中で彼女が席を立って、見送っているとエレベーターで上であがったのでこれは二股をかけられてたんだなと思ったそうだ。
……そんな客の事情をしゃべる店なのかと言いたいところだが、恐らく行っているはずがないといわれたので反論するときに余計な事まで言ってしまったのだろう。
ああ、あの場所に本当に彼女といたのか。
もしあの時彼女が受け入れてくれたら、一緒に死んでいたのだろうか?
その方が良かったとはそれでも言ってはいけないのだろう。
あそこでプロポーズなんてしなければ、食事くらいは――話ぐらいは最後までできたのだろうか?
エレベーターが昇ったのならきっと天国にいけたに違いない。
それは唯一救いだと思った。
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