我が罪への供物

こうやさい

文字の大きさ
39 / 48

雨音

しおりを挟む
 雨が降る。
 あたしは雨が怖い。

 あたしの血族には女性だけに伝わる名誉がある。
 海神の花嫁になる事。
 その名誉がある事を子々孫々に伝えること。
 嫁ぐのだから祝い事であり。
 それを伝えられるのは誇りであると。

 けれどもそれでも受け入れられない者は存在する。

 話の端々から察するに、母はある意味血族としては異端だった。
 可愛がってくれていた母方の従姉妹が花嫁となり、死体も残さず消えたことを受け入れられず、精神の均衡を崩した。
 それでも血を伝なければいけないと、結婚させられ、娘を孕んだ。
 それがあたしだ。
 ほぼ介護を任されるような結婚を受け入れ、ろくに子育てもできない母親の分まで育児を頑張った父は善人だと思う。
 そして母と同じくらい姉のことを事情を知らないなりに引きずっているのだろう。

 父も母の従兄弟だった。海神の花嫁となった人の弟だ。
 いくら母がまともに結婚出来そうもない状態だったといえど、親戚ならばそのよしみで面倒を見てくれるかもしれないけれど、それでも血族を狭めることを周りはよしとしないだろう。
 父に直接伝えることは出来なくとも子や孫に女児が生まれればそれは名誉の対象となる。
 それでもこうなってしまったのは傷を舐め合いたい父を何も知らせずに止めることが出来なかったからに違いない。

 そしてあたしも血族としては異端なのだろう。
 だって花嫁になりたくなかったのだから。
 誰かを失う哀しみを知っているのに、母はあたしをいずれ花嫁になる存在として扱った。
 嫌々でも絶望するでもなく、そばに行けるなんて羨ましいとまで言った。
 花嫁とするのに、助けてくれるどころか、躊躇いすらないかもしれない。
 そう幼いなりに、幼いからこそ理解した。
 だからあたしは逃げた。

 正直野垂れ死ぬかと思ったけれど、なんとか助かり、身元が正確に言えないこともギリギリで納得してもらえた。
 あたしを探す人はいなかった。
 母はきっと空想の中の従姉妹といてあたしがいなくなったことすら気付いていないのだろう。
 父は……何かを感じたのかもしれない。あるいはいい加減離婚したくわれにかえって子供が邪魔だったとかそんな理由があるのかもしれないけれど、記憶の中の父はあまりにも優しかった。
 あるいはそれも逃避だろうか?

 そうしてあたしは身寄りがわからないまま養護施設で育ち、それなりに普通のつもりの大人になった。
 けれど雨が怖いことだけは未だに直らない。
 水道は平気、お風呂やプールも。
 海には行く機会がなかった。
 何の根拠もないけれど、水に触れたとしても、その水が下水道を通ったならば、紛れてしまえると信じられた。
 けれど雨は直接海から来て海に還る気がする。
 だから、不安になる。
 それを通してあたしの存在が海神に知られてしまうのではないかと。

 あたしを殺すとするなら、それは人だとわかっている。
 だから警戒するなら、母や親戚の方だろう。
 けれど、怖いのは空から降ってくる水で。
 どれだけ理屈をこねようともそれは変わらない。

 元々きちんと順序立てて聞いた訳でもない、もしかしたら誤解や妄想だったかもしれないものなのに。
 きっと海神なんて存在しないのに。
 それでも心の底から否定することが出来ない。

 あたしは異端で。異端なのに。
 それでもどうしようもなく血族の女だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

処理中です...