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「すまない、好きな人が出来た。いずれ少しはと思っていたがやはり君にはそういう感情は持てない。けれど婚約は解消出来ないので君は将来お飾りの妻となる」
 そう言った男は昔は誠実な人だった。
「婚姻自体は結ぶが、お互い最低限の関わりで干渉せずに生きていこう」
 いや、今もある意味では誠実ではあるのだろう。ただその方向性が現状の立場に合っていないというだけで。

 お飾り宣言された婚約者である大人しそうな令嬢は驚いたように目を瞬かせた。
 そうはいっても元々政略で成された婚約である。
 貴族間の婚姻は政略で成されることがほとんどなので、最低限の義務を果たし、お相手が愛人の立場に納得しわきまえるなら、結婚相手と愛する人が別だなんてよくある事である。
 けれどもそれを結婚前、しかも数年も前にいわれてしまっては、一番先にするのは反応に困ることだろう。
 直前や直後よりはましかもしれないし、市井の恋人同士なら別れる別れないの問題になる可能性が高いので早いほうがいいかもしれないが、こちらは確かに簡単に婚約が解消出来るわけではない。
 義務という部分には家や領地を守ること、それを継ぐ子供を育てること、それらが円滑に行われるために恋情ではなくとも相応の信頼を互いに寄せることや、価値観のすり合わせをすること、役割を決めること、あるいは妥協することなども含まれる。
 なので内心は誰を愛していようとも、それらが安定するまでは政略相手を尊重するよう努力するものである。
 それをさっさと婚姻前からぶん投げるというのだ。相談でも提案でもなく、口先だけの謝罪でお飾り妻にする事を決定したという、欠片も尊重する姿勢を見せないことが、他に気持ちを移したこと以上に問題だった。
 それを理由に令嬢側から婚約破棄をしかねないくらいの事態なのだが。

「……分かりましたわ」
 なのに少し考えた後、令嬢はいつも通りの控えめな笑顔で了承した。
 その表情が。
 取り繕う訳でも強がっているわけでもなく、なぜかなまめかしく見えて。
 男は後ろめたさでではなくドキリとした。
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