婚約者にお飾りになれと言われた令嬢は

こうやさい

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 けれどもそんな日は来なかった。
 隣の大国の王子が、更に美しくなっていく令嬢を見初め、無邪気さ似た傲慢さでそれをこの国で口に出してしまったのだ。
 あるいは王子からすれば内心はとにかく内輪の軽い冗談程度の発言だったのかもしれない。
 けれどこの国の立場は隣国に対してあまりにも弱かった。
 その話を聞きつけた王族が実際のところ貢ぎ物として令嬢をその王子のところに向かわせることにした。

 端からどう見えるかはとにかく、王子は令嬢をそれはそれは大切に扱うだろうので、そこまで悲劇的な話ではないのかもしれない。
 けれど婚約者を取られてしまう男からすればどうだろう?
 いずれ手に入るはずの女を横からかっさわれたのだ。
 もともと貴族の義務に対して無責任な部分がある以上納得は出来ないが、周りを説得出来る能力もない。
 一緒に逃げる甲斐性も、国を敵に回す度胸も、隣国からの恩恵を手放す覚悟も。
 ただもやもやと気持ちをくすぶらせている。

 令嬢は隣国に向かう条件として、元婚約者の結婚は愛し愛される相手と出来るようにと願った。
 そのけなげさに、そして自らの願いであっただろう言葉に、多くの者が心打たれた。
 そのことで男は、気持ちはそれでも自分にあるのだと自尊心が大いに満たされ、あっさりと立ち直り調子に乗った。
 その飾りが完全に喪われれば、自分自身に何も価値がないと気づいていない。

 自分に酔った男は、かわいそうな自分を慰めちやほやして貰おうとすっかり忘れていた好きだったはずの人に会いに行った。
 けれども彼女の方は距離感が貴族と違ったために勘違いされ逆らえなかっただけで、好きでも何でもなく一方的につきまとわれていたと認識しており、身の危険を感じ好きではないはずの婚約者へと気がそれているうちにさっさ逃げていた。
 そしてそのことが彼女を救った。
 即座に誰かに会いに行き居なくなったと騒いだことで、男のこれまでの行動が調べられ、周りに知られてしまったからだ。

 確かに気持ちはどうにもならないが、婚約者がいる身でありながら、それを表に、しかも悪いとも思わずあからさまに出してしまえば完璧に浮気扱いされる。
 婚前に、あんなけなげで美しい婚約者がいながら、貴族としてどうなんだと周りに責められ、ついには廃嫡され市井に追放された。
 地位も人脈も能力もない世間知らずな男との生活は苦労しかないだろう。貴族としてなら見目が良いほうといえた容姿もこうなっては頼りなくしか見えない。
 今後、そんな男と結婚するつもりになる人が現れるとするならば心底男を愛している者だろう。
 そして男はそれに依存するしかないだろう。
 追放は令嬢が残していった美しい望みを妨げるものではない。
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