花の兆し

こうやさい

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前編

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 二月も半ばを過ぎた。
 この時期に桜を見ると梢全部がピンクに色づいている気がする。
 もちろん木に詳しい訳ではないのであくまで気のせいだろう、似たような別の木を見ても同じことを思うに違いない。

 桜というのもは人を浮き立たせる。
 浮き立つということは足元がおろそかになるということでもある。
 気づけば知らないところにいたとしても、そこまで驚くことではないのだろう。


 妹がいなくなったのは確か桜の花が舞う時期だった。

 帰ってこなかった妹を周りの大人が探していたのを覚えている。
 あの日見た、舞い散る花びらの向こうの月が朧ではなくくっきりしていたのを覚えている。
 可能性は低いけれど、もしかしたら舞っていたのは桜ではなく風花だったのかもしれない。
 記憶は不自然に途切れているし、周りは未だ話題にはあげない。
 あるいは私が妹の事を覚えていないと思っているのかもしれない。
 そこまで幼くはなかったはずなのにその時のことは季節すら正確に思い出せないのだからある意味正しい。
 事実、妹が居なくなった後、見つかったかどうか分かっていない。
 直後に死んでいて、葬式も済んでいるから記憶にないのだろうか? 行方不明のままなら死亡扱いになるのは何年か後だと何かで聞いた。
 改めて聞く切っ掛けもなく、同棲するために家を出て両親と同居していない以上、何かの拍子に話題になる可能性も当面低いだろう。


 それでもそんな経緯がある以上、桜の季節に自発的に浮かれるようなことにはならない。
 それは兆しでも同様のはず。
 なのに迷子……というか、記憶が飛んでいるだなんて。
 何時、こんなところに来てしまったのだろう?

 幸か不幸か見知らぬ場所ではない。
 けれどよく知っているというにはいささか年月が経ちすぎている。
 実家の近くの公園だった。
 妹がいなくなるまでよく遊びに行っていた。
 当時から古ぼけていた小さな公園だったけれど、今見るとさらに狭く、遊具は壊れている物もある。
 変わらないのは、公園より前からあったと言われていた桜の木くらいだろう。
 もしかして既に閉鎖されているのだろうか? 何せどうやってここに来たのかわからないぐらいなのだからバリケードや看板を見落とした可能性は充分ある。
 あるいは時節柄か、単純に寒いからかもしれない。桜が咲く準備を始めていようとも、冬は今が一番寒いと個人的思っている。
 それとも時間帯の問題だろうか? 夕暮れというには時間が経ち、夜というには早すぎる。既に子供の時間ではないし、大人はまだまだ来ないだろう。
 黄昏時という言葉は今のためにあるのかもしれない。
 もっとも誰かわからないも何もそもそも人がいないのだけれど――。

『おねえちゃん』

 いきなり後ろから聞こえた子供の声らしきものに思わず肩を揺らす。
 ……なぜここにいるかわからないとはいえ、それでも見知った場所にいるのに気を張りすぎている。
 まだ家に帰っていなかった子供を見逃していただけで、ここまで驚くなんて。
 苦笑しながら声の方に振り返る。

 暗くて誰か顔がわからず、誰ぞ彼あなたはだれですかと尋ねたのが黄昏の語源だと聞いたことがある。
 つまり見間違えている可能性は多大にある。
 そもそも子供の、そして昔の記憶過ぎてまともに覚えてないと思ったばかりのはず。

 それでも、その女の子はいなくなった妹に見えた。
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