2 / 2
後編
しおりを挟む
妹が成長した姿というわけではない。
いなくなった時、そのままの姿だった。
風が吹く。花が咲いていたならば花びらが遮っただろう。
冬ほど厚い上着を着ていないことで、あれは桜の花びらだったのだなと思い出す。
そう、思い出していた。
あの日、私たちは二人とも桜に魅入られた。
私は桜から目を離せずに。
妹は桜吹雪の向こうに呼ばれて。
固く繋いでいたはずの手はいつのまにか振り払われて。
気がつくと、降りしきる桜の中、一人立ち尽くしていた。
端から見れば姉が目を離した隙に妹がいなくなった。ただそれだけ。
家に帰って妹がいなくなったと訴えても母はどこかお気楽で。
祖母を留守番に、ケータイと私の手を取って公園に向かった。
恐らくちょっとはぐれたぐらいに思っていたであろう母は探し回っても見つからない妹に焦りはじめていた。
暗くなり始め、これ以上状況を悪化させてはいけないと悟るや否やあちこちに電話をかけ始める。
私までもいなくならないようにと固く繋がれた――掴まれた手が痛く。
けれど振りほどけば自分も得体の知れない場所に引き込まれそうな気がしてそう出来ない。
見上げれば、月の光が散る花びらに遮られていた。
夜風が寒かったのか、疲れていたのか、その夜熱を出した。
それからしばらくどこか世界が遠かったように思う。
それがショックを受けているように思われたのかもしれない。
忘れていたのだからあるいはそれも嘘ではないのかもしれない。
『おねえちゃん』
どれくらい惚けていただろうか?
もう一度そう呼ばれ我に返る。
妹は――妹の姿をしたナニカはどこかおぼつかない足取りでこちらに向かい手を伸ばしてきた。
抱き締めるべきか、逃げるべきか……どう判断したかの結果はすぐに頭から消えた。
あの時と同じように動けない事に気づいてしまった以上その答えには意味はない。
妹の表情は見えない。
これほど顔が見えないのに、妹であることはなぜか否定できない。
『ちょうだい』
今となっては可愛らしい――けれど当時としては叶えられないものも混じっていたおねだりをされたとき、よくこの言葉を聞いた。
そういえばあの日も妹にねだられて公園に行ったことを思い出した。
『そのからだをちょうだい』
今回は無茶な方のおねだりだった。
子供の姿な時点である意味わかっていたが、妹は既に――あの後すぐに死んでしまったのだろう。
そしてそのときなくしてしまった肉体をとり戻したいと望んでいるのだろう。
なぜ今このタイミングなのか、そしてそんなことが可能なのかはわからないけれど。
逃げられないことは確かだろう。
妹の指が服に触れる直前、思わず目を閉じる。
そしてそのまま意識は暗転した。
……結論からいうなら、身体を乗っ取られるようなことはなかった。
それどころか、客観的に考えればただ夢を見ていただけとなる。
強いて異常を挙げるとするなら、流産仕掛かっていたということだろう。
妊娠しているどころか、体調不良の自覚すらなかった。
バスの窓から桜の枝を見てピンクがかっていると思ったところまでは覚えている。
木には詳しくないが、枝がピンクがかっていなくとも桜は道路が近くとも剪定されていないものが多いので、たぶん本当に桜だったと思う。
その後に眠りこんだように見えたらしい。
そして終点についても目を覚まさず、最終的には病院送りになったらしい。
よくあることなのかどうかはしらない。
駆けつけてきた彼氏は、心配しながらも子供ができたことに大喜びで、今度こそ結婚しようと何度目だかのプロポーズをしてきた。
子供ができたから責任を、ではなく同棲を始める前から結婚を考えてくれていた。
渋ったのは私の方だ。
他に相手がいるわけでもないし、彼のことはもちろん愛している。
けれど受けなかった。
恐らく無意識に何かの拍子に戸籍を見る可能性を排除していたのだと今なら思う。
妹がどうなったのか知ることを避けていたのだろう。
妹をあまり覚えていないのではなく、忘れたがっていたのだろう。
そうしないと向こうに連れて行かれるときっと心がどこかで思っていたのだろう。
そんな薄情な姉の子供なのに妹は助けてくれた。
そう思うこともできるだろうけれど。
『そのからだをちょうだい』
そのはもしかして子供にかかっていたのではないか?
だから花咲く時期でなく、その前に現れたのじゃないか?
子供に妹が乗り移ったために私は排除しようとしたのではないか?
所詮は夢だ。
けれど今後まろみをおびたお腹を。
そして生まれた子供を。
見るたびに妹を思い出さずにはいられないだろう。
それは誰の何に対する罰なのだろうか?
いなくなった時、そのままの姿だった。
風が吹く。花が咲いていたならば花びらが遮っただろう。
冬ほど厚い上着を着ていないことで、あれは桜の花びらだったのだなと思い出す。
そう、思い出していた。
あの日、私たちは二人とも桜に魅入られた。
私は桜から目を離せずに。
妹は桜吹雪の向こうに呼ばれて。
固く繋いでいたはずの手はいつのまにか振り払われて。
気がつくと、降りしきる桜の中、一人立ち尽くしていた。
端から見れば姉が目を離した隙に妹がいなくなった。ただそれだけ。
家に帰って妹がいなくなったと訴えても母はどこかお気楽で。
祖母を留守番に、ケータイと私の手を取って公園に向かった。
恐らくちょっとはぐれたぐらいに思っていたであろう母は探し回っても見つからない妹に焦りはじめていた。
暗くなり始め、これ以上状況を悪化させてはいけないと悟るや否やあちこちに電話をかけ始める。
私までもいなくならないようにと固く繋がれた――掴まれた手が痛く。
けれど振りほどけば自分も得体の知れない場所に引き込まれそうな気がしてそう出来ない。
見上げれば、月の光が散る花びらに遮られていた。
夜風が寒かったのか、疲れていたのか、その夜熱を出した。
それからしばらくどこか世界が遠かったように思う。
それがショックを受けているように思われたのかもしれない。
忘れていたのだからあるいはそれも嘘ではないのかもしれない。
『おねえちゃん』
どれくらい惚けていただろうか?
もう一度そう呼ばれ我に返る。
妹は――妹の姿をしたナニカはどこかおぼつかない足取りでこちらに向かい手を伸ばしてきた。
抱き締めるべきか、逃げるべきか……どう判断したかの結果はすぐに頭から消えた。
あの時と同じように動けない事に気づいてしまった以上その答えには意味はない。
妹の表情は見えない。
これほど顔が見えないのに、妹であることはなぜか否定できない。
『ちょうだい』
今となっては可愛らしい――けれど当時としては叶えられないものも混じっていたおねだりをされたとき、よくこの言葉を聞いた。
そういえばあの日も妹にねだられて公園に行ったことを思い出した。
『そのからだをちょうだい』
今回は無茶な方のおねだりだった。
子供の姿な時点である意味わかっていたが、妹は既に――あの後すぐに死んでしまったのだろう。
そしてそのときなくしてしまった肉体をとり戻したいと望んでいるのだろう。
なぜ今このタイミングなのか、そしてそんなことが可能なのかはわからないけれど。
逃げられないことは確かだろう。
妹の指が服に触れる直前、思わず目を閉じる。
そしてそのまま意識は暗転した。
……結論からいうなら、身体を乗っ取られるようなことはなかった。
それどころか、客観的に考えればただ夢を見ていただけとなる。
強いて異常を挙げるとするなら、流産仕掛かっていたということだろう。
妊娠しているどころか、体調不良の自覚すらなかった。
バスの窓から桜の枝を見てピンクがかっていると思ったところまでは覚えている。
木には詳しくないが、枝がピンクがかっていなくとも桜は道路が近くとも剪定されていないものが多いので、たぶん本当に桜だったと思う。
その後に眠りこんだように見えたらしい。
そして終点についても目を覚まさず、最終的には病院送りになったらしい。
よくあることなのかどうかはしらない。
駆けつけてきた彼氏は、心配しながらも子供ができたことに大喜びで、今度こそ結婚しようと何度目だかのプロポーズをしてきた。
子供ができたから責任を、ではなく同棲を始める前から結婚を考えてくれていた。
渋ったのは私の方だ。
他に相手がいるわけでもないし、彼のことはもちろん愛している。
けれど受けなかった。
恐らく無意識に何かの拍子に戸籍を見る可能性を排除していたのだと今なら思う。
妹がどうなったのか知ることを避けていたのだろう。
妹をあまり覚えていないのではなく、忘れたがっていたのだろう。
そうしないと向こうに連れて行かれるときっと心がどこかで思っていたのだろう。
そんな薄情な姉の子供なのに妹は助けてくれた。
そう思うこともできるだろうけれど。
『そのからだをちょうだい』
そのはもしかして子供にかかっていたのではないか?
だから花咲く時期でなく、その前に現れたのじゃないか?
子供に妹が乗り移ったために私は排除しようとしたのではないか?
所詮は夢だ。
けれど今後まろみをおびたお腹を。
そして生まれた子供を。
見るたびに妹を思い出さずにはいられないだろう。
それは誰の何に対する罰なのだろうか?
10
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる