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少女は走っていた。
その約一時間後、盛大な拍手に包まれながら少女は消えた。
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熱い息を吐き私は走っていた。大事な大事な礼拝に遅れてしまう、そんな焦りが私の息をさらに熱くした。
今日は一年に一度の礼拝の日。×××様にお祈りを捧げる日。
私は礼拝堂に続く細く薄暗い路地を走った。
この村の礼拝堂は辺鄙な場所にある、そして村自体も少し特殊な形をしている。村は空から見ると綺麗な丸を描くように住宅が建ち、その中には幼稚園や保育園、小学校と中学校。娯楽施設に商業施設がある。そして村の中央には礼拝堂がある。普段は解放されておらず、今日、つまり十月二十八日だけ解放され、村の中学三年生が全員集まり×××様に祈りを捧げる。
この村の人口は減る一方だ。その理由はこの村の決まりにあった。
この村の決まり、それは中学を卒業すると村を出ていかなければならない。戻ってくる時は子供を授かった時だけ。それだけでも人口は確実に減るが、この村に帰ってくる元村人は限りなく少なかった。その事態を大人は止めようとはしなかった。私のおばあちゃんは「それでいいんだ」と言っていた。この村の人口は既に千人を切っていた。中学生は二百人ほどだ。
◯
私は息を切らしながら礼拝堂を見た。礼拝堂は四角い箱のようで外壁は黒く塗りつぶされている。窓などは一つも無く、出入り口である扉が一つあるだけだった。
私は重い扉を押した。中からはうっすらとパイプオルガンの威圧するような音が聞こえる。
「始まってしまってる!」
私は小声で呟くとキョロキョロと頭を回し自分の席を探した。すると薄暗い照明の下、私の友達が小さく手を振って私の席を教えてくれているのが見えた。私は小走りで席に着き、両手を合わせる。
「始まってどのくらいなの」
「まだ二、三分だよ」
私は友人のマリを見た。
マリは中学に入学してすぐに友達になった、今では親友の子だ。黒く長い髪の前髪は切り揃えられており、いつも黒いカーディガンを羽織っている。綺麗な子だ。
私は何が始まるんだろうと思った、私たちは礼拝の日に何が行われるのかを知らない。ただ毎年この日は、中学三年生は礼拝堂に集まる。それだけしか知らないし誰も教えてはくれない。先輩に聞いても「それは聞かないで」と言われるだけであった。
部屋の照明が完全に消えた。パイプオルガンの音もゆっくりと小さくなっていく。
「皆さん、集まってくれてありがとう。今日は素晴らしき礼拝の日。それに際し、皆さんには約束していただくことがあります」
しゃがれた声が聞こえた。それは村長の声だった。村長は続けた。
「約束とは一つ。それは今日あったことはここに居る皆さんだけの秘密だということです。誰にも言ってはいけない。家族にも。言ってしまうと×××様から恐ろしい罰が我らの村に与えられてしまうから。約束はそれだけです」
村長は闇の中でそう言い、こうも言った。
「皆さんには今から祈っていただきます。何を祈っても構いません。ただ一瞬だけ×××様は現れます。その時は何が起ころうと拍手をしてください。その瞬間は素晴らしいものでありますから」
私とマリは顔を見合わせた。意味がわからないと言った顔だった。私も同じ顔だったと思う。
「それではお祈りを」
その声とほぼ同時にパイプオルガンが唸る。
皆、目を瞑り手を合わせていた。私もそうした。
どのくらいそうしていただろうか。突如、ぬるりとした感触が全身を走った。ヒッと思わず声が出た。目を凝らせば私の体には蛇のようなナニカが私に巻き付いていた。
「助け…」
「今です皆さん!盛大な拍手を!」
助けを求めた私の声はしゃがれた声にかき消された。
そして私は強烈な浮遊感に襲われ、次に全身が生暖かい液体のようなものに包まれるのを感じた。
私は落ちているのだと思った。私に巻き付くナニカの隙間からは、先程まで私が居たであろう礼拝堂が遠く、上空になっていくのが見えた。私はどこに連れていかれるのだろう。そう思い、遠くなる拍手の音を聞きながら私の意識は途絶えた。
◯
私は祈っている時、足に何かが当たったのを感じた。それはとても大きくてぬるりと嫌な感じ時がした。薄目を開けて足元を見ると、それは隣のカノに巻き付いていた。カノの「助け」と絞り出した声は村長の「今です皆さん!盛大な拍手を!」という声でかき消されていた。
私は呆気に取られていた。体が動かなかった。周りからは手を叩きつける音が鳴り止まない。
私には見えていたが、皆には見えていないのだろう。
カノはぬらめく大蛇と共にとぷんっと地面に沈んで行った。
頭には拍手の音だけが響き続けていた。
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