起きられないモーニングコール、眠れない夜カフェ。

待鳥園子

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06 言いなり

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◇◆◇


 冬馬さんは何年も望んでいない相手からの執着に苦しんできた私を救ってくれる、まるで白馬に乗り現れた王子様のようだった。

 これまで何年も酷い執着を向けていた男は、待ち合わせの公園で私以外の思ってもみなかった第三者の存在に警戒心を隠さない。

 とりあえず握手をしようと、きさくに冬馬さんは彼に向けて手を差し出した。

 感じ良く握手しようと言われ断るのもと思ったのか、戸惑いながら出した腕を捕まれ素早く噛まれた後、彼はぼうっと意識なく冬馬さんの言いなりに動くようになっていた。

「良いか。この女性のことは、何もかも忘れろ。まゆちゃんを記録しているものは、すべて消すか捨てろ。そして、二度と連絡せずに近付くな。理解出来たら、行け」

「わかりました」

 まるで動きの決められたロボットのように、ぎこちなく頷いた彼は、冬馬さんに命令された通り去っていった。

「見ててわかると思うけど……俺は血を吸った直後、相手の行動を操ることが出来る。記憶だって消せる。だから、もうあいつはまゆちゃんのことを、完全に忘れてるから」

「嘘……すごい。ありがとうございました」

「うん。解決して良かったね。あー、まず……うげ。きもちわる。最悪な味だわ」

 男の背中が見えなくなるくらいに去った後、冬馬さんは口の中にあったツバを道へ何度か吐き出した。

「え……人の血にも、美味い不味いがあるんですか?」

 血を舐めたことはないけど、冬馬さんがそう言うのならそうなのだろうか。

「そう。俺の持つ好悪で、味が変わるんだ。あいつはまゆちゃんに何年も付き纏う嫌な奴で、なんか死ぬほど嫌いだから、くそまずい」

 心底そう思って居る様子で、冬馬さんは不機嫌に言った。

 吸血鬼って、自分の好悪で血の味変わっちゃうんだ……だから、若い美女を狙うって、言われているのかな?

 若い美女を嫌いな人は、とても少なそう。

「……すごい」

 私は冬馬さんの得意気な顔を見て、こんなにも有難いことをしてくれた彼に、何をお礼すれば良いか考えていた。

 少ないけど、私の口座の貯金を全部渡す……?

 ううん。さっき冬馬さんは、お金は要らないって言っていたし……。

「あ。待って。まゆちゃん。動かないで」

 私は彼の唐突な言葉に首を傾げると、冬馬さんは跪いて私のスニーカーの靴紐を結んでくれた。

 どうやら片方だけ、靴紐が解けてしまっていたらしい。

「わ。なんだか、お姫様みたい。ありがとうございます……」

 ピンチを救ってくれたイケメン王子様にかしずかれるなんて……今までにやって来た過去の善行が、大事なところで火を吹いてくれたのかもしれない。

 会社では室内履きに履き替えるので、遅刻寸前だった今日はパンツスーツにスニーカーだ。

「スニーカーのお姫様? 良いね……お姫様にしては、靴下が色違いだけど」

「え! 嘘! それは、みっ……見ないでください!」

 何年物の悩み事を解決してもらった後、遅刻寸前で慌てて身支度をしてしまったがために、靴下を左右色違いで履いているという事実を出会ったばかりのイケメンに知られてしまう悲劇に見舞われた。

 幸運不運は……いつか人生の中で帳尻が合うように、出来ているのかもしれない。

 なんとなくだけど、私はその時にそう思った。
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