起きられないモーニングコール、眠れない夜カフェ。

待鳥園子

文字の大きさ
7 / 9

07 独り言

しおりを挟む
◇◆◇


 それからというもの。私は冬馬さんが経営している夜カフェに足繁く通うようになっていた。

 今までのようなただの客と店員ではなく、お互いの名前を呼びあって知り合いとして親しげに声を掛けて貰える。

 ただ、嬉しかった。

 さりげなく仕事中の彼を観察してみると、冬馬さんはカフェで働いている従業員たちにも好かれているようだ。何もかも揃っている上に、人柄まで良かった。

 休日の早朝、なんとなく目が覚めてしまった私は、今ならまだ営業中で冬馬さんに会えるんじゃないかと思い、閉店まであの夜カフェに行くことにした。

 ぼんやりとした夜明けの光の中で、なんとなく飲む前のカフェモカの写真を撮影しようとした時、動画の録画ボタンを間違えて押した私に冬馬さんが、後ろから声を掛けてきた。

「あれ。おはよう。まゆちゃん。もう少しで、ここは閉まるけど」

「……しっ……知ってます。」

 お店の中に何処にも居ないと思ったら、どうやらどこかに隠れて居たらしい。

 私は慌てて、録画停止のための赤いボタンを押した。

 間抜けな停止音がポコンと鳴って、どうやら挨拶の声だけ掛けてから通り過ぎようとしていた冬馬さんの気を引いてしまったらしい。

「え。なになに。写真なんか撮って。俺のカフェを紹介してくれるの? 嬉しい。助かるよ。最近は写真映えを重要視する子が多くて、インテリアにもかなり気を使っているから」

「はい……もちろん。最高の夜カフェだって、紹介します」

「都内で最高?」

「国内で最高っていう宣伝文句にしましょう……あ。冬馬さん、また良い匂いする。なんだか、美味しそうなにおい……」

 また冬馬さんからうっとりするくらい、美味しそうな甘い匂いがして、私は自分では見えないけどとろけた顔になっていると思う。

「……そう? さっきまでケーキを仕込んでいたから、バニラエッセンスの匂いが付いたのかもしれない」

 自分の服を摘んで匂いつつも、冬馬さんは当人だから匂わないのか、不思議そうな顔をしていた。こんなに良い匂いなのに。

「あ。甘い香りっていうか……すごく美味しそうな匂いがします。あ。冬馬さん……呼ばれてますね。仕事中なのに引き止めてしまって、ごめんなさい」

「いや、ありがとう。まゆちゃん。ゆっくりして行って」

 従業員さんに「オーナー」と呼ばれた彼は、にこにこして手を振って去って行った。

 慌てて目の前にあったカフェモカを飲み干した私はその朝は慌てて部屋へと帰り、誤って録画してしまった動画の中に冬馬さんの声が録音されていることを確認した。

「おはよう。まゆちゃん」

 その部分を、何度も何度も繰り返し聞いた。

 そして……完全に彼に恋に落ちてしまった様子の私は、目覚まし時計に流れるモーニングコール代わりに、彼の朝の挨拶の声を登録したのだ。

 流石に棺桶の中に居ると音は聞こえないけど、蓋を空けたら彼が私に挨拶してくれたら最高だと思った。

「やばい……私としたことが、こんなにも乙女なことをしでかしてしまうなんて」

 一瞬だけ我に返ったけど、恋に落ちた自分は、まだ帰って来ていない。

 社会人になってからの恋愛なんて、まだまだ遠いと思っていた。

 日々の仕事を安定させてからなら、恋愛はまだ先で……キャリアを安定させて結婚なんて、もっともっと先。

 けど、私以外の誰も聞くことのない独り言は、狭い一人部屋の中にただ消えていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

公爵家の伝統だと思っていたら、冷徹公爵様の溺愛でした

星乃和花
恋愛
(毎日21:30更新ー全8話) 家族にも周囲にもあまり顧みられず、 「私のことなんて、誰もそんなに気にしない」 と思って生きてきたリリアナ。 ある事情から、冷徹と噂されるヴァレントワ公爵家で働くことになった彼女は、 当主エドガーの細やかな気づかいに驚かされる。 温かいお茶、手袋、外出時のエスコート。 好みの食事までさりげなく用意されて―― けれど自己評価の低いリリアナは、それらすべてを 「これが公爵家の伝統……!」 「さすが名門のお作法……!」 と盛大に勘違い。 一方の冷徹公爵様は、そんな彼女にだけ少しずつ甘さをこぼし始めて……? これは、 “この家の作法”だと思っていたら、 どうやら冷徹公爵様の溺愛だったらしい やさしくて甘い勘違いラブコメです。

処理中です...