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第一部
004里へ
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私たちは翌朝早々に、家(巣?)を出て里と呼ばれていた集落へと赴いた。
その道中でも明るい表情を見せる春くんは、他の二人に怒られつつも私を笑わせることに余念なく、この人達と別れてまた一人になるのかと思ったら胸がぎゅうっとなってしまう程にすごく切なくなった。
「見えるか……あの建物だ」
私たち四人の、ほのぼのとした遠足が終わる時間が来たみたい。雄吾さんの、低い声がした。深い森を抜け、一本道を少しだけ行ったところだろうか。四角く大きな建物がある。私たちの世界で言うところの役場のような様相だ。
それを見て、こくんと喉が自然と鳴った。
この異世界に来た時から、ずっと今まではこの優しい三人組に守られてきた。けれど、これまで彼らと交わした話から考えると、彼らとはここで別れることになるんだろう。
短期間ですっかり一緒に居ることに馴染んでしまったようで、それがなんだかどうしようもなく寂しかったし、ひどく心細い気持ちにもなってしまった。
「……おい。森の番人たちが、里にまで降りて何をしに来た?」
私が感傷に浸っている間に近付いて来たらしい、いかにも中年のサラリーマンという風情のスーツ姿の人がそこに居た。もちろん、彼にも大きな獣耳が頭についているけれど。
「誘いの森で、人間の女の子を見つけた。里にまで保護を頼みに来た」
理人さんが、やって来た彼に冷静にそう告げる。
「何……?! 本当だ……人間だ。すぐに族長に知らせることにしよう。三人共、ご苦労だったな」
男性は獣耳があるはずなのにない私の頭あたりで視線を彷徨わせ、すぐに彼らを労うように三人の肩を順番に叩いた。
「じゃあね、透子。ちょっとだけだったけど、一緒に居られて楽しかった」
春くんが可愛い顔をして、少しだけ寂しげに笑った。
「ここまで来たら、透子さんの悪いようにはなりません。どうか、お元気で」
理人さんも、綺麗な顔で優しく笑う。雄吾さんは私の顔を見ずに顔を俯かせて何も言わずに黙ったままだ。
どうしても名残惜しくてサラリーマン風の男性に導かれ建物に入ってしまうまで、彼らが居る方向を私は何度か振り返った。
その間、別れたその場所で立ち止まったままの三人は立ち去ることなく、ずっと私の方を見ていた。
◇◆◇
「さあ。どうぞ、こちらへ」
建物の中に入り完全に彼らの姿が見えなくなってしまってから、私の心はこの世界に来てから初めてと言って良いくらい、とてつもなく強い不安な気持ちに囚われた。
今まで異世界に来たというのにそのことを認識しながらもパニックを起こさずに済んだのは、あの三人と居てどことない安心感があったからだ。大きな心の支えを急に失って、私は体にかすかな震えを感じた。
「あの……」
それは、難しい事だとはわかっていた。それが出来るならきっと、三人はそうしてくれていただろう。けれど、どうしても聞いておきたかった。
「はい。どうかしましたか?」
「あの人達に……さっきの三人に一緒に付いてきて貰うことは……出来ないんでしょうか?」
私の言葉を聞いて、彼は眉を顰めてすこし考えこむようにすると、難しい表情になって言った。
「彼らは……もう貴女に会うことは、もうないでしょう」
「え?」
一瞬、言われた言葉の意味がわからなかった。まるで私とは身分違いだから、もう会うことがないという意味を含んでいるようにも聞こえたから。
「彼らは……現在、あの誘いの森の番人たちです。それ以上でも、それ以下でもない。貴女の夫候補たちには、ほど遠い奴らですよ」
当たり前のように告げられた言葉の意味が、うまく理解できない。夫候補って何?
「あの、それはどういうことでしょうか?」
「すみません。私は貴女へのこの世界の説明権限を、持っていません。この後、すぐに族長がいらして、その肩から詳しい説明があるでしょう」
それから、彼に無言で案内された。いかにもな応接室に通されて、大きなふかふかした革製のソファに座らされ、ここで少し待つよう告げると彼は足早に部屋から去っていった。
……さっき私の夫候補って、言っていた。でも、どうして?
もしかしたら、訳のわからないままに、良く分からない人とそのまま結婚させられてしまうんじゃないだろうか。
すごく馬鹿なんだけど、そこで初めて強い恐怖感を感じた。
そうだ。とても良く似ているとは言え、この異世界は私が生まれ育った日本ではない。
彼らだって、最初からそう言っていた。言葉も通じて容易に意思疎通することが出来てしまうから、どこか不思議なこの状況に考えることをやめていたけれど。
私はここでは異世界からやって来た外部の人間で、そしてこの世界に住む彼らにどう遇されるかも良く分からない状態なんだ。
「お待たせしました」
先程のサラリーマン風の男性が、品の良い初老の男性を連れ部屋に入って来た。笑うと目尻に皺が入り、歳上の人をこんな風に形容するのは失礼かもしれないけれど、なんだか大型犬っぽくて人懐こそうな人だった。
「こんにちは。私はこの深青の里の族長、飛鳥と申します。貴女に、この世界についての説明をするために参りました」
私の顔は、それを聞いて緊張で強張っていたと思う。それを敏感に察したのか、先程の彼に手で合図して人払いをして、飛鳥さんと私はその部屋に二人きりになった。
「あの……私は、これからどうなるんですか……?」
思わず震えてしまった声の私の泣きそうな眼差しを受けて、飛鳥さんは安心させるように優しく微笑んだ。
そして、柔らかな声音で宣告をした。
「……貴女は、もう元の世界には戻れません」
その道中でも明るい表情を見せる春くんは、他の二人に怒られつつも私を笑わせることに余念なく、この人達と別れてまた一人になるのかと思ったら胸がぎゅうっとなってしまう程にすごく切なくなった。
「見えるか……あの建物だ」
私たち四人の、ほのぼのとした遠足が終わる時間が来たみたい。雄吾さんの、低い声がした。深い森を抜け、一本道を少しだけ行ったところだろうか。四角く大きな建物がある。私たちの世界で言うところの役場のような様相だ。
それを見て、こくんと喉が自然と鳴った。
この異世界に来た時から、ずっと今まではこの優しい三人組に守られてきた。けれど、これまで彼らと交わした話から考えると、彼らとはここで別れることになるんだろう。
短期間ですっかり一緒に居ることに馴染んでしまったようで、それがなんだかどうしようもなく寂しかったし、ひどく心細い気持ちにもなってしまった。
「……おい。森の番人たちが、里にまで降りて何をしに来た?」
私が感傷に浸っている間に近付いて来たらしい、いかにも中年のサラリーマンという風情のスーツ姿の人がそこに居た。もちろん、彼にも大きな獣耳が頭についているけれど。
「誘いの森で、人間の女の子を見つけた。里にまで保護を頼みに来た」
理人さんが、やって来た彼に冷静にそう告げる。
「何……?! 本当だ……人間だ。すぐに族長に知らせることにしよう。三人共、ご苦労だったな」
男性は獣耳があるはずなのにない私の頭あたりで視線を彷徨わせ、すぐに彼らを労うように三人の肩を順番に叩いた。
「じゃあね、透子。ちょっとだけだったけど、一緒に居られて楽しかった」
春くんが可愛い顔をして、少しだけ寂しげに笑った。
「ここまで来たら、透子さんの悪いようにはなりません。どうか、お元気で」
理人さんも、綺麗な顔で優しく笑う。雄吾さんは私の顔を見ずに顔を俯かせて何も言わずに黙ったままだ。
どうしても名残惜しくてサラリーマン風の男性に導かれ建物に入ってしまうまで、彼らが居る方向を私は何度か振り返った。
その間、別れたその場所で立ち止まったままの三人は立ち去ることなく、ずっと私の方を見ていた。
◇◆◇
「さあ。どうぞ、こちらへ」
建物の中に入り完全に彼らの姿が見えなくなってしまってから、私の心はこの世界に来てから初めてと言って良いくらい、とてつもなく強い不安な気持ちに囚われた。
今まで異世界に来たというのにそのことを認識しながらもパニックを起こさずに済んだのは、あの三人と居てどことない安心感があったからだ。大きな心の支えを急に失って、私は体にかすかな震えを感じた。
「あの……」
それは、難しい事だとはわかっていた。それが出来るならきっと、三人はそうしてくれていただろう。けれど、どうしても聞いておきたかった。
「はい。どうかしましたか?」
「あの人達に……さっきの三人に一緒に付いてきて貰うことは……出来ないんでしょうか?」
私の言葉を聞いて、彼は眉を顰めてすこし考えこむようにすると、難しい表情になって言った。
「彼らは……もう貴女に会うことは、もうないでしょう」
「え?」
一瞬、言われた言葉の意味がわからなかった。まるで私とは身分違いだから、もう会うことがないという意味を含んでいるようにも聞こえたから。
「彼らは……現在、あの誘いの森の番人たちです。それ以上でも、それ以下でもない。貴女の夫候補たちには、ほど遠い奴らですよ」
当たり前のように告げられた言葉の意味が、うまく理解できない。夫候補って何?
「あの、それはどういうことでしょうか?」
「すみません。私は貴女へのこの世界の説明権限を、持っていません。この後、すぐに族長がいらして、その肩から詳しい説明があるでしょう」
それから、彼に無言で案内された。いかにもな応接室に通されて、大きなふかふかした革製のソファに座らされ、ここで少し待つよう告げると彼は足早に部屋から去っていった。
……さっき私の夫候補って、言っていた。でも、どうして?
もしかしたら、訳のわからないままに、良く分からない人とそのまま結婚させられてしまうんじゃないだろうか。
すごく馬鹿なんだけど、そこで初めて強い恐怖感を感じた。
そうだ。とても良く似ているとは言え、この異世界は私が生まれ育った日本ではない。
彼らだって、最初からそう言っていた。言葉も通じて容易に意思疎通することが出来てしまうから、どこか不思議なこの状況に考えることをやめていたけれど。
私はここでは異世界からやって来た外部の人間で、そしてこの世界に住む彼らにどう遇されるかも良く分からない状態なんだ。
「お待たせしました」
先程のサラリーマン風の男性が、品の良い初老の男性を連れ部屋に入って来た。笑うと目尻に皺が入り、歳上の人をこんな風に形容するのは失礼かもしれないけれど、なんだか大型犬っぽくて人懐こそうな人だった。
「こんにちは。私はこの深青の里の族長、飛鳥と申します。貴女に、この世界についての説明をするために参りました」
私の顔は、それを聞いて緊張で強張っていたと思う。それを敏感に察したのか、先程の彼に手で合図して人払いをして、飛鳥さんと私はその部屋に二人きりになった。
「あの……私は、これからどうなるんですか……?」
思わず震えてしまった声の私の泣きそうな眼差しを受けて、飛鳥さんは安心させるように優しく微笑んだ。
そして、柔らかな声音で宣告をした。
「……貴女は、もう元の世界には戻れません」
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