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昼頃に時間を指定されて神殿長に呼び出されたミルドレッドは、出来るだけ身綺麗にして彼の執務室へと早足で急いでいた。
時計の針は、約束の時間間近にまで迫っていた。
自室で一人支度をしていたら、どうしても、あの凛々しい若者のロミオが自分を大事に思ってくれていることを何処かで夢のように思い、現実であることを自分に言い聞かせるようにして、彼の優しい言葉を何度も何度も反芻してしまう。
そうしたら、いつの間にか時間が過ぎていってしまっていた。
やはり歩きながらも、彼が言ってくれた言葉を考えていたら、曲がり角で人とぶつかってしまった。それが誰かを確認する前にミルドレッドは慌てて謝罪するために、頭を下げた。
「っ……申し訳ありません!」
謝罪の言葉を口にして、サッと顔を上げてみると、そこに居たのは最高位聖女の一人で、バークレー侯爵令嬢であるクリスティーナだった。
「あら、ミルドレッドじゃない。別に、そんなに畏まらなくて良いわ。私もあまり前を気にしていなかったの」
真っ直ぐな銀髪で青い目を持つ彼女は、美女でその上に聖魔法の素質も最上級の聖女。引く手数多で良い縁談相手が居過ぎて、絞り切れないのか王位継承権を持つ何番目かの王子にも求婚されているけれど、未だ頷いてはいないという噂まである人だ。
そして、男爵令嬢かつ末席にかろうじて座っている聖女のミルドレッドには、決して手の届くことのない女神のような存在だ。
これはとんでもないことをしてしまったと、青褪めているミルドレッドに、クリスティーナは優しく微笑んだ。
「そんなに心配そうな顔をしなくても、不注意でぶつかったくらいで取って食ったりしないわよ。けど、貴女も十分にわかっていると思うけど、私以外だととんでもないことになるわよ? 今後は、気を付けなさいね」
緊張の余り動きが固まったまま動かないミルドレッドに、さらっとした口調で忠告すると、クリスティーナは軽やかな足取りで聖堂の方向へと向かって歩いて行った。
気位も高く最高位に居る聖女の中でも、クリスティーナはとても珍しく気さくで温厚な性格だ。
思わずぶつかってしまったのはもう仕方ない事だが、不幸中の幸いでまだ彼女で良かったとも言えるのかもしれない。
そして、自分が何故急いでいたかを、はっと思い出してから、ミルドレッドは神殿長の元へと急ぎ歩き出した。
「ミルドレッド……良く来た。そこに座りなさい」
神殿長は厳しい表情で、応接用に置いてある大きなソファを指差した。その指示に従って、そっと座ったミルドレッドに頷いた。
「既にロミオから聞いて知っていると思うが、彼のたっての希望でミルドレッドを勇者ロミオ付きにする。そして、誰かに何かを頼まれたとしても、君は何もしなくて良い。君より地位の高い者たちにも、こちらから通達しておくとしよう。だから、もしその決まりが守れないような人間が居れば、すぐに私に相談するように」
この神殿の中で、神殿長の彼に逆らえる者はいない。
聖魔法の素質は爵位の高い貴族たちほど多く所持しているとすれば、誰よりも強い力を持つ彼の出自をなんとなく察することが出来てしまっても、もし自分の命が惜しければそれは口には出さないのが鉄則だ。
「はい。神殿長さまの、御心のままに」
神妙な表情をして祈りを捧げるように両手を握り締めたミルドレッドを見て、神殿長は静かに言った。
「彼のことを任せられるのは……君しかいない。自分にしか出来ぬ役目だと思い、果たしなさい」
それを聞いて、ミルドレッドは若干の違和感を覚えた。
確かに理性を失っていたロミオであれば、何らかの理由で気に入った彼女にしか懐かなかったのはわかる。けれど、もう今はロミオは本来の自分を取り戻した後だ。自分で損得を考え、判断することが出来るのにと思ったのだ。
ただ、ロミオの世話をすることに慣れているミルドレッドに、これから何かの仕事をこなすための期間、神殿に滞在するからそのまま続けて欲しいと言われればそうかもしれないと何回か納得するように頷いた。
時計の針は、約束の時間間近にまで迫っていた。
自室で一人支度をしていたら、どうしても、あの凛々しい若者のロミオが自分を大事に思ってくれていることを何処かで夢のように思い、現実であることを自分に言い聞かせるようにして、彼の優しい言葉を何度も何度も反芻してしまう。
そうしたら、いつの間にか時間が過ぎていってしまっていた。
やはり歩きながらも、彼が言ってくれた言葉を考えていたら、曲がり角で人とぶつかってしまった。それが誰かを確認する前にミルドレッドは慌てて謝罪するために、頭を下げた。
「っ……申し訳ありません!」
謝罪の言葉を口にして、サッと顔を上げてみると、そこに居たのは最高位聖女の一人で、バークレー侯爵令嬢であるクリスティーナだった。
「あら、ミルドレッドじゃない。別に、そんなに畏まらなくて良いわ。私もあまり前を気にしていなかったの」
真っ直ぐな銀髪で青い目を持つ彼女は、美女でその上に聖魔法の素質も最上級の聖女。引く手数多で良い縁談相手が居過ぎて、絞り切れないのか王位継承権を持つ何番目かの王子にも求婚されているけれど、未だ頷いてはいないという噂まである人だ。
そして、男爵令嬢かつ末席にかろうじて座っている聖女のミルドレッドには、決して手の届くことのない女神のような存在だ。
これはとんでもないことをしてしまったと、青褪めているミルドレッドに、クリスティーナは優しく微笑んだ。
「そんなに心配そうな顔をしなくても、不注意でぶつかったくらいで取って食ったりしないわよ。けど、貴女も十分にわかっていると思うけど、私以外だととんでもないことになるわよ? 今後は、気を付けなさいね」
緊張の余り動きが固まったまま動かないミルドレッドに、さらっとした口調で忠告すると、クリスティーナは軽やかな足取りで聖堂の方向へと向かって歩いて行った。
気位も高く最高位に居る聖女の中でも、クリスティーナはとても珍しく気さくで温厚な性格だ。
思わずぶつかってしまったのはもう仕方ない事だが、不幸中の幸いでまだ彼女で良かったとも言えるのかもしれない。
そして、自分が何故急いでいたかを、はっと思い出してから、ミルドレッドは神殿長の元へと急ぎ歩き出した。
「ミルドレッド……良く来た。そこに座りなさい」
神殿長は厳しい表情で、応接用に置いてある大きなソファを指差した。その指示に従って、そっと座ったミルドレッドに頷いた。
「既にロミオから聞いて知っていると思うが、彼のたっての希望でミルドレッドを勇者ロミオ付きにする。そして、誰かに何かを頼まれたとしても、君は何もしなくて良い。君より地位の高い者たちにも、こちらから通達しておくとしよう。だから、もしその決まりが守れないような人間が居れば、すぐに私に相談するように」
この神殿の中で、神殿長の彼に逆らえる者はいない。
聖魔法の素質は爵位の高い貴族たちほど多く所持しているとすれば、誰よりも強い力を持つ彼の出自をなんとなく察することが出来てしまっても、もし自分の命が惜しければそれは口には出さないのが鉄則だ。
「はい。神殿長さまの、御心のままに」
神妙な表情をして祈りを捧げるように両手を握り締めたミルドレッドを見て、神殿長は静かに言った。
「彼のことを任せられるのは……君しかいない。自分にしか出来ぬ役目だと思い、果たしなさい」
それを聞いて、ミルドレッドは若干の違和感を覚えた。
確かに理性を失っていたロミオであれば、何らかの理由で気に入った彼女にしか懐かなかったのはわかる。けれど、もう今はロミオは本来の自分を取り戻した後だ。自分で損得を考え、判断することが出来るのにと思ったのだ。
ただ、ロミオの世話をすることに慣れているミルドレッドに、これから何かの仕事をこなすための期間、神殿に滞在するからそのまま続けて欲しいと言われればそうかもしれないと何回か納得するように頷いた。
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